184 パルキニア共和国 勇者召喚編 part2
<リト王国>
リト王国は山と霧の王国である。
かつては高度な魔導技術と音律魔法の融合で栄え、王都ルファールは「鐘の街」とも呼ばれていた。
その象徴が王都中央にそびえる、“忘却の鐘楼”。
だが今、その鐘は鳴らない。
霧深き朝、アリスたちが王都に入った瞬間――空気が変わった。
ライラ「……何かがおかしい。この街……人々の“気配”が感じられないよ。」
ライラが呟くように言った。
街の広場には誰もおらず、家々の扉は開いたまま、食器の音すらしない。
代わりに、どこからともなく“カチ、カチ、カチ……”と規則的な時計の音だけが響く。
ライラ「時間が、巻き戻されている……?」
聖女が顔をしかめ、杖の先を空へと向けた。魔法陣が浮かぶ。
聖女「違うな、巻き戻しじゃないようじゃ。空を見てみ。これは……“時間が固定”されてるみたいじゃの。全員、街の中で“同じ時”を繰り返してるおるわ。」
アリス「次元の裂け目の影響で、局所的に“時間断層”が発生している……!」
そのとき、鐘楼から「カン……カン……」という金属音が鳴った。
誰も触れていないはずの鐘が、勝手に鳴り始めたのだ。
そして、空間が裂けた。
鐘楼の上空に、漆黒の亀裂がゆっくりと開く。
裂け目の中から滲み出す光は、どこか懐かしく、どこか狂っていた。
ライラ「来るわよ。今回の裂け目は……時間そのものに干渉してるみたいね!」
アリスたちが鐘楼へ向かうと、階段がねじれ、空間が反転していた。
まるで夢の中のような構造。上に登っているはずが、下へ降りている感覚。
ライラ「これは“時間の螺旋”……この塔自体が“迷宮”になってる。時間の因果がループしてるわね。」
ライラが空間補正用の魔導環を使い、周囲の時空の流れを測定する。
ライラ「この塔の中心に、“時の記憶核”があるはず。そこに裂け目が繋がっている……!」
その瞬間、周囲の空間に“反響”が生まれる。
―アリス、助けて。
―ここは、終わらない。
―私の時間を、返して。
鐘楼の空間全体に、**かつて勇者として召喚された者たちの“残響”**が満ちていた。
聖女「……この声、すべて“召喚された勇者たち”の記憶……?」
聖女が立ち止まる。
聖女「リト王国は、太古の昔に何度か“勇者召喚”を行っていた。
だけど……全員、帰れなかった。ここに“封じられて”いたのじゃよ。」
アリスの剣が共鳴し、光を放つ。
その時、塔の中央――巨大な時計機構がある部屋に到達する。
そこで彼女たちは出会う。
1人の“勇者”の影――ルディアと名乗る少女だった。
アリス「あなたは……召喚された勇者なの……?」
アリスが問いかけると、影は微笑んだ。
ルディア「そう。ルディア=ミューレ……記録には残っていない勇者。
私は“成功しなかった世界線”から来た存在。
勇者として召喚されたのに、何も救えなかった。」
彼女は静かに手を広げる。
周囲の空間が反転し、塔の中が戦場へと変わる。
そこには、無数の敗北、決断、絶望が詰まっていた。
ルディア「私はこの裂け目に残された、“勇者の失敗”の集合体。
誰かに思い出してほしかった。私たちがいたことを。」
アリスは目を伏せる。
アリス「あなたたちは……ちゃんと存在していたわ。歴史に記録されなくても、心には残ってる。」
だが、影の勇者は悲しげに首を振った。
ルディア「そう言ってくれるのは、あなただけよ。だから、アリス――試させて。
“今の勇者たち”が本当に、過去を越えて未来を導けるのか――!」
戦闘が始まった。
ルディアは“時間魔法”の使い手。全ての攻撃が“直前に戻されてしまう”。
ルディア「《クロノ・リフレクト》――あなたが斬る前に、私は避けるの。」
アリスの斬撃が当たったかに見えても、それは既に“過去”のものとして無効化される。
ライラ「彼女は未来の予測じゃない、行動の時間軸そのものを巻き戻してるみたい!」
アリス「じゃあ……一手先ではなく、“何もしない”未来を見せてやる!」
アリスは思考の先を読み、敢えて斬らず“構え”に徹する。
ルディアの動きがわずかに乱れた瞬間、アリスは虚空に一太刀。
アリス「《空間断裂・ゼロスラスト》!」
その剣閃は「何もない場所」を斬り裂き、“時間操作の根”ごと切断する。
ルディアが崩れ落ちた。
ルディア「……ありがとう。私たちが“存在していた”と、誰かに伝えてくれて。」
ルディアの影が霧散し、塔の中心に浮かんでいた裂け目が静かに閉じていく。
聖女が最後の浄化魔法を詠唱した。
