187 パルキニア共和国 勇者召喚編 part5
シエステーゼ王国の使節船でたどり着いた南の島――
アリスたちはようやく手に入れた短い休暇を過ごしていた。
黄金色の砂浜に寝転ぶアリス。
隣ではディネが大きな麦わら帽子を揺らしながら、貝殻を拾っている。
ノームは椰子の木の陰で魔導書を片手に昼寝をし、
サラは海辺で聖女からもらったクッキーの包みを大事そうに抱えていた。
だがその平穏は、ある震動によって破られる。
――ドン…!
地の底から伝わるような、鈍い揺れ。
海の水平線が、瞬間だけ“ゆらり”と歪んだ。
アリスの指先が砂を強く握った。
アリス「……これは、また“あの類”の魔力震動だ。」
ディネ「裂け目の残響じゃないよね?もう全部塞いだはず…!」
ノームも目を覚まし、眉をしかめながら言った。
ノーム「ただの地震ではないですね。これは……“呼び声”です。」
アリス「……パルキニアだな。」
アリスが即座に断言する。
◇ 各地への召集
アリスは魔導具を取り出し、小さく囁く。
アリス「クロノス、時空定位術――発動。連絡対象:ライラ、聖女。」
黄金の環が空中に浮かび、魔力で編まれた糸が複数の方角へと伸びていく。
時を置かずに、返答が届く。
◇ レンブラン王国・魔術研究院 ライラ
魔導陣の明かりに照らされる書斎。
静かに魔術式を分析していたライラは、アリスの声を聞いた瞬間に瞳を細めた。
ライラ「……予想より早かったわね。」
彼女は既に兆しを感じ取っていたのか、
机の引き出しから封印済みの呪印符を手早く取り出す。
ライラ「 “あの老人”が動いたのなら、また裂け目が生まれる前に止めなきゃ……」
言葉の端に、焦燥と使命感が滲んでいた。
◇ パブロフ正教国 聖堂の中庭 聖女
聖女は花園でティーカップを手にしていた。
その表情は珍しく曇っていた。
聖女「――神が沈黙しているの。」
側にいた神官が驚く。
神官「おお聖女様、それは……」
聖女「つまり、世界の“バランス”が再び揺れようとしている。神が力を貸すまでもなく、誰かが世界の法則に逆らって動こうとしている。」
その時、空間にアリスの声が届いた。
聖女「来るべき時が来たようね。」
彼女は立ち上がり、揺れる髪を押さえて小さく笑った。
聖女「お茶会の約束は、少し後回しにしましょうか。」
◇ 再び集う者たち
場所は、レンブラン王国の中枢魔導塔。
アリスが瞬間移動で島から転移し、既にライラも聖女も到着していた。
三人は静かに円卓を囲む。
机の上には、浮かび上がる地図――
中央に、赤黒く滲むような光を放つ点。
それが、パルキニア共和国のルーベルにある大聖堂だった。
ライラが小声で囁く。
ライラ「裂け目そのものじゃない。これは“次元の核”に干渉する波動……」
アリス「おそらく、また“勇者召喚”に類する禁呪だ。」
聖女は静かに頷いた。
アリス「神すら名を語らぬ異界の存在。
人間の欲望が、再び扉を開こうとしているのね。」
アリスの指先が地図の光点を突いた。
アリス「行くよ。今度は“開く前”に終わらせる。」
ライラ「了解。」とライラ。
聖女「お茶会の代わりに、派手に決着をつけましょう。」
【舞台:パルキニア共和国・禁忌の灰の聖堂】
レリーフも剥がれ落ち、苔に覆われた古い石造りの聖堂。
その中心部、地下へと続く階段の奥――次元の亀裂が静かに脈動していた。
腐った空気と、瘴気に似た魔力の圧。
人の心を惑わせるような囁き声が、壁から壁へと這うように響く。
