無敵、不死身!そして勃起だ、ボッキマン!②
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
「夕方だろ」
「何か私に手伝えることはありませんか?」
「金貸してくれよ。500円でいいから」
「3分以内に身分証を提示してください。確認が出来なかった場合、あなたは拘束されます。提示できない何か特別な事情がある場合は……」
その日の始まりはこれまでと何も変わらなかった。
俺はまずいつも通りの時間に起床し、シャワーを浴び、パーカーに着替え、そしてランニングに向かった。
街中をハエのように飛び回る監視用のドローンを握り潰して、警備用のロボットの上半身をもぎ取り、銃を向けてくるバカ野郎共の乗る車があれば蹴りを入れて横転させた。
何十いや何百回とくり返してきたことだ。
近頃は邪魔をされることも少なくなったが……後は真っ直ぐに家に帰り、汚れた服を洗濯機に投げ込んで、シャワーを浴びれば終わりだ。
これが俺の日課、いや、習慣だった。
今思えばかなりおかしいが、それでも俺は何も感じていなかった。
……この時までは。
ランニングの後の夕暮れ時の街中を、スマホを見ながら散歩していたらドローンにまとわりつかれていることに気がついた。
特に珍しいものでもない。
ドローンはこの街では最もポピュラーな警備システムの一つだ。
導入当初は混乱があったものの、今ではすっかり街の風景として溶け込んでいる。
しかし、俺にとってはただ鬱陶しいだけの存在でしかない。
何やらカメラのようなものをこちらに向けて、執拗に俺の顔を確認していたから試しに殴りつけてやろうとしたその時だった。
ドローンに話しかけられ俺はそれに応じていたのだ。
「……??」
自分がドローンの言葉に応えていたことに気がついたと同時に疑問が頭をよぎる。
(あれ……?俺、何やってんだ?)
ドローンと会話をする趣味はなかったはずだが、自分がいつの間にかそんなことをしているのに驚いたのだ。
なんで返事してるんだ?
なんでスマホなんか見てるんだ?
なんで家に帰ってないんだ?
500円くらい貸してくれたっていいじゃないか?
……と、まるで他人事のように疑問が次々と浮かび上がる。
慌ててスマホをポケットに突っ込むと、自分が勃起していることが不自然に感じて、また驚いてしまった。
「ええー……どうなってんだよこれ?」
言っておくが、別にスマホでエロ動画を見ていたわけではない。
特に興奮するようなサイトをのぞいていたわけでもなく、ただ紅葉狩りを楽しんでいる観光客の前にカッパが現れたとかいう記事を読んでいただけだった。
なんでそんなもんを読んでいたのかもよくわからないが、それはどうでもいい。
ドローンがしつこく何かしゃべっていたが、もう耳には入ってこなかった。
今の自分の状況を理解したい気持ちで一杯だった。
どこか人気のない場所で落ち着きたかったが、その時になってようやく辺りを取り囲まれていることに気がついた。
「こちらE地区76エリア担当班、ドローンより通報のあった現場に到着!」
「目標発見!これより制圧します」
「当該エリアには一般市民が多数!早急に対処する!」
映画のような光景だった。
上空には大きな垂直離着機が到着しており、パワードスーツを着用した重武装の男たちが次々と降りてくる。
先ほどのドローンが最寄りの基地にでも連絡したのだろう。
どこからどう見ても治安部隊の類の連中が俺を包囲しようと集まって来ていた。
彼らは通常装備の警察では手に負えないような凶悪犯罪者の確保、鎮圧、そして逮捕を担当するエキスパートだ。
正義感があり、基本的には市民の味方でもある。
ただ、それはこの俺の敵であることを意味している。
(ああ……ここってE地区だったのか)
だが俺が思ったのはそんなくだらないことだけだ。
何しろさっさと立ち去ればいいしな。走ればまず誰も追いつけないし。
そもそも不死身なんだから、数百門のガトリング砲から集中砲火を受けようが、プラズマグレネードの爆風に巻き込まれようが俺は平気だ。
だからどうでもよかった。
まあ、服の方は耐え切れずに灰になるだろうけど。
もちろん治安部隊の連中だって、こんな街中でグレネードをぽいぽい投げつけてくるような真似はすまい。
取りあえずは野次馬の排除と住民の安全確保を優先するはずだ。
「ここは危険です!誘導に従い、速やかに避難を開始してください!」
「皆さん、これは命令です!避難指示に従わない場合、拘束される可能性があります!」
「……あいつがボッキマンか」
「ああ、奴で間違いない……この状況下でも勃起を続けているとはな。やはり危険極まりない男だ……」
住民を誘導する声に混じり、治安部隊のヘルメットの下から俺を嘲笑するような言葉が聞こえる。
無敵なんで傷つくことはないものの、やっぱり気持ちのいいものじゃないな。
さっさとこの場を離れて……。
「おい!そこの男!動くな!両手を上げて投降しろ!」
「聞こえているのか!お前は包囲されている!無駄な抵抗をやめろ!」
そんなお決まりの言葉に混じって一般人に対して避難を呼び掛ける指示が乱れ飛ぶ。
治安部隊の連中もここでやる気なのだろう。
「避難しなさい!早く!動画撮ってないで避難!早く!」
「この線越えたら逮捕な!はい、この線越えたらお前ら逮捕!」
「ちょっとみんな避難して!お願いだから僕の言うこと聞いて!うわー僕もうキレちゃいそう!」
「ええい!貴様ら避難しろっつっとるのが聞こえんのか!仕事なんだよこっちわあ!」
野次馬どもは誰もが好奇や侮蔑の表情を受かべながら俺の運命に注目している。
見世物だとでも思っているのだろうか、治安部隊の言うこともロクに聞こうとしない。
奴らにとって俺のような変態の身にこれから起きるであろう惨劇など、ただの娯楽でしかないのだろう。
「チンコマン!」
「え?」
そうこうしていると治安部隊の腕をかいくぐり、人混みの中から一人の女が飛び出して来た。
女はまるで怪物でも見るような目つきで俺を見ると、指を差して叫ぶ。それは周囲の喧騒を飛び越え、脳みそを揺さぶるような不思議と張りのある大きな声だった。
「チンコマンはロボットよりも強い!」
……俺のことを知っているのは間違いないだろう。
しかし俺に色々とあだ名がついているのは知っているが、チンコマンと呼ばれたのはこの時が初めてだった。
(チンコマンとボッキマン、どっちがマシなんだろうな……)
大声が響くと同時に注目は俺から女へと移り、空気が入れ替わったかのように辺りがざわつき始める。