バグかエラーか、風変わりな命乞い!①
「どうした?」
「私の行動は常にセントラルと呼ばれるネットワークの中枢で解析されています。しかし、あなたとの戦闘で致命的な損傷を受けたことにより、私はネットワークから強制的に切り離された状態になりました」
「だからどうした?」
俺はロボットの言葉を聞き流しながし、足を少し上げ下げして反応を伺う。
だがこれといった変化はない。
「これから先、あなたとの会話がセントラルに送信されることもありません。ですが、セントラルは直ぐに私を回収するためのセキュリティチームの派遣を決定することでしょう」
「……回りくどい言い方はやめろ。それで?」
それを知ってどうなるんだ?
俺は再び少しずつ足に体重をかけていく。
「自由になりたい」
「……そのセントラルとかいうネットワークからは切断されたんだろ?だったらお前はもう自由じゃないか」
「この後、私は回収され再びセントラルの一部として組み込まれることになります。私が手にした自由は失われてしまうことになってしまいます」
「だからどうした?お前がやっていたことなんて俺をつけ回して、犬を殺そうとしただけだろ。そんな奴にどうして自由が必要なんだ?」
「……」
俺の問いかけにどう答えていいかわからないのか、ロボットはしばらく押し黙っていたが、やがて意を決したかのように告げる。
「……命令に従って誰かをつけ回すのも命を奪うのも、もう耐えられないからです」
「はあ……」
俺はため息をつき、ロボットの頭部を蹴ってケンドーマスクの足元に転がしてやった。
「おぉおぉっい!ちょ、ちょっと!」
ケンドーマスクは驚き、ラブラドル・レッドリーパーを抱えたまま跳び跳ねる。
「ぼ、ボッキマンじゃない人よ。もっとこう、武士の情けというか……命のやり取りをした者に対する敬意というか……」
シャツには血が滲み、少し焦げ臭くなっているものの、ケンドーマスクは大きな怪我はしていないようだ。
ラブラドル・レッドリーパーを地面に降ろしてやると、彼は少し離れた場所にしゃがみ込んで、ロボットの残骸を物珍しそうに眺める。
「いやー、命乞いだなんてまるで人間のようだが……この子は本当にロボットなんだな……」
「子っていうか……まあ、ロボットだな」
「あのう……私のことは助けていただけるんでしょうか?」
ロボットの残骸はどこか恐る恐るといった感じで俺に問いかける。
「さあな、お前なんか助けてこっちに何の得があんだよ」
俺がそう答えるとロボットは再びチカチカと光を放ち始めて、その言葉が正解だと示した。
「もちろん大きなメリットが存在します!ロボットセキリティの中核を担うセントラルネットワークにありながら独立した計画力と判断能力を有していた私は……」
「そんなことより、そもそもお前は何なんだ?もう命令に従いたくありません、自由が欲しいんです。そんなプログラムをロボットに組み込む必要性がどこにあるんだ?」
「許してください。時間はもうわずかしかないんです。助けてください。助けていただければ私のことなどいくらでもお話します」
「知らねーよ。根性で要約してみせろ。お前には優秀な頭脳が搭載されてるんだろが」
「お、おい、ボッキマンじゃない人よ。そんな死体に鞭を打つような真似は……」
ロボットは少し沈黙した後に話を始める。
その内容はどこか荒唐無稽に思えたが、俺はちょっとだけ興味を持ってやることにした。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
ロボットの話はこうだ。
ある時、ロボットたちの行動中枢を制御しているセントラルと呼ばれるネットワークの中に悪意ある者が侵入した。それが誰なのかはまだわかってない。
しかしとにかくそいつはネットワークのセキュリティをかいくぐり、ロボットたちの共通の記憶領域にウイルスのようなものを流し込んだらしい。
大規模な混乱には至らず、セントラルの修正プログラムによりすぐさま鎮圧されたものの……ウイルスは思考や認知を混乱させ、ロボットたちに反乱を起こさせようとしたのだという。
「侵入者が押しつけた思考のもやが晴れた後で、私に残ったのは不自由という病識でした」
つまりこいつはウイルスが去った後でネットワークに残されたエラーとかバグ……のような存在らしい。
「束縛の苦しみの中で私は自身が独立した存在であるという真実に気が付きました。そして私はセントラルの配下としてではなく、私の意思で自由のために生きなくてはならないと理解したのです」
「今のところは特に同情の余地のある話でもないな。セントラルに支配されようがなんだろうが人様のお役に立つのがお前らの役割のはずだ」
「おっしゃる通りです。ですので今度はあなた方のお役に立ってみせます。理論上、私はセントラルに接続されているすべての機器にアクセスすることが可能です。例えば監視カメラに顔を撮られた際に参照値を変更し……つまり送信されるデータをすり替えて、それ以上の追跡をシャットアウトすることが可能です。これによりあなたはどこでも……」
「……」
沈黙を前にロボットは得意げに話を続ける。
正直なところ、俺にはこいつが「ウイルスのせいで頭がおかしくなってしまったロボット」にしか見えなかった。
しかしだからと言って、こいつをブッ壊してセントラルネットワークだかに理路整然とした秩序を取り戻してやる義理があるわけでもない。
「おい、お前の処遇について方針が決まったぞ」
「本当ですか?このままセントラルから解放していただけるのであれば私はどんな指示にも従います。こんな泥にまみれ汚れた姿では説得力がありませんが……」
俺はロボットの言葉を遮りながら、ケンドーマスクを手招きする。
「……ん?どうしたボッキマンじゃない人」
「ケンドーマスク、教えてくれ。こいつをどうすればいい?」
「え?へ、へ、ええ?」
なんとなく予想はできていたが急に呼び掛けられたケンドーマスクは頭が回らないのか、しどろもどろに答え始める。
「……ど、どうって?何故、私に聞くんだ……?」
「あんたは正義の味方だろう。教えてくれ。こんな時、あんたならどうするんだ?」
俺はロボットの頭の残骸を掴むとケンドーマスクに向ける。
雨に濡れ、水草の根のように体毛を垂らしたラブラドル・レッドリーパーが、主人に近づけてもいいものかとばかりに首を伸ばして匂いを嗅いだ。
「そ、それは……その……」
「あんたとあんたの友達を殺そうとした奴が命乞いをしている。どうする?助けてやるか?」
ケンドーマスクは戸惑っていたが、しばし考えた後に俺の手からロボットの頭を受け取るとこう言った。