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篝火蒼穹譚  作者: 銀髪卿
第一章 リスタート
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第16話 地を駆ける彗星

 戦場(いくさば) (かがり)がまだ第十層にいた頃、第八大隊隊長のウェネトは、篝の肉体を「淘汰される筈だった進化」と称した。


 ——『ごめん、全くもって意味がわからん』

 ——『非検体、キミ、最近他の脳筋共に毒されすぎじゃないかね?』


 度の入ってない丸眼鏡をかけ直し、ウェネトは大きくため息をついた。


 ——『キミの肉体は、通常なら生まれる前に死んでいただろう。だが、そうはならなかった。これは僕の単なる推測だが……キミの体は、地球のごく薄い魔力に適応しようと進化し、結果大失敗したものだろう。研究者としては、こんな仮定に満ちた話、したくはないんだがね』

 ——『めちゃくちゃ言いやがる』

 ——『まあ聞け、拳を握るな。やめろ、今殴られたら頭蓋が逝く』


 魔力を纏った篝の拳に割と本気でビビりながら、ウェネトは推察を続ける。


 ——『要するに、キミは生まれつき、魔力を前提とした肉体の形をしているんだよ』

 ——『地球に、俺の元いた世界に魔力があったと?』

 ——『その方が合理的ではないか?キミが誰に教わるわけでもなく魔力を簡単に扱えたのも、この世界に来て急激に筋力や内臓機能が発達したのも、前提として『そういう機能を持っていた』と考えるのが最も自然だ』


 この後も、つらつらと。ウェネトは八割方自分の世界に浸り、篝の思考を置き去りにして呪文のような説を唱え続けた。


 結局、篝は、その話の一割も理解できなかったが。


 結論から言ってしまえば、ウェネトの推察は概ね正解であった。




 そして、地球に存在したごく薄い魔力をかき集めることで生命を維持していた篝の肉体は、既に達人三歩手前の領域まで魔力操作が洗練されていた。


 さらに、地球にいた頃には決して開花しなかった、本来、日の目を見ることがあり得なかった“戦い”の才能。


 早熟にして天井知らず。


 その成長はあまりにも早すぎた。

 戦いの中で培われていく経験が、肉体と技能に追いつかないほどに。


 そうして訪れた大侵攻の日。


 篝は、自らの無力を痛感するには強すぎて。

 絶望を乗り越えるには、未熟すぎた。




◆◆◆




 轟音が収まり、砕けた地面の破片が一時的な防壁として機能する。もって数十秒だが、十分。


「エルケネス! 防衛の指揮を頼む!!」


「承った。……カガリ殿、あの異形の正体を知っているのだな?」


 頷く。


「俺たち人族が暗影(ホロウ)って呼んでる化け物だ。肉体は流体金属。オマケに体のどっかにある球状の核を壊さない限り絶対に死なない」


 生物という規格に収まらない、殺戮を目的とするようなふざけた存在だ。


「攻撃にはできる限り魔力を込めろ。魔術は威力と貫通力、あと硬度を優先! でないと押し負ける!


