エピローグ 火が灯る
剣が核を断ち切った。
元帥級暗影・エクエスの死を皮切りに、魔獣と暗影の残党たちは人々には目もくれず、次々に撤退を開始する。
「あー、死にそう」
去ってゆく軍勢を眺め、俺はその場に大の字に倒れ込んだ。
「……甲斐は、あったかな」
耳に届く歓喜に口角を上げる。
「お兄さん!」
「篝くん!!」
近づく声。
少し首をもたげると、こちらめがけてダイブしてくるキセと霧夏の姿が——待って。
「えっちょそれ死——おごっ!?」
激戦の後、二人を受け止める力なんて欠片も残ってないわけで。
俺はどうすることもできずに二人に押し潰された。
「お兄さん凄い! 勝った! 勝ったよ!!」
「篝くんあの傷がえと燃え、燃やしてませんでしたか!? 燃えてましたよね!? あわわわわわわたたわたわたしととっとととんでもないことを——」
「待って、マジで、これ死ぬ……」
比喩抜きで死にそうな俺の悲痛な叫びが届いたのか、興奮するキセと混乱する霧夏をカルネがひょいと抱き上げた。
「ああ、サンキューカルネ……助かった」
「確認:動けますか?」
「……動けるように見える?」
「……移送を開始します」
「頼むわ」
やれやれ仕方ねえな、とでも言いたげな雰囲気を醸し出すカルネに抱えられ、俺たちは半壊した大門から深緑の千都へと帰還する。
即座に大音量の大歓声に出迎えられ、俺は肩をビクッと震わせた。
「うおっ、すっげえ歓声」
「みんな、暗影を怖がってたから。お兄さん、みんなにとって、救世主」
「そんな大層なもんじゃないんだがな……」
俺は過分な評価に曖昧な笑みを浮かべた。
◆◆◆
襲撃がひと段落ついたら、ミイラにされた。
「なんだこの状きあだだだだだだだ!!」
「お兄さん動かないで。消毒できない」
「いやっ、だからほっときゃ治いだだだだだだ!」
防壁の再建を手伝おうとしたところ、全員から「休んでくれ!!」と念を押されてしまった。
その後、キセの家に運び込まれた俺は彼女の慣れない治療によってハロウィンのミイラばりの包帯ぐるぐる巻きになっていた。
「……で、なんでアンタらもいるんだ?」
「『同郷なら積もる話もあるだろう』、ってお爺ちゃんが気を利かせてくれたのよ」
「大怪我だったからな。少しでも人はいたほうがいいだろ?」
出雲大和と邸勇理は、そう言って部屋の中に入ってきた。
「霧夏は?」
「あの子は色々キャパオーバーでダウンしたわ。カルネ、だっけ? あの鉄の子が運んでるわ」
「後でフォローしとかないとな……。キセ、もういいぞ」
治療の手を止めさせると、キセは不安げな表情でこちらを見上げた。
「……平気?」
「へーきへーき。こんくらいの怪我、師匠の訓練じゃ日常茶飯事だったから」
「どんな地獄だよそれ……」
「詳しく知りたいか?」
「遠慮しときまーす」
青い顔で退散する勇理に苦笑する。下手に踏み入ってこない、不快にならない、器用な距離感の取り方をするものだと感心した。
「ま、機会があったら教えてやるよ」
「俺遠慮するって言ったんだが?」
「くだらないことやってないで、貴方、ちゃんと寝たほうがいいんじゃないの?」
男二人の掛け合いをくだらないと一蹴した大和の正論に、俺は首を縦に振った。
「ああ。そうさせてもらうよ」
「そ。なら私たちは行くわね。……貴方のおかげで助かったわ。ありがとう、篝」
「……おう」
むず痒さに、俺はぶっきらぼうに返事をした。
◆◆◆
その日、夢を見た。
光の向こうに、小麦色の肌の男が……リクウの姿が見える。
陰になって、前を向いているのか、背を向けているのか判別はできなくて。
「リクウ。俺は……少しでも、アンタに近づけたか?」
この夢は、きっと俺の幻なのだろう。だから、目の前のアイツは、俺に都合のいい幻覚だ。
それでも、少し、自惚れても良いのだろうか。
「アンタみたいに、家族を、守れたか?」
当然返答はなく。
静かに、握られた拳が俺に向けられた。彼は、俺の方を向いていた。
その拳に、俺の右拳を当てようと手を伸ばし——そこで、幻は霧散した。
「……なんだ。まだまだ足りないってことか」
遠く、たくましい背中。
憧れは遥か遠く。
問題は山積みで、清算しなきゃいけない過去も数えきれない。
それでも今は、この勝利の微睡みに浸りたかった。
◆◆◆
深緑の千都、第一次対暗影防衛線。
負傷者、重軽傷合わせ少数。死者、0名。
戦場篝の自認に関係なく、それは、紛れもない救世主の誕生。
そして、灯火が再び輝いた瞬間だった。
第一章・再始動 完
next chapter 第二章・勇気の証明
これにて第一章完結です。
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