無敵、不死身!そして勃起だ、ボッキマン!③
「……めちゃくちゃうるせぇな」
「なんだよあいつ……」
「頭おかしいんじゃねーか……」
治安部隊たちも女に戸惑い動揺していたが、すぐに気を取り直し、周囲の野次馬たちにまた避難を呼びかけた。
「下がりなさい!ここは危険だ、避難しなさい!」
すると先ほどと同じように女が叫ぶ。
「チンコマン!チンコマン!」
「下がれと言っているだろう!命令だと理解できないのか!」
「チンコマン!チンコマン!」
治安部隊の一人が中年女の肩に手をかけて抑えつけた時、女の顔をはっきり見た。
髪を振り乱し、目を真っ赤に腫らした中年の女。
女は肩までかけて大きな汗を浮かべ、上半身は赤くなっている。
まるで酒を飲んだか、風呂あがりかのようだ。女は俺と目が合うとニッコリと笑みを浮かべた。
「チンコマン!ロボットをやっつけて!」
「指示に従わない場合拘束する。早くこの場から立ち去りなさい!」
「チンコマン!チンコマン!チンコマン!チンコマン!チンコマン!チンコマン!チンコマン!」
「いい加減にし……」
後日、野次馬たちはこう語るだろう。
治安部隊の一人が変なおばさんの首を掴んで叩きつけようとした瞬間、男に殴られて空を舞っていたと。
もちろんこんな中年女のことなんて助けるつもりはなかった。
ただ、なんとなく気がついたら体が動いていただけだ。
路面に激突しアスファルトにめり込んだ隊員の手から暴徒鎮圧用の銃をもぎ取り、古びたゴムのようにぶちんと引き千切ると女が叫ぶ。
「チンコマン!」
「ちげーよ」
俺が治安部隊を殴り倒したことに気がつくと、あちこちから野次馬たちの悲鳴が聞こえ、四方八方から隊員たちが嵐のごとく襲いかかって来た。
「ボッキマンでもないけどな」
俺はこいつらが着ているパワードスーツに関する動画を見たことがある。
治安部隊の新人隊員を扱ったドキュメンタリーだ。
高密度の特殊合金製外骨格、通称『エクソスーツ』
戦闘に災害時救助にと活動目的に応じて装着者の動きを適宜補正するアシスト機能を搭載したそれは、時速100キロで走行中のワゴン車を真正面からの体当たりで押し返し、持ち上げるほどのスペックがあった。
「は、早く!奴を押さえてる内に殺せ!早くしろ!」
「撃て!ボッキマンを殺……」
着るだけで人を神話の中の超人へと変えてしまうパワードスーツ。それを着用するに相応しからん努力を重ねた十数人による全力の突撃。
しかし、俺にとってはハエが止まったほどの重みさえも感じなかった。
「つかお前らな、何がボッキマンだよ」
無造作に両手を突き出してやると、隊員の数人が耐え切れずアスファルトを削りながら勢いよく吹き飛んでいく。
俺の下腹部を思い切り蹴り上げようとした隊員の足を片手で掴み、軽く振り回してから別の隊員に叩き込んでやるとパワードスーツのフレームはあっさりと折れ曲がり、氷のように粉々に砕けて道路にばら撒かれていた。
「チンコマン!チンコマン!」
「痛い!ち、血が、血があ!」
「どけえっ!このクズどもが!仕事なんだよこっちわあ!」
体勢を立て直した隊員の何人かが俺に銃を向けて、殺意のこもった怒声と共にトリガーに指をかける。
別の隊員は手近な車両の一台を持ち上げて、俺の脳天に叩きつけようと野次馬を蹴散らしながら突進してきた。
だが仕事だろうがそんなことは俺の知ったことじゃない。
「お前らだって勃起くらいするだろうが」
投げつけられた車を片手で受け止めて、地面に叩きつけてやると衝撃の波と共にアスファルトが放射状に陥没し、立っていられないほど揺れが辺りを襲った。
叫び声を上げながらめちゃくちゃに銃を撃っていた隊員の手をひねり、銃身をへし折り、胸元を押し込むように蹴りを入れるとパワードスーツのフレームが歪み、背中から激しい煙と共に火花が吹き出した。
(こいつらのパワードスーツってどうやって動いてるんだっけ)
パニくったのか殴りかかってくる隊員を軽くヘッドロックしてやると、ばきんとヘルメットが砕ける音がして、叫ぶような声が返ってくる。
今の俺はさながら暴力の嵐だ。
手足がおかしな方向に曲がった治安部隊の連中が、風に巻き込まれたゴミのように吹き飛んでいく。
やがて嵐が収まった時、そこには恐怖だけが残っていた。
気を失い、あるいは骨でも折れたのか、呻き声を上げてうずくまる治安部隊。
科学技術の粋を結集させたであろうパワードスーツはどれも装甲が剥がれ、フレームはねじ曲がり、あるいは折れて血液とは異なる色の液体を垂れ流していた。
野次馬の様子も様々だ。
腰を抜かして動けなくなっている奴、泣きながらどこかに電話してる奴、スクラップになった車の前でダンスしながらへらへらと自撮りしている奴。
俺を通報したであろうドローンは戦闘に巻き込まれたのか、いつの間にかぺしゃんこになっていた。
「……」
しかし、 そんな中、ただ一人だけ俺の前に立ちふさがる者がいた。
先ほどの中年女だ。
その髪は乱れて、膝には少し血が滲んでいたが大きな怪我もなく、瞳には不気味な輝きが残っていた。
「チンコマン!」
「違うってば」
「チンコマン!」
「だから違うって」
「なんでもいいからロボットをやっつけてちょうだい!」
「……ロボット?」
「チンコマンはロボットよりも強い!」
「なんだよロボットって……言っとくけどな、こいつらは人間だぞ」
俺はそう言って転がった治安部隊の一人を顎で示したが、女は俺の言葉など気にする様子もなく再び叫び出す。
「チンコマンはロボットよりも強い!」
「マジか……」
治安部隊をボコったのは今回が初めてではないので何の感慨もない。
しかし周囲の野次馬からすれば、おばさんを捕えようとした治安部隊に俺が怒って暴れたようにしか見えなかっただろう。
それがどうしてだか落ち着かず、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「早くロボットをやっつけてちょうだい!」
……それにしてもこいつが言っているロボットってなんだ?
まあどうせ俺のことを馬鹿にしているんだろうけどな。
ロボットとやらがこの女に何をしたのか知らないが、機械を壊したいだなんてどうせろくでもない話だ。
「……いつか気が向いたらな」
お気に入りのパーカーの埃を払い、改めてフードを目深にかぶり直すと俺は歩き出した。
「チンコマン!チンコマン!チンコマン!」
そんな俺の背中を馬鹿にするように女はいつまでも叫んでいた。
(ボッキだのチンコだの……言ってて恥ずかしくないのかよ)
道行く連中が全員足を止めて俺を見ているように感じたが、恥ずかしさはなかった。
俺は不死身の体と無敵の力を持つ男。
だからって、俺に何をしてもいいってことにはならないんだからな。