 俺の端的な説明に、多くのエルフがその異常性に表情を険しくした。


 直後、一体の暗影(ホロウ)が瓦礫を飛び越えて侵入する。

 誰よりも早く、エルケネスが動いた。


「我流刺突剣術・竜の羽衣——」


 練り上げられた鈍色の魔力が水の形を成し、夥しい水紐がエルケネスの周囲を揺蕩い、編み込まれ、刺突剣(コンツェシュ)に集約された。


「——水衝裂波!」


 気迫一刺。

 胸に溜めた刺突剣(コンツェシュ)を、踏み込み、捻りを加え超速の突きを放つ。


 水流が暗影(ホロウ)を喰らい、一息で流体金属を噛み砕き、剥き出しになった赤黒く脈動する核を伸長した水の刃が貫いた。


「ふむ……この強度であれば倒せそうだの」


 涼しい顔で一撃必殺をやってのけた一千歳超えた爺さんに、俺は頬をひくつかせた。


「マジかよ」


「アシュバル、前線に出ろ!“ほろう”は儂とお前で対処する!!」


「僕、指揮も兼任してるんだけど!?」


 驚く俺を他所に、エルケネスは着々と指示を出し防衛陣を再構築してゆく。


 刻限が迫り、瓦礫を崩しながら黒い煙が噴出し、一気に緊張感が高まっていく。


「カガリ殿。あの黒い霧は?」


「瘴気だ。アイツらにとっての魔力みたいなもんで……俺たちにとっての猛毒だ」


「対処法は、ありますかな?」


「内側から、心臓を起点に魔力を放出すれば侵蝕を弾ける。既に侵蝕を受けてても有効だ」


 瓦礫が崩れ落ち、再び侵攻が始まる。


 怒り浸透。ご馳走を前に待ったをかけられた魔獣たちは狂乱する。


「それじゃ、行こうか」


 そして、歩き出す。




 クレーターなど意に介さず攻め入る魔獣・暗影(ホロウ)の混成軍の前に、ただ一人。俺は散歩するような軽い足取りで立ち塞がる。


「魔力収束……硬化、緩衝、柔化、操作、加速、加重、各魔術最大展開」


 魔力切れなんて考慮しない多重展開。今持てる全てを集約する。


「魔力浸潤……肉体活性!」


 蒼が肉体を満たし、瞳の色が深まる。


 指揮を取る、或いは指揮系統に組み込めるほど互いを知らない今、「俺が暴れて、可能な限り数を減らす」、これが最適解だ。


 アイリスを構え、大地を蹴り砕く。

 瞬間、超加速。

 たった一歩で音を超え、敵軍を左右に一刀両断。俺は騎士装束の暗影(ホロウ)へと大上段の斬り下ろしを放つ。


『ruoooooo!!』


 敵指揮官と思しき騎士の暗影(ホロウ)は、髑髏の素顔を晒し禍々しい大剣を抜刀、俺の一撃を正面から受け止めた。


「お前、()()()だろ」


 鈍く甲高い衝突音が樹海に響き、突進と鍔迫り合いの余波で、周辺の魔獣は跡形もなく吹き飛び、射線上にいた暗影(ホロウ)は体積を大きく減らした。


 俺が上から抑える形で拮抗する鍔迫り合い。

 全運動エネルギーを剣の先に集約し、全力で振り抜く!!


「オオッ!」


 金属音が鼓膜を震わせ、直後、騎士の姿が掻き消え——背後から気配。


「っぱ、テメェはそんくらい速えよな!!」


 振り向き様、横一文字に斬り払い敵の袈裟斬りを紙一重で横に逸らす。魔力で強化した肉体の上から伝わる途方もない衝撃に、俺は自然と口角が上がる。


 暗影(ホロウ)は、強力な個体ほど知性を持ち、高い技能を有する。また、そういう奴らの中には、魔術もどきを扱う個体がしばしばいる。


 今、俺の目の前にいる騎士も、その類いである。


「半年前は、届かなかった」


 暗影(ホロウ)は、下から順に兵級、精兵級、将級、元帥級という格付けがなされている。


 そして、暗影(ホロウ)の軍勢には、最低でも一騎、指揮官として元帥級が存在する。


 元帥級の討伐は、上位命令でのみ統率される精兵級以下の討伐難易度を大きく引き下げる。

 つまり、俺がいかに速くコイツを倒すかが、被害縮小の鍵である。


「お前を、倒す」


 全思考、全神経、全本能を注ぎ込め。

 目の前の敵を屠ることに、俺の全てを賭けろ!


「——いくぞ!」



◆◆◆



 まるで、互いに示し合わせたように。

 蒼の魔力と漆黒の瘴気が燃え上がり——刹那、激突。


 互いの発する音すら置き去りにする、余人の介在を許さない激戦の火蓋が切って落とされた。





◆◆◆




「既に“色”を持っているとは……末恐ろしい」


「お爺ちゃん、色ってなんのこと?」


 深緑の千都内、新たに構築した防衛線からでも鮮明に見える蒼の軌跡に、エルケネスと出雲(いずも) 大和(やまと)が目を見張る。


「魔力は、個々に色を持つのだ。始まりは、無色透明だがの」


 魔力への理解を深め、鍛錬によって自己を鍛え上げることで、魔力は深化し、染まり、千差万別の色を持つ。


 エルケネスが鈍色の魔力を、アシュバルが燈色の魔力を持つように、戦場 篝は、己の魔力を蒼に至らしめていた。


「俺的には、色とか以前に速すぎて意味わかんねえんだけど!」


 魔獣の喉を掻き切り後退した(やしき) 勇理(ゆうり)の言葉に、近くで休んでいたエルフたちが大仰な仕草で同意した。


「魔術の多重展開っぽいけど、よく魔力持つわね、あの人」


 しれっと言外に「見えている」ことを匂わせる大和に、勇理は内心で「(あね)さんも大概天才の部類だよなぁ」と呟いた。


「それだけ修羅場を超えてきた、ということだろうて。……雑談はこの辺にしておこうかの」


 エルケネスは刺突剣(コンツェシュ)を構え直し、迫る第二波、その先陣を切る暗影(ホロウ)に切先を向ける。


「ヤマト殿。雑兵の露払いを頼みたい」


 返答は、大太刀の一閃。


「任せて。お爺ちゃんの邪魔はさせないわよ」


「重畳。もう一踏ん張りといこうかの!」

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