第7話 機鋼遺跡群
瓦礫を取っ払っただけの簡素な舞台にて、鈍く光る剣閃と槍突が交錯する。
——『今日はずいぶん耐えるやないか!』
——『いつまでもやられっぱなしは御免なんでね!』
記憶の中の俺が、大地を削るような荒々しい歩法で、体勢の有利を勝ち取る。淀みなく斬撃を紡ぎ、相手の槍を押し込む。
複数の魔術を並列使用、目の前のエセ関西弁野郎との駆け引きも手伝って、俺の脳はすでに灼熱だった。
——『隙ありや!』
頭痛で生まれてしまった僅かな隙、一秒間に十四の刺突が俺の関節部へと殺到する。
八は防いで、四は躱わす。しかし、残りの二が肩口と左膝を浅く抉った。
——『んにゃろ……っ!』
——『どした!そんなもんか!?』
畳み掛けるような連撃。直剣を捨て、腰の小太刀を引き抜き応戦。しかし、足技すら用いた変幻自在の槍術は、俺の二刀の手数をも上回り、柄の薙ぎ払いが俺の脇腹にめり込んだ。
——『ふぐっ……』
——『そこまで! 勝者、ジルヴァ!』
有効打が決まったことで勝敗が決する。
俺は「くっそー!」と叫んで地面に倒れ込み、エセ関西弁野郎——ジルヴァは自慢のスキンヘッドを撫であげてドヤ顔をかました。
——『はっ!まだまだやな、カガリ!』
——『クッソ腹立つ!』
やいのやいの、いがみ合いながら、しかし互いに立ち合いの反省点を列挙する。
——『穂先ばかりに気を取られすぎや。硬化させれば、石突も立派な武器になるんやで?』
——『わかっちゃいるんだがな……。やっぱ、穂先の反射光が目立って、どうしても目が泳ぐんだよなぁ』
——『そら魔術で光弄っとるからな』
——『やっぱり! 妙に鬱陶しいと思ったら!』
——『なっはっは! ま、これも経験の差や。ワイに勝つには十年は早いで!』
調子に乗って鼻を伸ばすジルヴァ。
——『ま、そこで威張ってるアンタは俺に一勝もできてないけどな』
——『ああん? なんやとリクウ!』
そこに、立ち合いを見守っていた赤銅色の髪の男、リクウがニヤリと笑って茶々を入れた。
——『カガリぃ、一時休戦や。まずはあの野郎を串刺しにせなあかん』
——『オッケー、俺も乗った。あのにやけ面凹ませてやろうぜ』
——『二対一か?いいぜ、こいよ!』
周りの静止を聞かず、俺たち三人は魔力を漲らせ衝突した。
◆◆◆
なぜ、今。
彼らのことを思い出すのだろうか。
「なんとなく、景色が似てるからなんだろうな……」
「照会:当機の内部情報と一致。到着:現在地、エドルカ南東“機鋼遺跡群”です」
有刺鉄線の張り巡らされた外壁。崩れた一画から中へ入った。
「すごい、ボロボロ」
キセの言うとおり、“遺跡群”と言われるだけあって、目に映るもの全てが朽ちていた。
「もっと神殿だったり工場みたいなものを想像してたけど、思ったより生活感あるというか」
崩れた民家——住宅街と形容するのが最も適切か。
ニューオリンドの一画を荒廃させたらこんな感じかなぁ、などと捉えようによっては物騒な考えを巡らせながらつぶさに周囲を観察する。
機鋼と名が付けられたのは、数年前、ここで多くの遺物が発見されたかららしい。
遺物というのは、端的に説明すると現在の技術力を超越した過去の品々である。
解析は未だ途上。アセスタの学者たちが日々悲鳴をあげているとかいないとか。
「回答:ここは、かつて居住区だったものです」
やっぱりそうか。
「……カルネ、何か知ってるの?」
「回答:知っていた、が言語的最適解です」
不自然な言い回しに、俺とキセが首を傾げた。
「補足:当機の記憶領域には一部欠落が発生しています」
「つまり、断片的な情報はあるけど、言語化できないものばかりってことか?」
「肯定」
「……なるほどな」
キセが認めたので二つ返事で同行を許可したが、コイツ、大概謎である。
少なくとも俺たちに危害を加える気はなさそうなので放置しているが……キセの依頼が終わったら、本格的に調べたほうが良いだろう。
「お兄さん見て、フライパン」
「どこから持ってきたんだよそれ」
「あっち」
指差した先は、明らかに民家だったものの成れの果て。
「人様のもの勝手に取ったらだめでしょ。元の場所に戻してきなさい」
「はーい」
「進言:所有者は既に死亡しているのでは?」
やかましいわ。錆落としもらってきたから、お前後でメンテの刑だからな。
「観光しにきたわけじゃないんだから、そろそろ行くぞー」
「承諾:周辺環境をマッピング。…………報告:“連絡路”の形状に合致する環境構造を一箇所発見しました」
「カルネ、偉い」
「一家に一台欲しいな」
「当機はオンリーワンです」
「んなこたぁわかってるわ」
キセを肩車したカルネを先頭に、機鋼遺跡群の中央を横切る形で界壁へ向かった。
崩れた民家、集会所らしき跡、消えかかった落書き。
終わりから、どれだけの時間が経ったのだろうか。そこには確かに、誰かが生きていた傷跡が残されていた。
