126 聖なる気の修行編 part1
アリスたちは「聖なる気」を高めることが、聖気による攻撃力を一段と引き上げる鍵であると悟っていた。
しかし、それを最大限に引き出すには、聖なる気が集まる特別な場所での修行が必要だと考えた。
ある夜、レンブラン王国の城下町の古い居酒屋で、旅の僧侶が語る神秘的な話を偶然耳にしたアリスたち。
その僧侶は歳を重ねた温和な男で、世界中を巡りながら、さまざまな聖地を訪れてきたという。
僧侶「エリュシオンの泉……そこは神々が地上に息吹を与えた場所。泉の水は生命そのものの源であり、触れる者に無限の浄化と力をもたらす。」
僧侶が語るその言葉に、アリスの心は動かされた。
彼の話によれば、エリュシオンの泉はただの聖なる地ではなかった。そこは過去に大きな戦乱の際、傷ついた英雄たちがその心を癒し、新たな希望を見いだした場所だという。
アリス「僧侶様。そのエリュシオンの泉はどこにあるのでしょうか?」
僧侶「わからん。どの地で聞いた話しかも覚えておらん。」
僧侶の話に引き寄せられるように、エリュシオンの泉へ行ってみたくなったアリスたちだったが、その泉がどの辺りの場所で、どのような力を持つのか、具体的な情報はまだほとんど知られていなかった。
エリュシオンの泉に関する手がかりを求めていたアリスは、古代の知識を数多く持ち、聖なる気にも詳しいと噂される賢者ヴォルデンの存在を耳にした。
彼はかつて王宮の魔導師として仕えていたが、晩年に突如姿を消し、今ではレンブラン王国の古都の辺境にひっそりと暮らしているという。
アリスたちは険しい山道を越え、霧深い森を抜けて、賢者の住むと言われる古都の塔を目指した。
塔は、古木に覆われた荒れ地の中央にそびえ立っており、その姿はまるで時代に取り残された遺物のようだった。
アリス「ここだよ。きっと。」
フノン「たしかに賢者が住んでそう。」
ミクリ「なんか静かだけど、本当に人が住んでいるのかな?」
塔に到着したアリスたちは、重厚な扉を叩いたが、返事はなかった。
ミクリ「やっぱり誰もいないんじゃないの?」
仕方なく扉を押すと、軋む音を立てて開き、冷たい空気がアリスを迎えた。
アリス「暗くてよく見えないんですけど。」
フノン「色々と文献がありますね。」
塔の内部は薄暗く、天井近くまで積み上げられた本棚が並び、そこかしこに奇妙な道具や古代文字が彫られた石版が置かれていた。
奥から低く響く声が聞こえてきた。
賢者ヴォルデン「誰だ、無断でここに入るとは…。」
アリスが声の方を見ると、一本の松明の光に照らされて現れたのは、白髪に長いひげを蓄えた痩身の老人であった。
その鋭い瞳には、深い知識と長い人生を歩んだ者だけが持つ威厳が宿っていた。
アリス「賢者ヴォルデン?」
ヴォルデン「そうだ。北の魔王、アリスよ。なぜ私のもとを訪れた?」
アリスは驚いた。自分の名と素性を口にする者は限られている。彼の知識と鋭さが並大抵ではないことを直感した。
アリス「エリュシオンの泉について教えてほしい。その場所で私は修行をしたいのです。」
ヴォルデンはアリスの言葉に眉をひそめた。
ヴォルデン「エリュシオンの泉…。人間界と神の領域の狭間に存在すると言われる伝説の地だ。だが、単なる修行なら他でもできよう。いったい何のためにそんな場所を探す?」
賢者ヴォルデンの鋭い瞳がアリスを見据えていた。
その視線には、彼女の言葉の真偽を見極めようとする鋭い洞察が込められていた。
ヴォルデン「なぜ、エリュシオンの泉を求める?
