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篝火蒼穹譚  作者: 銀髪卿
第一章 リスタート
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第8話 お金がないので草を食べました

 地底世界第八層。

 そこは草木の影がなく、砂漠未満の不毛の荒野。


 地底という限定空間。さらに、水の気配もなく、そこに風はない。あるのは一面の、遥か遠くの界壁まで続く砂色の大地。


 第九層より広いと俺の直感が告げるそこは、魔力を生命力に還元できる、強壮な魔獣たちの楽園だった。


「お兄さん、左から来る!」


「補足:敵影8。接敵まで6秒」


 カルネとカルネに抱えられたキセからの警告に、俺は背中から直剣——“アイリス”を抜き放った。


 右手から直接魔力を流し込み内側から補強、岩陰から飛びかかる血褐色の魔獣に斬撃を()()()

 空中で両断された仲間を見て、しかし、怯まず。血飛沫のカーテンを突っ切り、一層色を深めた魔獣たちが俺の首を噛みちぎらんと殺到する。


「カルネ、先行しろ!連絡路の早期発見が最も俺たちの生存率が高い!」


「受諾:命令を遂行します」


 数が多い、が、問題ない。


「5秒で片付ける!」


 アイリスを直上に放り投げ、腰から一対の小太刀——“双血”を抜刀。

 両手に魔術方陣を展開。体の正面で、なぞるように両刃へ適用した。


 複合魔術・擬似斬鉄剣。


「オオッ!」


 魔力漲る踏み込み足が震脚のように大地を揺らし、地平を滑走していた魔獣の足を止める。

 連携の乱れの隙を突き、両の手を振るい空中で牙を剥く三体の魔獣の首を掻き抉った。


「急所抉れば死ぬのは楽でいいな!」


 血の雨が降るより速く疾走。体勢を整える時間を与えず、右脚の隠し刃で一体の目を蹴り抉り、背後から気配——操作魔術で空中のアイリスを操り、直下に突き刺し磔にする。


「あと二体……逃げたか」


 後を追う必要はない。目的地は第七層なのだから。

 感知網を薄く広げ、二人を探す。


「カルネは……うげ、もうあんな遠く行ったのかよ」


 カルネの機動力に舌を巻き、俺は急いで二人に合流した。


 

