159 ルティアーナ王国編 part6
ルティアーナ王宮の静かな朝、アリスたちは広い石造りのバルコニーに集まっていた。
夜が明けたばかりの空は薄い青に染まり、柔らかな風が髪を揺らしている。
その場の雰囲気にはどこか重い空気が漂っていた。
使者「フノン様、急ぎの報せです。」
一人の使者がフノンに手紙を差し出した。
封蝋にはルキア魔法王国の紋章が刻まれていた。
それを見たフノンは眉をひそめ、静かに封を切る。
手紙を読み終えたフノンが振り返り、ゆっくりと口を開いた。
フノン「ルキア国王からだ。宮廷魔法師団総督にならないか、と。」
その言葉にアリスとミクリは驚きの声を上げたが、フノンの表情は複雑だった。
フノン「俺がこんなに大きな役目を果たせるのかどうか……でも、国王の期待には応えたいと思う。」
その日の夜、フノンがどうするべきか思い悩んでいると、ミクリにも勅命の使者がやってきた。
使者「ミクリ殿、リンデン国王からの命令です。」
封を開くと、王国軍部総隊長として国の守りを担うよう命じられていた。
ミクリは苦笑を浮かべる。
ミクリ「まさか実家に戻れる日が来るとはな……。まあ、親父もきっと驚くだろうな。」
翌朝、アリスは2人を見送りながら、心の中で湧き上がる感情を抑えきれなかった。
彼らとはこれまで数え切れないほどの危険を共にくぐり抜けてきた。
アリス「寂しくなるな……。」
アリスの声はわずかに震えていた。
フノンは優しく微笑み、アリスの肩に手を置いた。
フノン「アリス、俺たちの道が分かれるのは、これが終わりじゃない。きっとまたどこかで一緒に戦う日が来ます。」
ミクリも軽く手を振りながら言った。
ミクリ「俺はどこにいても伝説になるつもりだから。」
アリスは涙をこらえ、強くうなずいた。
だが、2人が旅立った直後、さらなる別れが待ち受けていた。
西の魔王からの使者がメリッサのもとに現れたのだ。
使者「メリッサ様、西の魔王からの帰還命令です。」
その内容は驚くべきものだった。
数千年ぶりに後継者となる子息が誕生し、その教育と支援のためにメリッサが呼び戻されるというのだ。
メリッサは苦笑いを浮かべた。
メリッサ「まあ、私は西の魔王様の配下ですからね。逆らうわけにはいきませんので。」
アリスはこの知らせに心が張り裂けそうになったが、何も言わずにメリッサを抱きしめた。
メリッサは微笑みながら答えた。
メリッサ「アリス様。どこかで困ったら、私をお呼びください。必ず駆けつけます。」
仲間たちが去り、一人残されたアリス。
しかし彼女は立ち止まることなく、次なる冒険への準備を始めた。
サドバイン王国――それは西の大海に浮かぶ謎多き地。そこでは近年、奇妙な現象が相次ぎ、王国全体が不安定になっているという話を聞いていた。
アリス「次の冒険はここだね。」
アリスは海図を広げ、船の準備を進める。
シエスタ王女ともお別れして港町ランバードに向かった。
日の出とともに出港した船の上、アリスは仲間たちとの思い出を胸に抱きながら、広がる水平線を見つめた。
アリス「さあ、新しい冒険へ出発だ!」
どんな困難が待ち受けていようと、アリスの心はもう揺らぐことはなかった。
彼女の旅は、今まさに新たな章を迎えたのだ。
アリスは船の上にいた。
アリス「あーあ。一人になってしまったよ。」
ディネ「あたしたちがいるでしょ。」
サラ「そうだよ。」
アリス「そうだね。」
ディネ「最近ではあたしたちの出番が無くなっていたから、たまにはいいんじゃない。」
サラ「アリスも強くなったしね。」
アリス「サラに褒められるの気持ち悪い。そうだね。最初に戻っただけだからね。」
ディネ「アリスも少しは成長してるから。」