強大な力を得ようとする者の多くは、その力に溺れ、世界を混乱に陥れるものだ。お前がそうでないという保証はあるのか?」
その問いに、アリスは一瞬だけ目を伏せた。
過去に倒した敵たちの顔、共に戦った仲間の笑顔、そして犠牲になった者たちの叫びが脳裏をよぎる。しかし、すぐに顔を上げ、揺るぎない決意の光をその瞳に宿らせた。
アリス「私は、かつて数多くの命を奪い、数えきれない憎しみを背負ってきました。」
アリスの声は低く、それでいて塔全体に響き渡るような力強さを帯びていた。
アリス「北の魔王と呼ばれるようになった私の名が、どれほど恐れられているか知っています。人々は私を破壊者だと言う者もいます。それでも、皆が幸福に暮らせる世界を目指して、私は自分の信じる道を進むつもりです。」
ヴォルデンは黙って耳を傾けた。その静けさに励まされるように、アリスはさらに言葉を紡いだ。
アリス「この世界は、闇に飲まれつつあります。戦争が絶えず、憎しみが憎しみを生み、終わりなき破壊が繰り返されています。その裏にあるのは、アルティエルたちのような戦争を仕掛ける者たちです。彼らは影の源泉の力を使い、世界を混乱に陥れようとしています。」
アリスの声には、次第に熱が込められていった。
アリス「私はその輪廻を断ち切るために今ここにいます。私がその憎しみのすべてを背負い、どれほど呪われようとも構わない。それが私に課せられた使命だと信じるからです。」
その言葉を聞いたヴォルデンは、彼女の決意が単なる自己満足や野心からくるものではないと悟った。
彼はあえて沈黙を続け、アリスが語り終えるのを待った。
ヴォルデン「だが、それだけでは不十分だ。」
アリスは賢者の言葉に少し眉をひそめた。
ヴォルデン「お前が言う使命とやらは、ただの独りよがりで終わる可能性もある。だが、確かにその言葉には嘘がないようだ。ならば再度問おう。なぜ、エリュシオンの泉を求める?」
アリスは一歩前に進み、ヴォルデンの目をまっすぐに見つめた。
アリス「私は、闇を消し去るための力が欲しい。だが、それだけではない。私自身の心にある闇をも、乗り越えたいのです。」
その言葉には、これまで戦い抜いてきた者の重みと、未来への希望が込められていた。
しばらくの間、ヴォルデンは黙り込んでいた。アリスは彼の反応を待ちながらも、少しの焦りを覚えていた。彼女の言葉が受け入れられるかどうか、それが今後の道を左右するからだ。
やがて、ヴォルデンは低くうなずいた。
ヴォルデン「分かった。その覚悟、本物と見受けた。」
彼は塔の奥から古びた書物を取り出した。
その書物の中には、エリュシオンの泉に関する手がかりが記されていた。
その書物は、見るからに古く、背表紙には奇妙な紋様が彫り込まれていた。
表紙を開いた瞬間、アリスは淡い光が漏れ出るのを感じた。
それは単なる紙ではなく、魔力を帯びた特殊な媒体に記されたものだった。
ヴォルデン「これがエリュシオンの泉に関する最も古い記録だ。だが、注意せよ。この書物自体が試練である。」
ヴォルデンの言葉を聞き、アリスは眉をひそめた。
ページをめくると、最初に現れたのは地図のような模様だった。しかし、その地図はぼんやりとした輪郭を持つだけで、場所を特定するにはあまりにも不明瞭だった。
アリス「これでは何も分からないではないか……」
アリスがそう呟いた瞬間、書物の文字が光を放ち始めた。そして、目の前に幻想的な映像が現れた。
映像の中には、霧深い森、燃える砂漠、凍てついた山脈が次々と映し出された。それぞれの場所に、人影のような存在が現れる。その影たちは古の言葉を呟き、最後には一つの言葉で締めくくられる。
アリス「四つの試練が泉の門を開く鍵となる。」
アリスはその映像に釘付けになりながら、ヴォルデンの解説を聞いた。
ヴォルデン「エリュシオンの泉はただ神聖な場所というだけではない。そこにたどり着く者は、世界の四大元素である火、風、水、土、それぞれにまつわる試練を超えなければならないのだ。」