「うわ、マジであるじゃん」
大人三人並んでも、余裕をもって通れそうな巨大な横穴が大口を開けていた。記憶にある、アーシアで見たものとも一致する。
「キセ、これで合ってるか?」
「うん。これ、二回通った」
二回。つまり、エルフの里は第七層に存在するわけだ。
「つか、なんでこのサイズの横穴が見つかってなかったんだ?」
「回答:付近の地質情報から、この“連絡路”は過去2ヶ月以内に生まれたものと推測されます」
「2ヶ月……界壁の“変動”か」
「肯定:最も可能性が高いかと」
界壁の変動とは、字義の通り、界壁が動き、その形を変えることを指す。
不定期に起こるそれは、連絡路周囲の界壁を除き全域で発生する。
原因は不明。しかし、変動は、人々に貴重な鉱物資源をもたらす。
変動の瞬間、近くにさえいなければ巻き込まれることはなく、多少の地震を我慢すれば恩恵が受けられる。界壁の変動は、一種のイベントのようなものだ。
「にしたって見つからなかったのは不自然だと思うが……まあ言ってられないな。カルネ、なんか照らせるものないか?」
「提案:当機のヘッドライトを使用します」
「んじゃそれ頼む」
ビカーッ! っと効果音がつきそうな激しいライトが点灯し、なんの誘導灯もない連絡路内が明るく照らされた。
「明るすぎるからちょっと抑えてくれ。キセの目が潰れかけてるから」
「ま、眩しい……」
ややあって、足下を照らせるくらいの明るさに調節された。
環境や動体の把握自体は、俺の魔力感知とキセの耳があるから問題ない。
「キセ、第八層がどんなところか覚えてるか?」
「あんまり。ずっと隠れてたから。すごく乾いてて、魔獣が沢山いた」
「少なくとも人が住めそうな場所ではないな……カルネ、情報あるか?」
「回答:当機の持つ情報に、第八層に該当するものはありません」
「出たとこ勝負かー」
鉄の巨体で音速機動ができておまけにバリアも貼れるカルネがいる以上、キセに危険が及ぶことはない。
だが、キセの依頼が「里の救援」であり、キセが里を離れて既に1ヶ月以上。安全策ばかりでもいられない。
「なるべく早く……」
呟き、俺の声を遮る音に思わず表情を消した。
ガシャン、ギギッ、ガシャン、ギギッ。
「風情はどこへ行ったんだ……」
洞窟って、もっとこう、ひんやりとしていて涼やかで、不気味なほど静かなものでは?
どうにもやかましい足音を引き連れ、俺たちは淀みなく連絡路を歩く。
ちなみに、入り口はカルネの鉄拳で粉砕して隠しておいた。数年前に既に調べ尽くされた遺跡群に寄りつくもの好きはいないだろうが、念の為だ。
ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ。
「「………………」」
ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ。
「カルネ、停止。今ここでお前の錆落としやるわ」
ギギーーッと、カルネが首を俺に向けた。
「抗議:行軍の優先を進言します」
「却下。お前の状態を良くしたほうが今後の移動の安全性が増します。ほら、文句言ってないで関節部脱力しろ」
「…………………………………了解」
非常に、非常に不服そうに、カルネは俺の命令を承諾し、各関節部を晒した。
錆び取り剤と研磨用の道具を用いて、少しずつ錆を剥いでいく。
作業の間手持ち無沙汰になったキセに、俺はさっきの疑問に答えることにした。
「さっきの、誰の名前ってやつだけどな、トウヤは、俺の父親の名前だ」
「……お父さん?」
「そ。戦場 董哉。この世界風には、トウヤ・イクサバだな」
錆を落とす、鉄を擦る音だけが響く。閉鎖環境ゆえに、やけに耳に残った。
ややあって、キセが口をひらく。
「お父さんに、会いたい?」
「——逢いたいよ」
即答する。
「今すぐにでも、逢いたい。キセはどうなんだ?家族に……お父さんに会いたいか?」
「…………お父さん、もう、死んじゃった。お母さんも、私を産んだ時に死んじゃったって、おじいちゃんが言ってた」
「……そっか」
何を思ったのか。キセが、脇の下を通って俺の胡座の中に収まった。
「……どうした?」
「私も、めんて、する」
ふん、と辛気臭い空気を取っ払うように鼻を鳴らした。
「よし! 徹底的にこそぎ落とすぞ!」
「おー!」
「依頼:優しくお願いします」
今は別の依頼受けてるので、ちょっとお受けできませんね。
驚くほど。
驚くほどに静かになった。
錆びが取れたことで諸々の緩衝も正常に動作するようになり、カルネの足音は俺よりも静かになった。
あまりに静かで快適になったせいか、ちょうど良い暗さも手伝って、キセはカルネの頭に寄りかかるようにして、半分眠っていた。
「……おじいちゃんに、早く元気な姿見せないとな」
「……ん」
「お前の里……絶対、助けるからな」
「……ん!」
力強い返事を受け、俺たちは歩みを早めた