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篝火蒼穹譚  作者: 銀髪卿
第一章 リスタート
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第17話 【蒼蹄蒼牙】

 漆黒の大剣と蒼を纏う直剣が絶え間なく火花を散らす。


「クッソ、重てえ……なぁ!」


 互いに超音速を超える移動、一撃一撃が並の防御を粉々に粉砕する破壊力を有する戦闘に、周囲の魔獣は哀れにも巻き込まれ、戦闘地の一帯は漏れなく更地と化した。


 そんなこと、当の本人たちは気にしていない。

 気にする余裕がない。


「重たそうな成りして、随分身軽じゃねえか!」


 膂力、速度、共に元帥級暗影(ホロウ)が上回る。

 しかし、咄嗟の思考と技能は、戦場 篝が一歩先を行く。


 大振りな大剣では、篝の防御を突破できない。

 そう判断した暗影(ホロウ)は、自らの肉体の一部でもある大剣の形状を変化——篝と同質の直剣を新たに拵え、速度で上回る。


「甘え!」


 篝は、その判断を早計と笑う。

 アイリスを直上に放り投げ、腰から一対の小太刀……“双血”を抜き放ち、即座に応戦。


『…………!』


「装甲は“並”だな!」


 防いだはずの斬撃が流体金属の肉体に一筋の傷を負わせたことに、暗影(ホロウ)は僅かに驚く。


 硬化と研磨の魔術に隠れて展開された、斬撃圏を“拡張”する魔術。


 ゲーム的に言えば“当たり判定”を広げる魔術であり、篝は頻繁にその術式を書き換える事で錯覚を誘導した。


 また、武装を二刀に変えたことで篝の手数は純粋に倍加し、さらに言えば、暗影(ホロウ)が速度に偏重したことにより、膂力で劣る篝の負担が大きく軽減された。


「悪いな、こっちが本命(メインウェポン)なんだ」


 篝は暗影(ホロウ)の斬撃圏に身を晒し、不敵に笑った。


 超絶白兵戦。——結果、圧倒する。

 時間にして僅か数秒。しかし、この間に篝が浴びせた斬撃は28。

 ()()()()の重さであればいなすことは容易く、刃を滑らせれば、魔術と組み合わせその一連の動作だけで斬撃は届く。


『…………ruo』


 暗影(ホロウ)は自らの失策を悟り、()()()()()()()格闘(ステゴロ)に移行する。


「クソッタレ! 頭の回転早すぎんだろ!」


 膂力勝負を嫌う篝の武装と手首を直接狙う“掴み”の動き。

 篝はそれを嫌がり、自ら大きく距離を取った。


「……あ、ヤベ。飛びすぎた」


 距離を取りすぎて、大和(やまと)たちのすぐそばにまで後退してしまった。


「こんなミス、師匠にバレたら殺される」


 顔を青くする篝の視界の奥で、騎士は直剣を大剣へと再び形状変化させ、肩に背負う。「何やってんだ」とでも言いたげなその姿勢に、篝はこめかみをヒクつかせた。


「ちょっと貴方、大丈夫なの?」


 背後、大太刀を構える大和が、篝の身体の()()に思わず声をかけた。


 戦闘開始から僅か五分。衣服は既にボロ切れ同然であり、篝の肉体には、既に無数の切り傷が刻まれていた。

 浅く抉れた肌から鮮血が垂れている。一つ一つの傷は小さくとも、総量から言えば十分に重傷だった。


「大丈夫だ。硬化魔術にちょっとムラっ気があってな。攻撃受けたわけじゃないから気にすんな」


「いや、そう言われてもね……」


 全身から血を流す奴を前に心配するな、という方が土台無理な話だった。

 それを理解してか、篝は強引に話題を変える。


「それよか、お前も命大事に動けよ。お前が死んだら、霧夏(きりか)が悲しむ」


 目を見開いた。


「……貴方、本当に航界者(わたりびと)だったのね」


「その辺の話は、また追々な」


 大地を蹴割り、血飛沫を置き去りに篝の姿がかき消える。

 蒼い軌跡が見え、遅れて音が耳に届いた。


「あの人今、オマケみたいにその辺の魔獣斬り殺して行ったけど……?」


 愕然とする勇理に、エルケネスは朗らかに笑った。


「頼もしい限りだの。しかし……ここからが本番か」



 エルケネスは気づいていた。

 騎士装束の暗影(ホロウ)が、自軍の暗影(ホロウ)を気遣うように、手駒を減らさないように敢えて力を押さえていることを。


 戦いは、基本、数が多い方が有利である。誰でもわかる自明の理。

 そこに地形や兵の疲労度が加わり、戦略が生まれる。


 だが、それらをものともしない圧倒的な“個”がいれば、全ての前提は無意味となる。


「アシュバルが相手をしているあの“ほろう”で最後、か」


 目を細め、趨勢を見守る。


 エルケネスは、総合的な実力では自分が篝に勝っているとしながら、しかし、暗影(ホロウ)という敵を相手にする際、経験のない自分では篝に劣ると考えている。


 さらに、止まらない魔獣の襲撃。

