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篝火蒼穹譚  作者: 銀髪卿
第一章 リスタート
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第6話 有能ちょび髭オヤジ

 地底世界には三つの国が存在する。


 軍事国家アーシア。

 祖王の庭ルイン。

 豊穣の国エドルカ。


 ニューオリンドは厳密にはいずれの国にも属さない中立地であり、“商業都市”と冠され、三国を繋ぐ貿易の中継拠点が発展したものである。


「相変わらずでっけー検問所だなあ」


「肯定:エドルカ北検問所は地底世界最大の検問所です」


(おまっちょっ、不用意に喋るな! 今光学迷彩着てるだろ!)


「お兄さん凄い! 私、すけすけ!」


(頼むから静かにしてくれ……!)


 空気を読まないカルネと、透明化したことでテンションが上がったキセに頭を抱える。


 エルフと鉄の巨人なんてゲテモノを、検問が馬鹿正直に通すわけもなく。

 カルネの光学迷彩でキセを巻き込み、二人には背景になってもらっている。


 なので、今の俺は、ミックスボイスで一人でボケとツッコミをやっている超ヤベェ奴だ。勘弁してほしい。


 エドルカは“豊穣の国”と銘打たれているように、人類の食糧シェア99.99%を占めている。

 この国無くして人類の生存なしと言わしめるのも頷ける。


(いいか、絶対に大人しくしてろよ!)


「「……!(グッと親指を立てる)」」


 不安だなぁ。




 検問は、“トウヤ”という偽名を用いて難なく突破した。

 「エルフと人間の二人組」という肩書きが先行していたのだろう。()()人相が似てようが、周到に偽装した身分証があれば疑われることもなかった。


(……お兄さん、“トウヤ”って)


(偽名だよ、馬鹿正直に本名言えないだろ?)


(……。そうじゃなくて、()()?)


 ——誰、か。


(何か聞こえたのか?)


(ぁ……。ご、ごめんなさい)


 消え入りそうな声。当てずっぽうで手を伸ばし、頬に触れた。


(子供が気ぃ使わなくていいんだよ。後で話すから、今は静かにしててくれ。カルネ、監視頼む)


「…………!」


 見えないけど多分、サムズアップとかしてるんだろうなぁ。




◆◆◆




 ——違和感があった。

 

「静かすぎる」


 ニューオリンドで一騒ぎあって、一夜明けたにも関わらず。エドルカは、平時とまるで変わらない平穏を維持していた。


(……良いことじゃないの?)


「基本はそうなんだけどな」


 自由に行動できるのは、必要な物資を買い揃えたい俺たちにとってはこの上ない追い風だ。が、


 ——泳がされてる。


 直感がそう告げていた。

 道ゆく人々は、常に一定の間隔を空けている。互いにフォローしあえる最大の射程で。


「……ダメだな、俺」


 どうも俺は、戦略とかその辺が下手くそらしい。


 露店の配置が違う。

 以前来た時よりも理路整然としており、何より、俺を奥に奥に誘い込むように必要な物資が並べられていた——気づくのが遅すぎた。


「迂闊すぎた……!」


 既に反逆者の身分。

 穀倉地帯で幾らか窃盗する手だってあっただろうに。

 詰めが甘かった。まだ、中途半端だった。


(……カルネ。俺が囮になる。そのまま空いたスペースから南東に走れ。キセは舌噛むなよ)


 頷く気配を背中で感じ、俺はそっと、外に漏らさないよう慎重に魔力の循環を始める。


「それじゃ後で」


 走り出す!


