188 パルキニア共和国 勇者召喚編 part6
◇ 奪われかける魂
異界の門から伸びる黒い影が、少年の魂を掴もうとしていた。
その姿は透明で、今にも砕け散りそうな光の欠片となって揺れている。
ライラ「……だめ、消えちゃう!」
ライラが叫び、両手を掲げて封印陣を強化する。
聖女「少年の魂が、門に引きずられてる! 早く……!」
聖女の声も震えていた。
アリスは深く息を吐いた。
アリス「仕方ないな。――クロノスを呼ぶ。」
◇ 時空神クロノスの再臨
アリスは時空の書板を取り出し、掌に浮かべる。
その瞬間、部屋全体に時計の針のような**「カチ、カチ」**という音が響いた。
アリス「――時を律する神よ、再び我が声に応えよ!
契約に基づき、いま現世に降り立て!」
時空の裂け目から、黄金に輝く鎖と、歯車のような光輪が次々と姿を現す。
巨大な影が重なり、光の粒が溢れる。
そして――
時空神クロノスが姿を現した。
長大な杖を手にした古代の神。瞳は深淵そのものでありながら、確かな理性と慈悲を湛えていた。
クロノス「……再び我を呼んだか、アリス。
その代償は覚悟しているのだろうな。」
アリスは笑った。
アリス「世界を守るためだ。……ついでに、ひとりの少年を救うためでもある。」
クロノスは少年の魂に視線を落とす。
クロノス「……脆い。もはや塵に還ろうとしている。それでも救えというか?」
アリス「救うんだ。誰も犠牲にしない、それが“本当の救済”だ!」
アリスの声は、かつてないほど強かった。
◇ 神の力の行使
クロノスは静かに杖を掲げた。
杖の先から無数の時計の歯車が放たれ、異界の裂け目に組み込まれていく。
クロノス「――《時空封絶・神環》」
巨大な時計の文字盤が天井に現れ、針が高速で回転し始める。
異界の門を侵食していた影が、ひとつ、またひとつと逆巻く時に巻き戻されていく。
しかし――トゥメル=ハーンはなおも叫ぶ。
トゥメル=ハーン「やめろ! この世界は救われぬ! 外の意志こそが唯一の光明なのだ!」
彼の身体が影に呑まれ、異界の触手と一体化していく。
トゥメル=ハーン「わ、我が身を媒介にしてでも――開けるぞ……門を!!」
◇ 真の救済
アリスはクロノスの横に立ち、声を張り上げた。
アリス「クロノス! 時を巻き戻すんじゃない。 “繋ぎ直せ”!」
クロノスの目が驚いたように光った。
クロノス「……おまえ、本当に人間か?」
アリス「わたしはアリス! 世界と仲間を守るためにここにいる! 少年の魂を元の世界に戻すんだ!」
聖女も声を重ねる。
聖女「我が祈りは、人の未来のために――!」
ライラもまた、杖を掲げる。
ライラ「私の理論で支える! “彼”を失わせはしない!」
三人の力がクロノスの神環と共鳴し、
**「救済の光」**が少年の魂を包み込む。
かすれた声が響いた。
少年「……ありがとう……ボク、帰れるんだね……」
次の瞬間、魂は光に変わり、裂け目の奥へ――“元の世界”へと還っていった。
◇ 門の崩壊
クロノスの声が低く響く。
クロノス「異界の門――完全封鎖。」
神環の針が止まると同時に、門は崩壊。
影も、トゥメル=ハーンの姿も、すべて時間の深淵に吸い込まれて消えた。
残されたのは、静寂と瓦礫だけ。
アリスは大きく息を吐き、天を仰いだ。
アリス「……やっと、終わったか。」
聖女は胸に手を当て、安堵の祈りを捧げた。
ライラは目元を拭いながら、小さく呟いた。
ライラ「……あの子、笑ってたわ。」
クロノスは最後にアリスを見据えた。
クロノス「おまえが言う“本当の救済”。
――面白い。その選択、しばらく見届けてやろう。」
そう言い残し、クロノスは時の狭間に溶けるように姿を消した。
聖堂を後にする三人。
朝日が差し込み、夜明けの光が崩れた石畳を黄金色に染めていた。
アリスは小さく呟く。
アリス「さあ……次は“本当に休暇”を取りたいところだな。」
ライラと聖女は同時に吹き出し、
灰色の夜を超えた仲間たちの笑い声が、空へと響いていった。
◇ 静寂の後に
灰の聖堂が崩れ落ち、アリスたちは朝日の差す丘を下っていた。
しかしその背後に広がる空は、どこか歪んで見えた。
光が揺らぎ、空間に細かい“ヒビ”のようなものが走っている。
ライラが立ち止まり、息を呑む。
ライラ「……消えてない。異界の門は封じられたのに、空間そのものに“残滓”が残ってる。」
聖女は胸の奥に冷たいものを感じていた。
聖女「あの門は、完全に閉じたはず。でも……何か“こちら側”に触れてしまったのね。」
アリスは目を細め、拳を握った。
アリス「クロノスが封じても消えない残り香か。……これは“余波”だな。」
◇ 世界に広がる兆候
数日後。
パルキニア共和国の北の森では、漆黒の霧が突如として立ち込めた。
リト王国の港町では、夜空に見知らぬ星座が浮かび、漁師たちを怯えさせた。
ミケロス共和国では、子どもたちの夢に“灰色の都市”が現れ、同じ悪夢を語り合った。
そしてレイン王国では――
王城の地下に封じられていた古代の石版が自ら砕け、**「彼方より、既に見つめられている」**という文字が浮かび上がった。
◇ 三人の再集結
再び集められたアリス、ライラ、聖女。
彼女たちはパブロフ正教国の大聖堂に集い、地図の上に“余波”の報告を並べていた。
ライラは真剣な顔で地図を指し示す。
ライラ「どの現象も、異界の門を封じた国々に連鎖的に起きてる。
これはただの残留魔力じゃない。異界の“向こう”からの干渉よ。」
聖女は祈りを捧げながら、言葉を絞り出す。
聖女「このままでは……また門が開かれてしまうかもしれない。」
アリスは静かに地図を睨みつけた。
アリス「門を閉じただけじゃ足りなかった。
――今度は、 “余波そのもの”を断ち切らなきゃならないってわけだな。」
◇ 現れる謎の影
そのとき、会議室の奥に置かれた鏡が突然震え、黒い波紋が広がった。
謎の影「……見ているぞ……」
低い声が響き、三人は一斉に身構える。
鏡の奥から現れたのは、人影とも霧ともつかない存在。
だが、その目だけは異様なほどに赤く輝いていた。
謎の影「我らは門の先に在り。
勇者を介し、すでに“座標”を得た。
いずれ、この世界は……灰に覆われる。」
声が途切れると同時に、鏡は粉々に砕け散った。
ライラの顔から血の気が引く。
ライラ「……まずい。 “向こう”はもう私たちの世界を見つけた。」
アリスは息を吐き、にやりと笑った。
アリス「いいじゃないか。見られたら、叩き返すだけだろう?」
聖女は苦笑しつつも頷いた。
聖女「また世界の危機ね。……でも、私たちなら。」