 普段より明らかに多い敵の数に、エルケネスは理屈や理性を抜きに、本能で、一体の元帥級を倒さねば終わらないと確信していた。


「生半可な連携は敵に利するのみ。……カガリ殿、どうか」


 一つの里の運命が、傷だらけの青年の肩にのしかかる。





◆◆◆





 横薙ぎの大剣を受け止めた瞬間、敵のギアが数段引き上げられたことを直感した。


 大剣が視界から掻き消え、直後、頭上に暴圧。


「ヅッ——!?」


 小太刀を交差して受け止めた瞬間、失策を悟る。

 途方もない破壊力に俺を中心に大地が陥没、全身の骨が軋み、罅が入った。


「こんのっ……だらぁっ!!」


 気合いで大剣を横に逸らし、直後、剣先が触れた俺の左肩の装甲と、大地が消失。

 余波のみで、斬閃上の巨大樹を切り飛ばした。


 大剣が、俺の身体を上回るほどに大きさを増す。しかも、それが二本。

 体格すらも一回り巨大化し、鎧も禍々しい形状に変化していた。


『ruoo……』


「随分と、武人らしい立ち振る舞いじゃねえか」


 追撃をせず、暗影(ホロウ)は鎧を鳴らし、意趣返しのように、俺に剣先を向ける。


「わかってるさ……出し惜しみはしない」


 半分強がり、半分事実。


 小太刀を仕舞い、俺は無手になる。


「フゥーーーーーーーーーー」



 俺の身体は、少ない魔力をかき集めることでなんとか維持されてきた。

 二十年、そんな綱渡りをしていると、どうやら人は変な進化をするようで。


 俺は、自分の手足のように、無形であるはずの魔力の“形”を理解していた。


 圧縮、圧縮、圧縮。

 空間の魔力すら巻き込み、放出する膨大な魔力を、両腕と両脚に集中……()として纏う。


「これ、あんま好きじゃないんだよな」


 魔力そのものを武器にするのは、形として、暗影(ホロウ)に非常に近いものであり。そもそも、リクウたちの命を奪ったクソ野郎の技を模倣したものである。


「だけど、そうも言ってられないから」


 今更、意地なんて張ってられない。

 今、目の前にいる敵を倒す。それ以上に重要なことは、ない。


「魔力纏装——【蒼蹄蒼牙】!」


 一帯の魔力と自分の魔力を練り合わせ、編み込み、俺の四肢、肘と膝より下に、蒼の魔力鎧が具現化した。

 操作魔術と硬化魔術を、俺の持つ膨大な魔力で魔力そのものに適用する、純度100%の力業。


 魔力を霧散させないように絶え間なく更新される魔術。

 限界ギリギリまで加速した魔力に肉体は耐えきれず、破損した魔力回路から魔力が漏れ出し、蒸気のように身体の表層から逃げ出していく。その魔力すら鎧に着込んで、限界を越える。


 全身の魔力回路へのダメージを度外視した決戦形態。猶予は、180秒。


 目の前の暗影(ホロウ)が、笑ったように見えた。


 踏み込み、肉薄。


『ruoo——!』


 両刃の振り下ろしを、握り拳の振り払いで吹き飛ばす。

 驚愕の間もなく、震脚。開拳を暗影(ホロウ)の鳩尾に叩き込んだ。




◆◆◆





 初めて、この世界で走った時。戦場篝は体の内から溢れる力に感動を覚えた。

 こんなにも、この身は自由だったのかと。あらゆる不安や考えなければならない物事を全て忘れ去って、膝が笑って動けなくなるまで、ただ、飛んで、跳ねて、子供のようにはしゃぎ続けた。


 もう随分と、長い事忘れていた。

 この身は、彼らに並び立つためにある。


「ぜりゃあああっ!」


 原点に立ち返るように躍動する。


 魔力と瘴気は互いに相容れず、反発する。

 今、篝の四肢は魔力を押し固めた鎧に包まれている。

 

 暗影(ホロウ)は、核を中心に瘴気と流体金属で肉体を構成する。

 そして、人類にとって瘴気が猛毒であるように、彼らにとっても魔力は害毒と化す。


 ゆえに、魔力を押し固め形を成す【蒼蹄蒼牙】は、彼らにとって致命の武器となる。


『r、ruooooo!!』


 暗影(ホロウ)が咆哮し、一段と加速する。


 互いに一歩も引かぬ連撃の応酬。

 嵐のように振るわれる一対の大剣が、余波のみで篝の全身を軋ませ、骨を砕き、内臓を傷つける。


「ま、だまだァ!!」


 折れそうな身体。しかし、心は折れない。

 もうすでに、一度は砕けた心。二度目はありえないと、篝は歯を食いしばった。


「フンっ!」


 蒼の両手両足が、お返しとばかりに大気中の魔力すら引っ提げて暗影の肉体を削り飛ばした。


 一方は血反吐を、もう一方は再生の追いつかぬ肉体から瘴気を吐き散らし、なおも止まらない。


 勝負は、一瞬で決まる。

 

 猶予時間、32秒。

 時間がない、と。唯一制限時間を持つ篝に、ほんの僅かな焦りが生まれる。


 ズルリと、左足が滑った。


「——!?」


 注意不足から血溜まりに足を取られ、体勢を崩す。

 その一瞬を、戦いの綾を、暗影(ホロウ)は逃さず。


(しまった……!)


