151 ロスフルリント共和国 part5 -
聖女 シシーリア・マクシミアヌス・アグネス
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<パブロフ正教国>
パブロフ正教国は、荘厳な大聖堂を中心に広がる国である。そこには数百年にわたる正教の伝統が息づき、全世界の信徒たちの信仰を一身に集めていた。
その威厳を支える存在が、百人の精鋭聖騎士団。
そして、その上に立つのが、最高司祭長であるが、実質的には、年老いたが知恵深きマクシミリアン――前最高司祭長であった。
しかし、表向き最強の聖騎士団をもってしても抑えきれない「何か」が起こるとき、裏の力が動き出す。
それは、「聖女」と呼ばれる存在だった。
聖女は正教国の最奥に隠された秘宝であり、表舞台に立つことを禁じられた絶対的な力の象徴。
その存在を知るのは司祭長と一握りの上層部のみだった。
ある晩、大聖堂の奥深く、マクシミリアンは報告を受けて眉間に深いしわを寄せていた。
マクシミリアン「聖騎士の精鋭部隊が壊滅など、こんなことはあってはならない……?」
側近の一人が顔を青ざめながら答える。
側近の司祭「報告によれば、北の魔王はこれまでのどの記録にも類を見ない魔力と聖なる気を持っていたということです。」
マクシミリアン「そうか……。」
マクシミリアンは低く呟き、疲れたように椅子に沈み込む。
そのとき、部屋の空気が一変した。
突然、冷たい光が室内に満ち、気配を消していたはずの扉が音もなく開いた。
聖女「精鋭部隊が壊滅とは聞き捨てならぬな。」
その声に、マクシミリアンの顔色が一気に青ざめた。
振り返ると、長い銀髪をたなびかせた聖女が立っていた。
透き通るような肌、目は星空を閉じ込めたように輝き、その存在そのものが威厳と恐怖を兼ね備えていた。
マクシミリアン「なぜ、聖女様がここに……!」
マクシミリアンは急いでひざまずき、頭を垂れる。
聖女「繰り返すが、精鋭部隊の壊滅は事実か?」
聖女は冷たく尋ねた。
マクシミリアン「……はい。しかし、対応策を講じております。どうか聖女様が表に出られる必要はございません。」
その言葉に、聖女の眉がわずかに動いた。
聖女「その対応策とやらが効果を発揮する保証はあるのか?」
マクシミリアン「もちろんでございます。すでに新たな部隊を再編し、必要な手配を整えつつあります。」
聖女「ふむ……。だが、覚えておくがよい、マクシミリアン。パブロフ正教国の威厳が損なわれることを、私は決して許さぬ。もし再び同じ失態が起きれば、その時は――」
マクシミリアン「仰せの通り、全力を尽くします!」
マクシミリアンは深く頭を垂れる。
聖女は彼の顔をしばらく見下ろしていたが、やがて光と共にその場から消え去った。
聖女が去ると、マクシミリアンは深いため息をついた。
マクシミリアン「やれやれ……あの方が表に出られたら、世界中がひっくり返る騒ぎになる。精鋭部隊の壊滅など、それに比べれば些事に過ぎぬわ……。」
側近が恐る恐る尋ねる。
側近の司祭「司祭長様……聖女様が動かれることは本当に避けられるのでしょうか?」
マクシミリアン「わからぬ。しかし、何としてもそれだけは防がねばならぬ。」
マクシミリアンは疲れたように椅子に座り直し、再び考え込んだ。
だが、彼の心には不安が渦巻いていた。
聖女の存在が表に出ることは、パブロフ正教国だけでなく、この世界の均衡そのものを揺るがす可能性がある。
そしてその予感は的中し、後にアリスたちの旅路を大きく変えることになるのだが、それはまだ遠い未来の話であった。
この夜、大聖堂の鐘は深い闇に響き渡り、正教国の秘められた力が動き出そうとしていた。
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<ロスフルリント共和国>
