天の網は逃さない!現れたのは鋼鉄の蜘蛛!②
「あなたには巡回警備中のドローンの妨害と破壊および、共有地の土壌を無断で掘削して汚染しようとした疑いがかけられています」
「掘削?大げさな奴だな。ちょっと穴を掘って死んだネズミを埋めてやろうとしただけだろが」
「考えうる限り最悪の行為です。開発の計画を妨げ、ひいては公共の福祉を損なう重大な違反行為と言わざるを得ません」
「ははは、お前みたいな無駄に図体のデカい物分りの悪いロボットを保管する場所があるんだから、死んだネズミを埋葬する場所くらいあったっていいじゃんか」
「私はあなたと議論をするために来たわけではありません」
ロボットはわずかに頭部を左右に振って俺の言葉を否定しようとするが、その仕草はまるで人のようで……いやこんな、人殺しだけやらせてりゃいいようなロボットにそんな機能を搭載する必要なんてあるのか?
まあどうでもいいか。
「ま、埋葬を……?ネズミの……お、お前が?」
「……ああ?」
ケンドーマスクはロボットの言葉に信じられないといった表情で、いや、剣道の面のせいで表情はよくわからないが、何故か驚いたように顔を上げて俺の真意を図ろうとしているようだった。
「どうか賢明なご判断を」
ロボットはそのままさらに俺の方へと接近しようとする。
しかし、その動きを止める存在があった。
それは先ほどまで恐怖に身をかがめながらも、健気に相棒を守ろうとしていたラブラドル・レッドリーパーだ。
思わず口を開く。
「ラブラド……おい、どうした?俺のことは守らなくていいんだぞ?」
「……」
「お、おい、ラブラドル・レッドリーパー、よ、よせ。相手は巨大ロボットだぞ、ち、治安当局のヤバすぎる奴だ!」
ケンドーマスクが愛犬のレインコートを掴んで懸命に制止しようとする一方、犬の方は主人の言葉に耳を貸さず、ロボットの前に立ち塞がったまま牙を剥き出しにして大きく唸り声を上げている。
「こ、ここは素直に指示に従った方が……お、おい、ボッキマン!お前もラブラドル・レッドリーパーを説得してくれ!」
「るせーな、俺はボッキマンじゃねえし。そもそも俺に何の関係があるっつうんだよ」
普通に考えれば化け物じみた鋼鉄の塊に対し、愛らしい大型犬が何か出来るとは思えない。だが、ロボットは警戒しているのか一定の距離を保ったままラブラドル・レッドリーパーの動きを観察しているようだった。
ロボットは俺たちのやりとりを無視して話を続ける。
「私たちはこの街の人々を守るために作られました」
「へー、それで?」
「私たちの使命は街の安全と人々の生命を守ることです」
「ふーん」
「私たちに敵対するということはこの街の人々と敵対することと同様です」
「あっそ」
俺はベンチに座ったままスニーカーを脱ぐと、靴底に溜まった水を出しながら続ける。
しかし、ひどい土砂降りだ。
数年前からこの種の突発的な大雨が問題になっていることは記憶していたが、相変わらずこれといった解決策は取られていない様子だ。
「お前みたいな立派なロボットを信じて送り出したこの街の人々が、かわいいわんちゃんを傷つけるようなことを許したりするわけがないだろ?お前のことをみんな嫌いになっちゃうかもしれないぞ?」
「私は任務遂行のために実力で脅威を排除することがあらゆる機関の決定により許可されています」
「あのな……目の前の犬をよく見ろよ。なんのつもりか知らんがそれが脅威に見えるのか?レインコートを着ているだけのゴールデン・レトリバーだろ?」
「えっ!?ゴールデン……!?えっ!!」
驚いた様子のケンドーマスクは、愛犬のレインコートを捲り上げるとラブラドル・レッドリーパーの顔や毛並みを確認する。
どうやらラブラドル・レッドリーパーのことをラブラドール・レトリバーだと本気で信じ込んでいたようだった。
「脅威かそうでないかは私が判断します。そしてこの犬には私の任務を妨げる明確な悪意があると判定しました」
「ふっ……わかっていないようだな。この犬にあるのは敵意でも悪意でもないぞ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「そりゃな、お前たちロボットに人々を守るっていう崇高な使命があるように、その犬にだって主人を……っておい、何してんだ?」
ロボットは問答無用とばかりにその右腕を機械的に回転させると、上腕部から音叉のような形状のブレードを展開する。
ブレードにはどうやら高圧電流が流れているらしく、バチバチと耳障りな音を立ててながら雨粒を弾いていた。
「ひ!う、うわあっ!」
ケンドーマスクは激しく飛び散る火花と、無数のトタン板をハンマーが叩き続けるような音に驚き、再び情けない声を上げる。
「その怪物と私が同じだとおっしゃりたいのですか?」
「怪物?そうじゃなくてただの犬だろが……お前さっきからなんかおかしいぞ?どっか壊れてんのか?」
「…………」
俺はロボットに話しかけたままちらりと犬の方を見たが、彼はご主人様を守るようにロボットの前で唸り声を上げているだけだ。その様子は先ほどまでと特に変わりはない。
しかし、ケンドーマスクを守るという使命を果たすためかそれともそれ以外の何かか、ラブラドル・レッドリーパーはロボットに対して完全に腹をくくったようで、高圧電流にも怯むことなく果敢に立ち向かおうとしていた。
ロボットがブレードを構えたまま、少し低めのトーンでケンドーマスクに告げる。
「ケンドーマスク様、当局への登録がなされていない刃物を携帯しているあなたはすでに無力化の対象者と判断されています。速やかに私の指示に従うことを推奨します」
「むっ、むむむ、む、無力化ですか……」
「へえ~……ケンドーマスク、あんたやっぱ武器とか持ち歩いてたんだな?」
「い、いや、これは……武器というか緊急時の護身用というか悪の組織に捕らえられた時に自決するためであって……」
「自決って……」
ケンドーマスクは慌てた様子で濡れたシャツの腹に手を入れプラスチック製のケースを取り出すと、まるでロボットに対してその中身を献上するように膝をついた姿勢でうやうやしく両手を掲げる。
「ほら、これです!これ!!」
ケンドーマスクが取り出したのは刃渡り3センチ程度の折り畳み式のポケットナイフだった。
どうやらロボットの言う通り武器を隠し持っていたようだが……チャチなドラゴンの装飾が施されたそれは武器というにはあまりにも貧弱で、自転車のタイヤに穴を開ける悪戯にも使うにも苦労しそうなくらい役に立ちそうにないものだった。
こんなもんで自決するくらいなら悪の組織とやらに処刑されてしまった方がマシなんじゃないだろうか。
「……おいおい、ロボットさんよ。まさかそのチンケな刃物に恐れ慄いてるってのか?俺なんかさ、こないだパワードスーツを着た連中にリンチされたんだぜ。先にあいつらの凶器を没収してくれよな」
「ケンドーマスク様、素直に過ちを認め速やかにご対処頂いたことに感謝いたします」
「へ、は、はあ、もちろん……で、では私はこの後どうすれば?」
「刃物を使用を許可します。その犬の息の根を止めてください」
「はい、わかりました、では、私はこれで……」
ケンドーマスクはそそくさと折り畳みナイフを収めると立ち上がりその場から離れようとするが、ロボットに指示された内容に気がついたのか再び腰を抜かして地面にへたり込んでしまった。
 




