折れた親指に涙!血塗られた独占インタビュー!②
「はあ、はあ……んん……ぼ、僕が、はあ、悪いので……だっ、大丈夫です」
「そうか……」
「はあ……ぜえ、ぜえ……」
「……まあいいか」
俺はそのまま排気ダクトの上に座り込み、しばらく待ってやることにした。
もちろん別に放っておいても良かったのだが、なぜかそういう気分になってしまったのだ。
「ぼ、僕はその、んっ、雑誌編集の仕事をしていまして、はあ、はあ……それで、ボッ、ボッキマンさんの特集を組みたくて、はあ、はあ……その、あなたを追いかけて……はあ、はあ……んっ、んんっ……」
「俺はボッキマンじゃないけどな」
「……そ、そんなこと言わずに……」
「まあ……俺はボッキマンじゃないけど、俺が知ってるボッキマンのことなら、教えてやってもいいかな」
「ほ、ほんとですか!?」
「ああ」
男は声を弾ませ、ポケットを塞いでいたジッパ―を開けると、中から端末を引っ張り出した。タブレットPCのような外見だが、携帯性を犠牲に頑丈さを追求した結果なのか樹脂のプレートの付いたゴツいデザインのものだ。
そして男は慣れた手つきで端末を操作すると、背面に付属したレンズを俺の方に向けてくる。
「おい、こらよせ、動画や写真を撮るのはナシだぞ!」
「はあ、はあっ……んっ……じゃ、じゃあ、せめて録音だけでも……」
「それもダメだ」
俺の言葉に男はがっくりと肩を落としていたが、すぐに気を切り替えたのか顔を上げると矢継ぎ早に質問を始めた。
だが、答える気にならないようなどうでもいい質問ばかりだ。
やれボッキマンの本名はなんだとか、どこに住んでいて普段は何をやっているんだとか、どうやってその力を身に着けたとか……。
俺はヤツの言葉を無視しながら立ち上がるとヘルメットに手を掛ける。
「んっ、ちょっ、ちょっと!何ですか?!ちょっと待ってくださいよ?!」
「取材したいならヘルメットくらい取れよ」
「あっ、はい!えっと、こ、これでいいですか?」
ヘルメットの下から美女でも出てくれば楽しくインタビューに付き合ってやれたかもしれないが、出てきたのは吐息も荒く、汗をだらだらと流し続ける冴えない男だ。
髪の色は黒で、ソフトアフロのように全体的にゆるくカールしている。年齢は二十代半ばといったところか。
顔立ちは整っている方だが、声は妙に甲高く、表情もどこか抜けていて、子供っぽさを感じさせる。
俺より少し低い程度なので決して小柄ではないはずだが、猫背気味の姿勢もどことなく頼りなさそうな印象を受けてしまった。
カモ柄のトラックスーツにランニングバックという服装は編集者のようには見えず、そしてガスマスクのようなヘルメットは意味のわからない組み合わせで、普段ならこんな奴が取材取材と追いかけてきたら逃げ出すか、怒鳴りつけて追い返してしまっていただろう。
「つーかお前な、まず誰なんだよ。雑誌って言ってたけど」
「し、失礼しました。ぼ、僕は月刊『モンドリューツ』の編集長兼ライターをしています、門戸流都と言います!」
「……まったく聞いたことがないな。どっかの商店街の広報誌か?」
「……い、いえ、ご存知なくても無理はありません、読者は、んっ、一人しかいませんから……」
「は?まさか読者まで兼任してるんじゃないだろうな」
「いえ、違いますよ!読んでいるのはその、身内だけです……」
なんだそれ?
俺は首を傾げる。
まあどうでもいいか……。
記事にされては困るが、一人しか読まないという話が本当なら俺に害はないだろう。真面目に答えてやる義理もないしな。
「んで……俺……い、いや、ボッキマンについて聞きたいことは?おっと!よく考えて質問してくれよ」
「ええと、そうですね……ええと……」
男は口元を軽く掻きながら考え込む。
「あの……ええと……う~ん……そうだ!ボッキマンさんってビルの屋上を走っていましたよね。あれはどういう理由なんでしょうか」
「ああ、それね……」
俺は腕組みをして、大げさにため息をつく。
この男、門戸とやらがどうしてここまで俺に興味を抱いたのかは分からないが、暇潰しにはちょうど良い。
まあ、マジに答えてやろうと思っても俺はその理由が分からないんだけどな。
「えーと、それはだな。おそらく交通費を浮かせるために走ってたんだろな」
「え?」
「だから交通費が浮くんだよ。走ってる方が」
「んっ、それって捕まったり殺されるリスクを冒してまでやることなんですか……?」
「いや、だってあいつ不死身だし、無敵だしさ、負ける要素がないじゃん」
「ええと……そう、ですね……んっ……ええ……はい……」
「納得できないか?」
「え、ああ……はい……その、パトロール的な意味合いはないんですか?」
「パトロール?」
「い、いや、あの、ヒーローとして日夜街を守るという……んっ、そういう……その……」
「ないよ、そんなもん」
「そ、そうですか……」
門戸はうつむき、端末をいじくりまわしながらぶつぶつと呟いている。
「……んっ、んんっ……交通費ということは、その……ボッキマンさんはお仕事をされているということですか?」
「ああ、今は知らないけどな……働いていたはずだぞ」
「そ、それは何のお仕事ですか?」
「えーと……何だっけかな……ああ、思い出した。シケタピザの配達員だ」
「シケタピ……ええと……宅配ピザの?」
「ああ、その身体能力を活かしてあのクソ不味いことで有名なシケタピザでバイトしていたはずだ……もしかしたら今は辞めてるかもしれないがな」
「んっ、んん、で、でもボッキマンさんのこれまでの目撃情報ではピザなんて持っていませんでしたよ?!」
「うーん、それは多分だけど、ピザの方は胃袋にでも納めていたんだろ。辞めたとしたらそのせいで……」
「えっ、ちょっと!?無茶苦茶じゃないですか!真面目に答えてくださいよ!」
「そうか?なんかおかしいか?」
「んんっ!い、いや、そうでしょ!?そんなピザを食い逃げ、いや食い逃げになるのかな?わかんないですけど、そんなのヒーローとして間違ってるでしょう?!」
「おいおい、なんだよさっきからヒーローヒーローって、お前まさかボッキマンが正義の味方かなんかだと思ってたのか?」
俺はわざとらしく肩をすくめて両手を広げて見せる。門戸は納得がいかない様子で唇を尖らせている。
「んっ、えっ、でっ、でも!ボッキマンさんは、さっきも言いましたけど、その……治安部隊を単独で制圧し、拘束されようとしている無実の女性の身を守ったと、そういう話があるじゃないですか?!」
「ああ……その噂は俺も聞いたことあるな……」
俺はダクトの上で足を組み、わざとらしくうつむきながら額に指を当てる。
たしかに、それは俺がやったことだ。
あの時、治安部隊に拘束されそうになっている変な中年女を助け出した。
だが、これといった動機も理由も思いつかない。
ただ、無理やり説明をつけるならば……女がどうこうじゃなくて、ただ散歩を邪魔されてむかついて、それで治安部隊を蹴散らした、せいぜいその程度のことだろう。
そんな話に尾ひれがついて、勝手に最強のヒーロー扱いしたり、あるいは伝説の怪人のように扱おうとする想像力豊かな奴らがいるだけだ。