「——対象が動いたぞ!」


 直後、騒然となる街中。

 全周から俺に向けて混じり気のない殺意が向けられた。


「私服警察だらけじゃねえか!」


 逆探知を恐れて魔力感知を控えていたのが仇になったか、既に十重二十重(とえはたえ)に張り巡らされた包囲網に俺は頬を引き攣らせた。


 大跳躍。

 壁を蹴り伝い三次元機動に移り、包囲網からの脱出を試みる。


「何を訳のわからないことを!」

「取り囲め! 対空魔術砲撃も用意しろ!」

「奴を侮るな! ニューオリンドでは駿魔部隊を蹴散らしたと聞く! 決して油断するな!」


「情報共有しっかりしてんな畜生! ……っぶね!」


 容赦なく放たれる魔術砲撃が頬を掠め、背を冷たい汗が伝う。ゾッとするような殺意の群れ。

 それほどまでに、人族はエルフを憎んでいる。


 それはそれとして……


「いや多すぎ! マジでどんだけいるんだよ!」


 事前に国民たちを非難させていたのだろう。包囲から放たれる魔術の数は尋常じゃなく、避けるにしたって限界があった。


「……使うか」


 交戦は避けたかったが、致し方ない。

 俺は右手に魔力を集約——圧縮させ、輪郭を描く。


「魔力纏そ——!?」


 刹那、上空からの殺気に俺は魔力を霧散させ、即座に小太刀を引き抜いた。


「覚悟ォーーーー!」


 俺の真上、肉厚の直剣を振りかぶりながら一人の重装騎士が屋根上から飛び降りた。


 直剣と小太刀、互いに幾何学模様を纏い激突する。


「ーーーー」


「え……?」


 騎士が、俺の耳元に顔を寄せ何事か呟く。

 ()()を受けた俺は、相手の直剣の一撃に逆らわず、その場から大きく弾き飛ばされた。

 微調整を受けた俺はそのまま壁を突き破り家屋の中へと転がり込んだ。



◆◆◆



「あの家を囲め!」

「路地裏にも捜索隊を!」

「隊列を維持しろ! 鼠一匹すら通すなよ!」


 戦場(いくさば)(かがり)が吹き飛ばされた直後、地上に配置されていた部隊は一糸乱れぬ統率で篝の肉体が突っ込んだ家屋を取り囲んだ。


「捜索を開始しろ」


 円を維持し、慎重な捜索が始まる。

 針の穴の向こう側すら見落とさないように、数十人でたった一つの家屋を探す。だが


「いない……?」

「一体、どこに隠れたんだ?」

「隣の家は!?」

「いません! 路地裏にも痕跡は皆無です!!」


 篝は、どこにもいなかった。

 忽然とその場から姿を消した反逆者に、騎士たちが戸惑いの声を上げる。


「馬鹿な! 逃げ場なんてどこにもないはずだ!」

「魔術の気配は!?」

「そんなものとっくに見つけてる! 奴の魔力痕跡はあるんだ!」

「だったらそれを追えば良い!」

「無茶を言うな! この家全体に浸透しているんだぞ!? あの化け物め、出鱈目な魔力量だ!」


 どれだけ探そうにも、篝の姿はなく。

 騎士たちは、反逆者を取り逃がした自分たちの不甲斐なさを呪った。




◆◆◆




 エドルカ地下、下水処理道。

 騎士団から逃げおおせた俺は、衣服の汚れをはたき落としながらツンと鼻につく下水の臭いに顔を顰めた。


「まさか、一生でトイレの中に入る経験をするとは……」


 水が張られていなかったから濡れることはなかったが……気のせいか、臭う気がする。


「——あのトイレは一度も使われたことがないから、臭いはここの水のものだよ」


 声の主は、反響する足音を隠さずに曲がり角から姿を見せた。スーツをかっちりと着込んだ壮年の男性は、俺の顔を認めると柔らかく笑った。


「ハロルドさん……やっぱり、さっきのはあなたの私兵ですか」


「名演技だっただろう?」


 ハロルド・ジスター。

 エドルカ有数の大商会、ジスター商会の会長。齢33で商会のトップに上り詰めた、紛うことなき商いの天才であり、俺に『なんでも屋』としての道を示してくれた恩人でもある。