「確認:お怪我は」


「問題ない。現在位置と連絡路の割り出しは?」


「報告:現在位置、第八層南西付近と推測。連絡路、第九層のものと類似する自然構造物を一件、音波探知で確認しました」


 お前は蝙蝠か。話せば話すほど多機能だな、マジで助かります。


「懸念:形状が酷似しているため、該当連絡路が第七層への通路か判別できません」


「あー、なるほど。場所は?」


「北西部。ここから直進で、約2,000kmです」


「なら行ってみよう。出たとこ勝負だ」


「肯定」



 音速で走れる俺とカルネであれば、2,000kmという日本の本州縦断ほどもある距離でも、2時間もあれば余裕を持って到着できる。

 問題は、散発的に発生する魔獣との遭遇戦。


 知覚範囲が非常に広い彼らは、速度で俺たちに劣る分を先回りして差を埋め、その非常に斬りづらい肉体をもって行軍を悉く妨害してくる。


 長い間、第八層攻略遠征が成功しないのも頷ける。

 彼ら魔獣は高い知性を持ち、自らの欠点を埋め長所を押し付ける狡猾さを持っている。

 第八層はただでさえ広大だ。その上で不毛の大地。途中の補給は望めず、精神も肉体も物資も削られ続ける。

 大変な過酷を極めたことだろう。


 ……話が逸れた。

 要するに、何が言いたいかと言えば——


「お兄さん、また、来た……」


「何回来るんだよ!?」


「回答:現時点で十二回の接敵。討伐数は117を記録」


 すっげーーーーーー疲れる。


 吐き気なんて感じてる暇がない。


 もう一度言おう。俺とカルネ二人で、戦力は十全だ。第七層のことは知らないが、少なくとも第八層の魔獣相手はなんとかなる。


 が、奴ら執拗に、種族問わず狂ったように俺たちを狙ってくる。昔触ったRPGのように、違う魔獣同士が結託してくることすらあった。


 向けられる純粋な殺意。

 魔獣の気配や感情すらも“音”として捉えてしまうキセにとって、魔獣の殺意は非常に厄介らしく、途中から疲れ切った虚な瞳で、カルネよりも機械的に接敵報告をするようになってしまった。


 カルネはカルネで、こいつは妙に人間臭さがある。新種の魔獣のレポートを嬉々として(俺の所感)録ったかと思えば、同種が複数回来れば粗雑な報告(俺の所感)で対処を俺に丸投げしてきたり。


 俺も、最初は“アイリス”と“双血”の試し斬りにちょうど良いくらいに思ってたが、五十、斬って以降、しんどさが勝る。


 そうして実時間130分、体感300分の行軍を終え、俺たちは第八層北西にある推定“連絡路”の足下に辿り着いた。


「すっげーーー疲れた」


「トゲトゲ、もう嫌……」


「報告:周囲に適正存在、確認できません。連絡路周囲、半径1.2kmは安全と判断。お疲れ様です」


 欲望に任せて寝転ぶ前に、魔術で簡易シェルターを作成。カルネもいる分、昨日より大きめに。


「カルネ、今何時だ?」


「回答:現在時刻、17:38分。“ヒノゴケ”の光量の減退から、44分後に日没です」


「わかった。それじゃ飯にして、今日はさっさと寝よう」


「——ご飯!」


 ガバっ!とキセが起き上がり翠色の目を輝かせた。

 昼食時、キセはハロルドが用意してくれた保存食の数々をえらく気に入っていた。曰く、


——『一人になってから、ご飯、草ばかり』


 とのことで。“音”で安全か否かを区別するだけで、殆ど野草か、道端に落ちてた果物(恐らく誰かが落としたものだろう)を主食にしていたらしい。

 栄養失調で倒れてなかったのが奇跡である。


「商会で扱ってるのは質の良いものばかりだし、多めに買っておいて良かったよ」


 焚き火の前で、はぐはぐと一心不乱に肉に齧り付くキセに頬が緩んだ。


「カルネ、周辺の魔獣は?」


「報告:半径1.2km以内に依然気配ありません。“不自然”と付け加えてもいいと判断します」


「ふむ……」


「具申:情報を集めますか?」


 カルネからの提案に、俺は首を横に振った。


「確かに気になるけど、今はいい。ところでお前、エネルギー源はどうなってるんだ?」


「回答:当機は空間魔力を吸収し、電気エネルギー等に変換します。外部の生命体から魔力の譲渡を受ける機能もありますが、現在の消費量では不要な行動です」


 要約。とりあえず今は飯いらない、と。















 


 翌日未明。

 早く目が覚めたので、カルネにスリープモードに入ってもらい、俺は一人、暗闇に沈む世界をぼんやりと眺めていた。


 遠くからこっちを窺う視線は数あれど、不思議と攻めてくる気配はない。



 ——『“本物”の朝日ってどんなもんだと思うよ』


 蘇る記憶。赤銅色の髪の男——リクウが言った。




 夜明け前、必ず思い出す。思い出してしまう。



 

