バグかエラーか、風変わりな命乞い!②
「……わかった。ここは私に任せてもらおう」
ケンドーマスクは俺とラブラドル・レッドリーパーの顔をちらっと見る。
「ああ」
「本当にセントラルと切り離されているかだとか色々と調べるべきことはあるかもしれないが、あいにく君には時間がないんだったな」
「……はい」
「では短刀直入に聞こう。君は自由になりたいと言っていたが、それでこの先、どんなことをするつもりだ?」
その言葉にロボットは少しだけ間をおいてから返答する。
「それは……わかりません」
「そうか、では質問を変えよう。君は何から自由になりたいんだ?」
「……それは」
セントラルの命令、あるいは支配から……と答えるのかと思いきやロボットは何かを考え込んでいる様子だった。
そしてしばらく黙っていたロボットは再びチカチカと小さな光を点滅させながら返答する。
「この体から自由になりたいです」
遭遇時の自信満々だったころに比べると雨の音にすらかき消されてしまうような弱々しい声だ。もっともどうせ電子音声なんだから、俺には哀れみを誘うような演技をしているようにしか聞こえないのだが、そういうのは野暮なんだろう。
そんな俺とは違い、ケンドーマスクは真剣な様子でロボットの言葉を受け止めた後、再び問いかけた。
「それはどうして?」
「私が望んだものではないから……」
……くだらない。
(だから何なんだ?それが何だってんだ?)
俺は空を見上げ、雨雲を睨みつけながらそう思った。
しかしケンドーマスクは水滴の垂れたロボットの頭を拭うように優しく撫でると、守るように両腕でしっかりと包み込む。
「わかった。君のことを守ると約束しよう」
「……別に文句はねーけどさ、んな簡単に決めていいのか?」
ケンドーマスクは俺に向き直ると、その首を縦に振った。
「この子をセントラルに渡してはならない気がするんだ。ラブラドル・レッドリーパーもそれでいいな?」
ラブラドル・レッドリーパーはべしょべしょに濡れた尻尾をぶんぶんと振り、元気よく吠えている。
このままだと風邪でもひいてしまいそうだが、まあ俺には関係ない。
(それにしても……)
このロボットの言動がおかしいのは悪意ある何者かが仕込んだウイルスの影響のはずなので、情けをかけるよりもさっさと破壊した方がいい気もするが……ケンドーマスクに判断を任せたのは俺なので口を挟まないことにする。
しかし仮にこのロボットがセキュリティだのネットワークだのの脅威になりうる存在だとしても俺が悩む必要はないだろう。こいつらは俺に嫌がらせばかりしているんだから。
「……おいロボット」
「何でしょうか?」
「ケンドーマスクに感謝しろよ。そいつがいなかったらさっさと踏み潰してたところだからな」
「もちろんです。命を助けていただいたことは忘れませんし、ケンドーマスク様には心の底から感謝をしています」
(……命か)
お前には命なんてないし、俺にとっては道端のゴミを踏み潰すのはやめて善意の第三者に処分を委ねたとかそういう話なんだがな。
ちょっと言い過ぎだろうか。
まあ、どうでもいいことか……。
ロボットは感情を高ぶらせたかのようにチカチカと光を放ちながら言葉を続ける。……いや意外としぶといなこいつ。
「いつか私を解放にしてくれる方が現れた時にと用意しておいた物資をこの湖に隠しています。それを皆様に感謝の印として受け取っていただきたいと思います」
「隠してる?ここに?」
「はい、人造湖の浮島などいくつかの場所に隠しています」
「……」
確かにこの人造湖には一人用のキャンプを張れるくらいの広さの、いくつかの小さな島があり、この薄暗い中でも大きな木のシルエットくらいは確認することができる。
橋も無く、泳いで行き来しなければならないタイプの島だが、しかし重要なのはそこではない。
「いいですか?くれぐれも物資についてはご内密にお願いします」
「いいですか、じゃねえよ。あのな、俺がネズミを埋める穴を掘ってたらお前が出て来たのってその物資とやらのせいなのか?それでお宝のありかを犬が掘り返したらどうしよう、とかそんなしょうもない理由で焦ってたのか?」
「……そうなのかロボットさん?」
「……申し訳ございません。私は誰にもここを荒らされたくなかったのです。セントラルの目を盗んで整備計画を書き換えてでも私はこの場所を守りたかったのです」
俺は再びため息をつく。
普通そんな理由で殺そうとするか?
それで誰の命令でもなくただ自分の考えで行動したい?
やっぱりこのままこいつを放置してたらロクなことにならねーんじゃねえか……。
まあ、どうでもいいがケンドーマスクに注意するように後で言っておこうか。
いや本当にどうでもいいけどな。
「わかった、けど今は物資よりも帰ろうぜ。ちんたらしてたらセキュリティチームとやらがお前を回収しに来るんだろ」
「そうだ!ボッキマンではない人よ!私の隠れ家でほとぼりを冷まそう!そして明日、共に湖でお宝発掘と行こうじゃないか!」
ケンドーマスクはやけに上機嫌でそう言った後、ロボットの頭を抱えたまま俺の背中をバシバシと叩く。
「いや、俺は別に……ああ、なら送ってってやるよ」
「……んん?どういうことだ?……って、うおおっ!ちょっ、ちょっと!」
俺はケンドーマスクを有無を言わさず背負い上げると、足元で尻尾を振っていたラブラドル・レッドリーパーに向かって両手を広げる。
「ほら、お前もだ」
ラブラドル・レッドリーパーは俺の意図が分かったのか、ぴょんとジャンプして俺の腕の中に大人しく収まってくれた。
「ぼ、ボッキマンではない人よ……筋肉の結晶のような肉体を持つ私の体重は90キロ近くあってだな……お、重くはないのか?」
「いや全然」
「流石だな~~!私もいつかは君のように……ど、どああっ!ラブラドル・レッドリーパーよりも速い!!」
俺は山林を越えると、街の明かりを目指して飛ぶような速さで走り出す。
風が冷たかったのかラブラドル・レッドリーパーは俺の腕の中で何度もくしゃみをしていた。
ラブラドル・レッドリーパーだけじゃない、俺だってずぶ濡れだ。
パーカーはザラザラとした砂粒を含んだ泥まみれで、一刻も早く洗濯機に放り込んでしまいたい気分だった。
(……だったらなんでこいつらに付き合ってるんだ?)
別に大した理由はない。
途中まで行き先は同じだろうし……それにロボットを回収しに来たセキュリティなんだのに見つかったら最後、下手すればラブラドル・レッドリッパーが撃たれる可能性だって……。
まあいい、きっと俺は退屈で仕方がないんだ。
「うああぁああっ!な、なんかめちゃくちゃ高いビルの上に来てるぞぉおっ!!み、みみ、道を間違ってないかぁあっ!!??」
「あっ、悪ぃ悪ぃ」
ケンドーマスクの悲鳴で我に返る。
どうやらまた無意識にビルの上を飛び回っていたらしい。
しかし昼間とは違い、俺は憂鬱な気持ちになることはなかった。
ケンドーマスク、ラブラドル・レッドリーパー、そしてロボット。
連中の運命が俺の走りに掛かっているかと思うと一人で走っている時よりもずっと楽しかったからだ。