第12章❤️ : ぼくが愛する『通学区間』にまつわるお話❤️(その1)
ぼくは、1989年4月から、1990年3月17日までの約1年間、宇都宮市清原にある、栃木県農業大学校の「男子寮」で、全員強制という形での寮生活を営んでいた。
これは、男子・女子学生問わず、また、大学校から自宅が遠かろうが近かろうが関係なく、全員参加の「強制カリキュラム」となっていて、拒否する学生は、もちろん、学校をやめるしかない。
県の正式な方針がそうなっているからだ。
この寮生活については、一部、拙作『たからものⅡ』でも触れているので、よかったら、参考にされたい。
また別の章でも、あらためて、この生活での出来事や思ったこと、気づいたこと、感じたことなどについて、詳しく触れることにしよう。
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・・・この連載型エッセイは、ぼくの愛する「美絵子ちゃん」に特化したエピソードである。
したがって、
この中でぼくが、ことあるごとに、「美絵子ちゃん、美絵子ちゃん」と連呼することについては・・・
どうか、平にご容赦いただきたい。
m(_ _)m
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・・・また話が脱線してしまったようだ(苦笑)。
ぼくが、美絵子ちゃんに関するサブカルチャーなどを、『イメージ物』と呼ぶように、
思い出の場所を、このエッセイ中では、便宜上、『イメージ・プレイス』と呼ぶことにする。
この『イメージ・プレイス』は、あとでもまた触れていくが・・・
直接的には、美絵子ちゃん本人とは、まるで関係のない場所も含まれる・・・というより、そのような場所がほとんどである。
それは、道路だったり建物だったりと、いろいろなパターンがあるのだが、
しばらくは、ぼくのお気に入りで、なおかつ、いまも愛しい、その『イメージ・プレイス』について、筆を進めていこうと思う。
これは、いうなれば・・・
「美絵子ちゃんを強くイメージ・連想し、また感じられる場所」といったところだろうか。