 横一文字に振り抜かれた左の大剣が、防御のままならない篝の右脇腹を深々と斬り抉った。


「づっ……!?」


 激痛に、ほんの僅か肉体が鈍る。

 胸部を抉るような蹴りが肺を破壊し、篝の肉体を遥か上空に吹き飛ばした。




「カガリ殿ッ!?」


 深緑の千都上空に吹き飛ばされた篝の姿を捉え、エルケネスが目を見開く。


「ちょっ……アレ不味いわよ!?」


 脇腹の傷を認めた大和が冷や汗を流す。


「救助します」


 カルネが赤の単眼を明滅させた。

 誰もが、一人の青年の敗北を確信した。


 その中で、ただ一人。


「大丈夫」


 キセは、耳を澄ました。


「まだ、音……消えてない!」




◆◆◆





 終われない。

 こんなところじゃ、まだ。


 あんな、クソだせえ別れがあるかよ。

 まだちゃんと、墓参りすらできてねえのに…!


「寄越せ……」


 操作魔術。

 口内や肺に溜まった血液を強制的に体外へ排出させる。


 終われない! 死ねない! まだ、この心臓を止めるには早すぎる!!


 俺は、防衛旅団のカガリだ!!

 人界を守ることが、人々の変わらぬ営みを守ることが、彼らの戦う理由だった!


「火を——」


 硬化魔術。

 体内の“空気”に対して実行し、無理やり穴を塞ぎ、思い切り息を吸った。


 そんな彼らに受け入れてもらった俺が!

 こんなところで!!

 死ぬわけには、いかない——!!!



「火を、寄越せぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」





◆◆◆




 命を燃やす叫びが、深緑の千都全体に轟いた。


 その、篝の咆哮に。誰よりも早く、霧夏(きりか)が応えた。



 戦うのは怖くて、でも、何もしないのはもっと怖かった。


 命を断とうとしていた一年三ヶ月前、自分を救ってくれた篝のように。自分も、誰かの役に、立ちたかった。


 両手を砲身に、魔術方陣を形成。

 大和たちへの教鞭を盗み聞き、こっそり自分で練習してきた唯一の魔術。


 寄りかかり続けた一年間だった。

 依存し続けた一年間だった。

 もう、一人で立てると、言いたかった。


「私も、貴方の役に立ちたい!」


 火球が、空へと打ち上がった。



「——ありがとう、霧夏」


 篝は接近する炎を、操作魔術で捕捉。

 蒼牙で掴み取り、()()()()()()()()()()()


「グ、ガアァアアアッ!」


 魔力で何かを生み出すことができない篝にとって、出血は致命傷足りえる。だから死ぬ前に、焼いて塞いだ。

 死ぬのは嫌だ。そして、肉体の痛み程度ないくらでも耐えられる。


 眼下の人々と眼前の暗影(ホロウ)の驚愕を置き去りに、篝が猛る。


 大跳躍の追撃。トドメを刺しにきたはずの暗影(ホロウ)は、しかし、篝の凶行に僅かに呆けてしまった。

 その隙は、致命的だった。


「アァアアアッ!」


 絞り出すような叫び、一蹴。蒼蹄の回し蹴りが両の大剣をへし折り、振り抜かれた拳が顔面を砕きながら暗影(ホロウ)を流星の如く大地へ吹き飛ばした。


「来い! “アイリス”ッ!!」


 操作魔術で紐づけられたアイリスが宙空を駆け、パシ、と心強い音を立てて篝の両手に収まる。【蒼蹄蒼牙】が解かれ——残り5秒——剣に魔力が集約され、蒼の魔力が迸る。


「オ/ォ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ——!!」


 空を蹴り、疾駆。

 魂の在処を確かめるように吠えた。


お前()を! 超える!!」


 落着で生まれたクレーターの中央から見上げる騎士に、全力の一撃を振り抜いた。


「断ち切れ————【蒼剣】ッ!!!!」



 一刀両断。

 篝の一撃は、交差させた苦し紛れの両腕の守りごと、暗影(ホロウ)の肩口から胸部の核を断ち切った。


 暗影(ホロウ)は、膝を突き。

 敗北を認めるように天蓋を仰ぎ見て、その身を霧散させる。

 ゴトンと地面に落ちた核は、ガラス玉のように儚く砕け散った。



 煙が晴れる。

 蒼の魔力が拡散し、戦いを見守っていた新緑の千都に、一輪の花が咲く。


 瀕死の有様で、しかし自らの足で立つ戦場 篝は、振り向き、右の親指を立てて、少しだけ笑った。




 青いアイリス。


 花言葉は「強い希望」……そして、「信念」。



 ほんの少しの静寂の後。

 歓喜の声が湧き上がった。

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