170 西の魔王編 part1
深淵の魔神・クトゥラとの死闘を制し、闇の賢者ゼオルドを討ち果たしたアリスたちは、
ロッフェル島の崩れかけた塔を後にし、再び港へと向かうため、破壊された街路を歩いていた。
朝焼けに染まる空に、打ち上げられた破片と静寂が、過酷な戦いの余韻を漂わせていた。
ディネ「やっと……これで、ひと段落……」
サラ「ふふん、私たち、最強だったね!」
ノームは静かに本を閉じ、疲れたように微笑む。
ノーム「今は……ゆっくり休みたいな。」
アリス「皆、本当にありがとう。これで、少しは世界に平和が戻るといいけど……」
しかし、その願いは、束の間のものだった。
その時――!
空間が裂けるような音が、静寂を破った。
アリス「誰!?」
裂けた空間の隙間から、緑色のドレスを纏った女――メリッサが姿を現した。
血のような赤い瞳に、漆黒の魔力を纏いながらも、どこか悲痛な色を宿している。
ディネ「あれ?どこかでみたことあるような」
メリッサ「お久しぶりでございます。」
サラ「敵なら、一瞬で消し炭にしていたよ!」
だが、メリッサは両手を広げ、剣を抜く気配すら見せなかった。
彼女は深く頭を下げ、アリスに向かって叫んだ。
メリッサ「アリス様!どうか、どうか、少しだけお時間を!」
アリス「急にどうしたの?……話して。」
メリッサは震える声で語り始めた。
メリッサ「……西の魔王、ギルバイン様に、奇跡の子が生まれました。名を、ギエルと申します。」
ノーム「そういえば西の魔王に、子供ができるから、その手伝いで帰ったんだったよね。」
メリッサ「そうです。…ですが、ギエル様は……常軌を逸していたのです。生まれながらにして、並の魔王すら凌駕するほどの膨大な魔力を持ち、数年どころか、たった数ヶ月で、大人の姿へと成長されたのです。」
サラ「そんな馬鹿な話、聞いたことがないけど……」
メリッサ「そして……ギエル様は、ギルバイン様の統治が生ぬるいと断じ、**自らの手でギルバイン様を討ち、西の魔王の座を奪ったのです!」
一同は凍りついた。
アリス「……親を……殺したの……?」
メリッサは頷き、さらに続けた。
メリッサ「ギエル様は、今の西の魔王領が、他の魔王の領地と比べてあまりにも小さいことに憤り、一番大きな北の魔王領へ侵攻する準備を進めています……
私も、かつてはギルバイン様に仕えていましたが……ギエル様の暴走を見て、恐怖を覚えました。」
彼女は膝をつき、アリスに頭を深く下げた。
メリッサ「私は、アリス様に忠誠を誓っておりますので、一刻も早く、アリス様にお伝えするべく、参りました。
お願いです……!どうか、ギエル様を止める手を打ってください……!」
アリスは静かに目を閉じた。
――ロッフェル島での死闘を乗り越えた直後だというのに、また新たな闇が迫ろうとしている。
アリス「やれやれ。やっと休めると思ったのに、まだ……終わりじゃなかったんだね。」
アリスは剣をそっと握りしめ、仲間たちを見回した。
サラ「面白くなってきたじゃない!」
ディネ「やるしかないでしょう。」
ノーム「とりあえず北の魔王城に帰って作戦会議ですね。」
アリスはメリッサに手を差し伸べた。
アリス「顔を上げて、メリッサ。ありがとう。あなたの忠告、受け取ったよ。私たちが、ギエルを止める!」
メリッサ「申し訳御座いません。私が無力なばかりにご迷惑をお掛け致します。」
ちょうどその時、空を焦がす轟音と、黒い炎の柱が、アリスたちを迎えた。
ノーム「これは……!」
見渡す限り、ロッフェル島の崩れかけた塔が、跡形もなく吹き飛んでいる。
ディネ「一体……何が……」
そこに――空から、黒き翼を生やした青年が、悠然と降り立った。
新たなる西の魔王・ギエルであった。
白銀の髪、血のような紅い瞳。
まだ少年の面影を残すその顔には、感情の起伏がほとんどない。
それでいて、立っているだけで世界が震えるような、異常な魔力の渦をまとっていた。
ギエル「ここにいたのか。メリッサ。どこに行ったかと思えばこんなところに。」
ギエルは無表情のまま、アリスたちを見下ろした。
その背後には、従者たち――
ギエルが生み出した、巨大な魔獣たちが並んでいる。
普通の魔物ではない。彼らは「魔素」そのものから創られた、純粋な破壊の化身だった。
サラ「……何、この数……!一国まるごと潰す気じゃない!」
ノーム「いや、違う……これは、”一瞬”で潰す気だ……!」
ギエルは、アリスたちを一瞥し、静かに言った。
ギエル「邪魔だ。消えろ。」
その言葉と同時に、空気が一変する。
ドォン!!!
まるで空間ごと叩き潰すかのような、圧縮された魔力の衝撃波が襲いかかってきた!
アリスが剣を振り上げ、聖なる結界を張る。
ディネ、サラ、ノームもそれぞれ精霊魔法で防御に回る。
だが――。
精霊結界が、一撃でヒビ割れた。
ディネ「うそ……!」
サラ「こ、こんな……化け物……!」
ギエルの魔力は、まるで天災そのものだった。
生まれたばかりで、ここまで力を持つなどあり得ない。
しかも、彼には「恐怖」も「躊躇」も一切ない。
ただ静かに、圧倒的な力で、世界を作り変えようとしている。
ギエル「私が、北も、南も、東も、すべて征服する。この世界は、小さすぎるんだ。」
ギエルはまるで当たり前のように宣言した。
アリス「そんなことはさせない。私が止めるから!」
だが、その時――。
ギエルは手を掲げ、指を弾いた。
すると、彼の後ろに控えていた巨大な魔獣たちが、次々と**「魔核爆発」**を起こし、
ロッフェル島の大地そのものを破壊し始めた。
サラが炎の大竜巻を放つ。
ディネも、ノームも、必死で迎撃するが、
ギエルの魔獣たちは「破壊」だけを目的に動いているため、死を恐れず突進してくる。
ズガアアアアアアアアアアン!!!
一つ、また一つ――
街が、森が、山が、燃え、沈み、崩れていく。
このままでは島が、いや、世界が終わってしまう。
アリスは歯を食いしばり、ギエルに向かって叫んだ。
アリス「私はあなたを……ここで止める!!」
ギエルは無表情のまま剣を抜いた。
それは、黒い雷光を纏った、魔王剣・アポカリプス。
ギエル「ほう。なら……やってみろ。」
二人の剣が、互いの想いを乗せて、交差しようとしていた。