185 パルキニア共和国 勇者召喚編 part3
<レイン王国>
第一章:禁域、グラン=エテルの神殿
冷たい雨がしとしとと降り続く神聖の都――レイン王国。
街全体が銀白の石造りで、静かでありながら壮麗なその景色は、どこか「祈りの器」のようだった。
裂け目は、**王都地下深く、勇者初代が神より祝福を受けたとされる《グラン=エテル神殿》**にて発見された。
だが、その裂け目は異様だった。
魔力の波長も次元の揺らぎも、他の裂け目と異なる。
まるで、“世界の心臓”に穴が空いたような奇妙な感覚が、訪れた者たちに重くのしかかる。
聖女が結界を張る。
聖女「……この裂け目は、“次元の底”と繋がっているようじゃ。
おそらく、ここが中心だったようじゃの。すべての……勇者召喚の原点じゃ。」
測定していたライラが震えながら言う。
ライラ「ここだけが、“裂け目を通して過去と未来が繋がっている”。
時間軸すら揺らいでるわ……!」
アリス「つまり、この先に“勇者たちの始まり”と“終わり”があるのね。なら、行くしかないわね。」
三人は、神殿の最奥――裂け目の中心部へと足を踏み入れる。
アリスたちが辿り着いたのは、灰色の空間だった。
地平線のない世界。
足元には、無数の“剣”が突き刺さっていた。
それぞれの剣には、名前が刻まれていた。
「リュカ=アストール」「シオン=アーヴィング」「セレナ=フォルテ」「カイ=ルミナス」――
かつて勇者として召喚され、歴史に記されなかった者たちの名前。
その中央に、ひときわ大きな剣があった。
《始源の剣》
それは、「勇者という存在そのものの始まり」を封じていた剣だった。
だが――剣は抜かれていた。
裂け目の奥から、現れたのは一人の青年。
金髪に青い瞳、白い礼装をまとい、微笑を浮かべるその姿。
カレル「初めまして。ぼくは、《最初の勇者》――カレル=ユリシス」
静かに名乗った青年の姿に、聖女が息を呑む。
聖女「……ありえん。そなたは、勇者伝承以前の存在。神に最初に選ばれた者……!
伝承では、“世界を拒んだ者”と記されておる……!」
カレルは静かに首を振った。
カレル「違う。ぼくは、世界に拒まれたんだよ。
――魔王と聖女と勇者という構図自体が、**神の仕組んだ“箱庭の遊戯”**
だと気づいてしまったから。」
その瞬間、アリスの瞳が鋭くなる。
アリス「つまり……君は、世界そのものを壊すつもりか」
カレルは静かに頷いた。
カレル「そうだよ。これ以上、誰かが“召喚”され、“犠牲”になり、“忘れられる”ことは許さない。
だから、ぼくはこの“勇者構造”を断ち切る。君たちの世界ごと。」
そして、次元の裂け目そのものが、“巨大な時空の槍”へと変貌する。
それは過去と未来のすべてを貫く“世界終焉の魔術”――
《アンノウン・エンド:選ばれざる終焉》
アリスの黒銀の大剣が光を帯びる。
アリス「君が勇者なら、私は“魔王”として君を止める」
ライラが後方から次元式魔導機を展開。
ライラ「未来を破壊するなんて、科学者として許せないよ。未来は可能性の宝庫のはずよ!」
聖女「神に問う。私の祈りが、命を守る力となるなら……この場で奇跡を!」
彼女の体を光が包み、千の聖女たちの記憶が降り注ぐ。
聖女「《聖律結界・エクレシア》!」
結界が時空の崩壊を防ぎ、アリスとライラを支える。
三者一体、心と力を一つにした連携――!
アリスの剣が空を裂き、ライラの魔導砲が時の矢を打ち、聖女の祈りがすべてを覆う。
そして、アリスの叫び。
アリス「カレル! 君が苦しんだのは分かる。
でも、その怒りをぶつける先は、今を生きる私たちじゃない!!」
カレルの瞳に、初めて“迷い”が生まれる。
カレル「……なぜ、君は戦いの中心にいながら、そんなに真っ直ぐなのだ」
アリスはそっと微笑む。
アリス「私は誰かの代わりでも、未来の型でもない。
私は、“私という存在を生きる”って決めたから」
その言葉が、カレルの心に刺さる。
そして彼は、槍を自らの胸に突き刺した。
カレル「ならば、この“最初の勇者”の構造ごと、ぼくが終わらせよう。
……すまなかった。長い間、忘れられた者たちの代弁者を気取っていたようだ」
裂け目が収束し、空間が静かに閉じていく。
神殿を出た三人の上に、太陽の光が差し込む。
雨が止み、世界が“新たな構造”へと進み始めた。
ライラ「……次元の裂け目はすべて消えたわね。勇者という存在も、
今後は記憶と祈りの中にだけ残るはず」
聖女は、静かに微笑む。
聖女「今後、召喚も犠牲もない世界を創らねばならぬ。……この手で、ゆっくりと」
アリス「世界はようやく、自分の足で歩き出せる。
そして私たちも――今を、生きていける」
世界は一つの幕を閉じ、新たな時代の扉を開けた。
魔王、勇者、聖女たちの物語は、今、未来へと引き継がれていく。