アリス、ライラ、聖女の三人は魔力遮断用の外套をまとい、静かに聖堂の外縁に降り立った。
◇ 静かな侵入
ライラが周囲に結界を張りながら低く囁く。
ライラ「瘴気濃度……常識を超えてる。これ、誰かが“開けた”んじゃなくて、向こうから“覗いてる”わ。」
アリス「……好奇心で覗かれるには、場所が悪すぎるな。」
アリスの声には警戒が混じる。
聖女は祈祷書を開いたまま、閉じた瞼で精神感応を試みていた。
聖女「……何かが、名を持たずに蠢いている。声の主は一つじゃない。**“多重構造の意思”**よ。これは単なる召喚ではなく、“領域接続”に近いわ。」
アリス「トゥメル=ハーン……あの老神官、禁忌を超えたのか。」
アリスは唇を噛みながら、短く呟いた。
◇ 聖堂地下・神域封鎖区画
三人は、封印の術式で守られていた階段を抜け、
深紅の光に染まる円形の部屋へと辿り着いた。
中央には古代語で刻まれた召喚陣。
その周囲にはすでに亀裂――次元の門が現れていた。
魔術の中心に立つ男――
老神官トゥメル=ハーン。
白髪を乱し、眼窩の奥には深淵そのもののような虚無が渦巻いていた。
トゥメル=ハーン「来たか、救世の器たちよ……」
その声は、地の底から響いてくるようだった。
ライラ「……気づいていたのね。」
ライラが警戒の構えを取る。
トゥメルは薄く笑った。
ライラ「私は“神の声”を聞いた。
いや、“神に似た何か”と接続された……
我は見たのだ。勇者召喚の先にある、真なる救済の形を。」
アリス「またそれかよ……」
アリスは肩をすくめ、眉をひそめる。
アリス「失敗したじゃないか。あれは、“少年を壊した”だけだったんだぞ。」
トゥメルの目に狂気が宿る。
トゥメル「だからこそ! 我は“壊すために呼ぶ”ことにしたのだ!
世界を矯正するには、外の意志が必要なのだ……!」
聖女が前に出る。
聖女「あなたの言う“神”は、世界の理を知らぬ“よそ者”よ。
呼べば来るとでも思った? 招けば従うとでも?」
彼女の言葉が終わると同時に、
召喚陣が激しく輝きを増し、空間の裂け目が開く。
中から伸びる、黒い手のような影。
それは何本も伸び、空中を彷徨うように揺れていた。
アリス「……やっかいなものを、開いてくれたな。」
アリスが前に出た。
◇ 封鎖戦・第一段階
アリスはすぐさま魔法を展開。
アリス「時空魔法!」
時を固定する巨大な魔法陣が展開され、次元の歪みを一時的に抑える。
しかし、裂け目から伸びる影はアリスの魔法すら撥ね退けようとする。
ライラ「これは……“意志”を持ってる……?」
ライラが即座に封魔の術式を放つ。
ライラ「多重次元封印式――!」
陣が二重三重に重なり、影の腕を拘束する。
だがそれでも、“向こう”の存在はなお侵入を止めない。
ライラ「止まらない。もうこれ、ただの召喚じゃないわ!」
聖女が叫ぶ。
聖女「――これ、“交換”の儀式よ!」
アリスが振り返る。
アリス「交換? ……まさか、勇者の少年と“向こう”の存在を――」
聖女「そう。“こちらの魂”と“向こうの破壊者”を交換しようとしてる!」
トゥメル=ハーンは、にやりと笑った。
トゥメル=ハーン「愚かな世界の均衡など、どうでもよい!
我は見たのだ。彼の“少年”の魂に刻まれた、神性の片鱗を!
――奴の魂を渡せば、“あの存在”が完全に顕現するのだ!」
アリスの拳が震える。
アリス「ふざけるな……! 少年を道具にしてまで、あんたの信仰を満たしたいのか!!」
裂け目の奥――少年の、遠く淡い声が聞こえた。
少年「……アリス、さん……助けて……」