アリス「ディネに褒められると涙が出てくる。」
サラ「情け無い。その辺は成長していないね。」
アリス「うるさい。もっと労われ!」
ディネ「それだけ言えれば大丈夫でしょ。」
アリス「それにしても、みんな好条件で本国から呼び戻されたのに、なんで私だけ呼び戻されないんだよ?」
サラ「日頃の行い。」
ディネ「諦められてるだけでしょ。それに第一王女よりいい好条件なんて無いんじゃない。」
アリス「確かにそうだけど。今一納得できん!」
ディネ「それにいつでも戻れるでしょ。」
アリス「その通りです。他の精霊さんは出てこないけどどうしたの?」
ディネ「みんな暇だから篭って寝ているわね。」
ノーム「ジェイドとウィスプは呼べば出てくると思うけど。」
アリス「そうか。暇で寝ているのか。いいなあー。」
サラ「暇は嫌いなくせに。マグロだろうマグロ。動いていないと死んじゃうやつ。」
アリス「サラはほんとに嫌味しか言わないな!」
サラ「あら?褒めてるつもりだけど。」
アリス「どこがやねん!」
船員「船長!あそこの冒険者がブツブツ独り言を言っていて、気持ち悪いんですけど。」
船長「ほっとけ。関わるな!関わるとバカが移るぞ!」
船員「わかりました。」
サラ「アリス。なんか言われているよ。」
アリス「失礼な!サドバイン王国に着くまで寝てよー。」
サドバイン王国は、西の大海にぽつりと浮かぶ孤島国家である。
古くから「霧の国」とも呼ばれ、その名の通り、朝も昼も島全体が厚い霧に包まれることが多い。
その霧はただの自然現象ではなく、魔力を秘めた「魔霧」であると信じられ、航海者たちの間では「迷いの霧」として恐れられている。
しかし、その霧を越えてたどり着いた者たちは、誰もがその島の美しさに目を奪われる。
青緑の山々が連なり、島全体を覆う深い森からは鳥のさえずりが響き、黄金色の砂浜がキラキラと光る。
だが、その静けさの奥には何か得体の知れないものが潜んでいるようにも感じられるのだ。
サドバイン王国を統治するのは、現国王リカルド七世。彼は若い頃から優れた剣士として名を馳せたが、その鋭い頭脳からもたらされる策略は、隣国たちに恐れられている。
リカルド王は古代の秘術を重んじ、王族の血筋を守るために代々魔術師との深い関係を築いてきたと言われる。
サドバインの民は独特な文化を持ち、霧を「神の息吹」として崇める。
島内のいたるところに霧を司る神を祀る祠があり、その祠では決して灯が消えない特別な「霧の灯火」が燃えている。
王国では、霧が濃くなる夜には家を出ないのが習わしだ。
「霧夜祭」と呼ばれる祭りもあり、その日だけは霧が濃くなる夜に民が街に集まり、霧の中で踊り、祈る。
だが、その祭りには一つの禁忌がある。**「霧夜に祠の灯を消してはならない」**というもので、それを破った者には災いが降りかかると言われている。
しかし、近年になってサドバイン王国では奇妙な事件が相次いでいる。
森の中から行方不明者が出たり、漁村では魚が突然全滅するという謎の現象が起きたりしている。
そして何より恐ろしいのは、「霧夜祭の最中に祠の灯が勝手に消える」という前代未聞の出来事だ。
国民は恐怖に震え、「神の怒りだ」と囁く者もいれば、「これは何者かの陰謀だ」と言う者もいる。
だが真相は未だ闇の中に隠されている。
アリス「サドバイン王国には、ただならぬ闇が潜んでいる。」
王国に向かう船の上で、アリスはそう感じていた。
霧に包まれた島の輪郭が薄ぼんやりと見えてくると、彼女の心は高鳴った。
謎が謎を呼ぶこの国で、一体何が待ち受けているのか。
アリスはまっすぐとサドバイン王国の港に向かって行った。