 リクウは、カンテラの火に目を細めた。かけがえのない宝物を見るように、優しく。


 ——『俺ぁ朝日が好きだ。夜を一瞬で払って、みんなの不安を取っ払ってくれるような。そんな朝日が好きだ』

 ——『じゃあ俺は嫌いだな。今日も師匠にボッコボコにされるんだ……って絶望する』

 ——『ははは! そりゃ確かに嫌だあいってぇ!』 


 他人事だからと盛大に笑いやがったリクウの脇腹を強めに小突いた。

 予想外にクリーンヒットしたのか、リクウは暫く悶絶していた。やがて、微妙に目尻に涙を溜めつつ、男は天蓋を見つめた。


 ——『小さい頃、絵本にあったんだ。丸い、赤い何かが地面から飛び出すんだ』

 ——『なんだ、その説明。モグラ?』


 脈絡のない独り言につい口を挟む。

 朝日のことを言っているのだとわかったが、地球にいた頃でも、まともに見たことのない俺はわざと、とぼけて知らないふりをした。


 ——『ちっげえよ! アレだ。俺にゃあよくわかんなかったけど、本の中の奴らはみんな笑ってて……だから、アレも、朝日なんじゃねえかなって思うんだ』


 俺より年上のくせに、子供みたいに、無邪気に笑う。


 ——『この先に、この世界の何処かにあるなら……俺ぁ、それを見に行きたい。ここにいる、家族みんなで』

 ——『そーかよ』


 俺もつられて笑う。

 夜、俺たちの手元だけを照らすカンテラが揺らめいだ。


 ——『なーに男二人でイチャイチャしてんのさー!』

 ——『うおっ……プリム?なんでここに』

 ——『なんか火が見えたから!アタシも混ぜろ〜!』


 暗闇でも映える藤色の髪がふわりと舞う。プリムは俺の背中に抱きつくようにもたれかかり、俺とリクウの間からずいっと顔を出した。


 ——『どーせアレ見せるつもりなんでしょ!こーいうの、普通男女で見るものだと思うんだけど!』

 ——『知るかよ恋愛脳!つか、カガリが痛そうにしてるけど』

 ——『鉄が、胸当てが……肩甲骨をゴリッと……』

 ——『にひひ、ごめんごめん』


 夜のしじまは瞬く間に過ぎ去り、途端に騒がしくなる。

 くだらない馬鹿話に笑い魔力制御が乱れ、カンテラの火がふっと途切れた。


 ——『やべ、消えちゃった』

 ——『ん〜、まあ良いんじゃない?だって、そろそろでしょ?』

 ——『だな。……カガリ。目、逸らすなよ』


 促され、視線を上げた。







「——朝が来る」


 記憶を遮るように無理やり呟き、俺は目を閉じた。

 深呼吸を繰り返す。

 あの後、何を見たのか、俺は知っている。

 だが、思い出せないんだ。景色を。声を。感動を。


 今、見てしまえば。知識は体験にすり替わる。きっと、塗りつぶされてしまう。だから俺は、目を閉じた。



「…………眩しいな」


 目を開けると、そこはもう、いつも通りの光ある世界。

 砂色の大地と、起き出した魔獣たちの、本格的な獲物を見る目。


 ごそりという音を立てながら、キセが寝袋のまま芋虫のように這い出すというミラクルをやってのける姿を目撃し、苦笑する。


「全く……なにやってんだか」










 魔術でシェルターを元の地面に戻し、俺たちは連絡路に向き合う。


「お兄さん、忘れて」


「そりゃ無理な相談だな」


「うぅ……」


 自らの醜態に唸るキセを横目に、俺は連絡路の奥を覗く。


「カルネ、これ、()()()()()よな?」


「肯定:微量ながら、登りの勾配を確認。第七層への連絡路であると推測します」


 アイリスと双血に触れる。肌感覚に違和感なし。体調も問題はない。


「キセ、第七層ってどんなところだ?」


「自然が、いっぱい」


 ……森か平原、だろうか。


「私、すごい好きだった。でも……今は、ちょっとだけ怖い」


「——大丈夫だ。お前のことも、里も……俺が守る。そういう依頼だからな」


「……うん」


 数多の魔獣に見送られ、連絡路の中に踏み込む。


 ああ、守るとも。

 この手の届くものは全て、必ず。…………今度、こそ。

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