「……なんで、こんな危ない橋渡ったんですか」


「決まってるだろう、恩返しだよ」


「もう、十分過ぎるほど返してもらったと思うんですが」


 5ヶ月ほど前、騎士団の隊舎の一室を間借りしていた頃。

 俺はアンガスからの紹介で商隊護衛の仕事に就いた。

 ニューオリンドからエドルカへ向かう10以上の荷馬車を護衛する大仕事であり、運悪く、魔獣の一団が商隊を強襲した。

 その時の商隊がジスター商会のものであり、俺はその際、ハロルドとその娘であるリーシュを救助した。


「私と娘の命の借りは、あの程度では返しきれないよ」


 そう言って、ハロルドはお茶目に笑った。


「歩こうか。君が来ることは予想できていたからね。五日分の食料を用意しておいた」


「……ここ(下水道)に?」


「ははっ! こんな不衛生な場所には置かないよ!」



 地下水道を歩く中で、ハロルドはポツポツとこの道のことを話してくれた。


「あそこは私のセーフハウスでね。クリーンに商売をやっていても、どうしてもやっかみは受けるからね」


「ここは、緊急時の逃げ道だと?」


「そう。中々良くできていただろう? 操作魔術が必要な逃げ道なんてそうそう気づかないからね」


 一体いくらかけたのやら……。


「なんで俺を助けたんです? 恩人とか借りとか以前に、俺、エルフを庇った反逆者ですよ?」


「君と同じだよ。私個人も、エルフに思うところはない。……いや、ないと言うのは嘘になるかな」


 適切な言葉を探しているのか、ハロルドは暫しの間物思いに耽る。


「……違和感がね、あるんだ」


 やがて、そう口にした。


「騎士団の戦力動員は正直言って過剰だ。少女一人、君が守っているにせよ、多すぎる」


「怨敵相手なら、妥当じゃないか?」


「そうかな? 私だったら、敢えて泳がせるよ。相手の真意を探るにせよ、エルフの生存圏を把握するにせよ、駿魔のような温厚な魔獣に限らない使役方法を知るにせよ、案内してもらうのが1番手っ取り早いと思わないかな?」


 恐ろしく理性的な答えに、俺は苦笑するしかなかった。


「みんながみんな、あなたみたいに頭が切れる訳じゃないんですよ」


「わかっているさ。でもね、私は思うんだ。上層部は、エルフではなく、“彼女個人”を狙っているんじゃないかな。心当たりは……あるみたいだね」


「んぐ……」


「ポーカーフェイスはまだまだ未熟だね」


 出口が近づく。


「というわけで私個人、娘と歳の近そうな少女をよってたかって虐めるのは御免被りたいんだ。あと、君の選択を応援したい」


「嬉しいし、実際助かってるんだけど……これ、バレたらあなたの首が物理的に飛ぶんじゃ」


 正直、巻き込みたくなかった。

 俺の判断ミスで、ハロルドさんを巻き込んでしまった。痛恨だ。


「なに、心配しなくていい。なにせ、君がここに来るだろうって進言したのは他でもないこの私だからね」


「は!?」


 衝撃の告白に俺は思わず声を上げた。


「君は作物から盗みを働きたがらないだろ? となればエドルカに一度立ち寄って、唯一持っている昨日の稼ぎで数日分の食料を買い込む筈だからね」


 寒気がするほどの読みに、俺は頬を引き攣らせる。


「あと、進言しておけば私兵をねじ込むこともできるし保身にもなるからね。ほら、『私の言った通りに来たのに捕まえられなかったのかい?』と騎士団に責任を丸被せにできるだろう?」


「あなた、詐欺師の方が向いてますよ」


「私も、時々そう思うよ」


 梯子に手を掛ける。

 出口は、真上にあった。


「——ありがとうハロルドさん。この恩は必ず」


「なら、次に会った時に土産話を頼むよ」


 それは、間接的な生存宣言。互いに再会を誓い、俺は外に出た。


「マジで用意されてる……武器まであるじゃん」


 置き手紙には、『武運を祈るよ』という達筆と、娘のリーシュが書いたであろう俺の似顔絵があった……俺こんなに目つき悪いの?


 ショックを受けながら鞄を背負い、直剣と二本一対の小太刀……それぞれ、名を『アイリス』と『双血』を腰に差した。


「…‥行くか!」




 この後、俺は無事キセとカルネの一人と一体と合流し、南東の機鋼遺跡群を目指して行軍を再開した。

 なお、「……お兄さん、変な臭い」とキセに顔を背けられ、小一時間心に深刻なダメージを受けた。

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