聖女「《聖域癒律・アフェクトリア》――過去も未来も、ここに癒えなさい。」
白い光が塔を包み、リト王国の時の流れが正常に戻った。
鐘が鳴る。
それは“過去を抱きしめ、未来を告げる”音だった。
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ミケロス共和国――そこは、空に浮かぶ巨大な鉄の都市。
鋼の歯車が重なる音。浮遊する街区。空を渡る列車。
それらすべてが、魔導炉と次元動力によって稼働していた。
しかし今――その中心に、**“空間ごと欠落している区域”**がある。
空に、ぽっかりと黒く穿たれた「無」が浮いていた。
そこは、地形や物理法則すらも消え去った“存在の空白”。
アリスたちは、ミケロス技術省からの依頼で、調査のためその空間に足を踏み入れることになった。
ライラ「これは……本格的にやばいわよ」
ライラが測定器を叩きながら言う。
ライラ「通常の裂け目とは異なる。物理次元だけでなく“定義”そのものが消えてる。つまり、“あったことにならなかった”区域よ」
聖女が空中に結界を展開しながら囁いた。
聖女「ここで何かが作られ、何かが壊されたのじゃ。そして、それすらも“記録されなくなった”……」
アリスは静かに剣を構え、無言で歩を進める。
この場所には、言葉よりも鋭い直感が必要だった。
辿り着いたのは、巨大な地下施設。
そこには「次元工房」と記された巨大な鉄扉があった。
その中には、膨大な設計図、歯車状の魔導核、そして、かつての研究主任――アガート博士の思念体が残されていた。
アガート博士「やっと来てくれたか。お前たちなら、私の過ちを止められるかもしれない」
アガートの思念体は語る。
かつて彼は、魔力ではなく**“理論上の世界”を実現するための装置を開発していた。
それは無限の可能性を分岐・計算し、「最も良い未来」**を生成するという夢の機械だった。
だが――
アガート博士「その装置は、“現実を超えた可能性”を呼び寄せた。
異なる次元、異なる自分、異なる魔王、異なる勇者……」
そして生まれたのが、“もう一つの自分”。
裂け目の中央にて、アリスは立っていた。
漆黒のドレス、深紅の瞳、まるで鏡に映したような存在。
その名は――アリス=ノクト。
ノクト「あなたがこの世界の“アリス”……なるほど。ずいぶんと優しい顔をしているのね」
ノクトは柔らかく笑う。
ノクト「私も、かつて“可能性”だった。だが、選ばれなかった。
私は《フラクタル・リアクター》に保存された“敗北したアリス”の集約。
その記録が“裂け目”となり、私をここへ導いた。」
アリス「????? 意味不明なんだけど。」
ライラが防御結界を張りつつアリスに耳打ちする。
ライラ「この子は“アリスが魔王にならなかった世界”の存在よ。
もしくは、ディアブロが裏切り、世界が崩壊した可能性の反映かも……!」
アリスは剣を抜いた。
アリス「君の気持ちは分かる。でも、それを世界にぶつけるな」
ノクトは目を伏せ、そして一言。
ノクト「ならば証明して。“可能性”ではなく、今を生きる者の強さを。」
ノクトの魔法は、可能性の展開。
一瞬で、五通りの未来を創造し、その中から最も効果的な魔法を選んで放つ。
ノクト「《フォールト・ファイナル》!
選ばれし未来の魔術、絶対必中・即死の雷」
膨大な魔力が空を裂き、雷となってアリスへ降り注ぐ。
だが――
アリス「未来が選べるなら……私も“捨てる未来”を選べばいい」
アリスは自らを犠牲にする構えをとり、ダメージを無理やり受けきることで“必殺の雷”の時間軸を打ち消した。
アリス「君が未来の可能性で来るなら、私は“今の覚悟”で立つ!」
アリスが放つのは、“選ばれなかったすべてのアリス”の力を束ねた一閃。
アリス「《神断・零律斬》!!!」
その剣閃が“選択されなかった未来”を斬り裂き、ノクトの存在を砕いた。
ノクトは微笑んで消えながら、こう呟いた。
ノクト「ようやく、私にも“今”が与えられた……ありがとう、私」
裂け目が閉じ、空の欠落が埋まっていく。
次元工房の装置は、今は封印された。
聖女が祈るように詠唱する。
聖女「《聖律封解・ネオディメンシオン》――可能性よ、今に還れ」
ライラは記録装置を閉じながら呟いた。
ライラ「“可能性を制御する”なんて傲慢だったわ。でも、それでも夢を見た人たちは、もう戻れない」
アリスは空を見上げる。
アリス「だから私たちが、“今”を選び続けていくのかも。誰かの分まで――」
空の都市ミケロスに、ようやく朝が訪れる。