ロスフルリント共和国の長い旅を終え、アリスたちは再び広大な世界へと歩み出した。
要塞都市を背にしたその瞬間、アリスの胸に不思議な感覚がよぎった。
胸の奥から暖かな波動が広がり、眠りについていた力が目覚めるような――そんな感覚だった。
アリス「……これは……?」
アリスが立ち止まると、彼女の周囲にほのかな光が舞い降りた。その光の中から、懐かしい声が響いてくる。
ディネ「ああ!、アリスじゃん!」
アリス「ディネ!」
アリスが目を見張ると、かつての相棒である水の精霊ディネが微笑んでいた。
青色の髪を揺らしながら、彼女は軽やかにアリスの肩に舞い降りた。
ディネ「やっと亜空間から戻ってこられたよ。アリスの魔力が目覚めた瞬間、私たちも目を覚ましたんだ。」
すると、周囲には小さな精霊たちが次々と現れ、アリスの周りを飛び回った。風の精霊シルフ、火の精霊サラ、光の精霊ウィスプ――それぞれが久しぶりの再会を喜ぶかのように楽しげに踊り始める。
サラ「勘弁してくれよ。アリスの性で、僕たちは亜空間に閉じ込められたんだぞ。」
ディネ「仕方ないのよ。どの魔王にも、魔力がなくなる時期があって、その間は隔離されることになっているんだから。」
アリス「隔離?」
ディネ「アリスも亜空間に隔離されたでしょ。」
アリス「いや。」
ディネ「えええー!闇蝕の刻で魔力がなくなって戦えなくなるんだよー。普通の魔王は亜空間にこもって、その間は部下に守らせるんだよ。」
アリス「闇蝕の刻?」
ディネ「知らないの?闇蝕の刻?新月の夜に魔王の魔力が一時的に弱まる現象だよ。」
サラ「知らないんだ。やっぱ馬鹿じゃん!」
アリス「馬鹿いうな!別に困らなかったし。」
ディネ「普通に戦えたんだ。ならいいけど。」
ミクリ「アリス、君の魔力……完全に戻ったんだな!」
フノンも目を丸くしながら頷く。
フノン「これほどの力、以前の比ではありませんね。……まるで君自身が精霊の源になったみたいですね。」
アリスは少し照れくさそうに笑った。
アリス「たぶん、魔力がない旅を続ける中で何かが変わったんだと思う。ロスフルリントでの戦いや出会いが、私の中の何かを目覚めさせてくれたのかも。」
サラ「魔力のない旅?無力な旅だね。」
サラが肩の上でくすくす笑う。
フノン「それだけじゃないよ。君が人々のために尽くしてきた心、そして仲間を信じて進んできたその強さが、今のこの力を生み出したと思います。」
次の瞬間。アリスたちの側で、またキラキラと光が舞い降りた。そして、メリッサが現れた。
メリッサ「アリス様。ただ今戻りました。」
アリス「メリッサ。久しぶりだね。どうしていたの?」
メリッサ「闇蝕の刻で、西の魔王様が、亜空間にお籠もりになったので、その間、その亜空間をお守りしておりました。」
アリス「そっか。西の魔王も魔力が無くなったんだ。」
メリッサ「そうです。アリス様は大丈夫でしたでしょうか?」
アリス「私も魔力が無くなったけど、聖騎士団を倒したり、魔物を倒したり、全然戦えたよ。」
メリッサ「やはり、アリス様は最高にお強いですね。」
再び賑やかになったアリスたちの旅路には、期待と興奮が満ちていた。
ミクリ「よし、次の目的地はどこにする?」
ミクリが地図を広げながら尋ねる。
アリス「どこだっていいさ。まだ見ぬ世界が私たちを待っている!」
アリスが笑顔で答えた。
フノンが少しだけ真剣な表情を浮かべる。
フノン「でも、アリス。世界にはまだ闇が潜んでいるから。星海の目の残党や新たな敵がいつ現れるかもわからない。」
アリス「わかってるよ。でも、魔力が戻ったから楽勝だね。」
アリスは胸を張って答える。
その言葉に応えるように、精霊たちが陽気に舞い踊る。
メリッサ「さあ、新しい冒険を始めよう!」
こうしてアリスたちは、再び絆を深めた仲間たちと共に、新たな冒険の旅へと船を出した。