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篝火蒼穹譚  作者: 銀髪卿
第一章 リスタート
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第11話 挙動不審でも絵になるらしい

今日から一章完結まで2話更新します

 深緑の千都は、地底世界第七層の東端に位置する。

 第九層と違い、変動が起こらない界壁に沿って広く取られた敷地。中には、住居、練兵場、田畑、工房……生活していく上で必要なもの全てが詰め込まれている。


 そんな里の北東端に、明らかに突貫工事で建てられたであろう、平たく言えば“仮設住宅”のようなログハウス群があった。


 ここ数ヶ月で急ぎ建造された、同じ形の家々。それは、航界者(わたりびと)たちに用意されたものであり、この北東端は、航界者(わたりびと)の臨時居住区である。




「キセちゃん、無事に帰ってきたらしいわよ」


 丁寧に。

 5尺ほどもある大太刀を我が子のように手入れする。


 凛々しさを感じさせる、肌荒れ一つない整った顔立ち。一本に纏められた腰まで伸ばした艶やかな黒髪は、焚き火の光を吸ってしまうほど色を深めていた。

 袴と巫女服を足して2で割ったような紅白衣装に身を包んだ少女……出雲(いずも) 大和(やまと)は、先ほど同じログハウスに住む同居人から聞いた情報を、目の前で燻製肉を頬張る男に伝えた。


「そりゃ良かった! エル爺、毎日のように心配してたからなー」


「これで、お爺ちゃんの寿命も伸びたんじゃない?」


「はは! 縮まったぶんは戻らないだろ!」


 吉報に喜びながら軽口を叩く茶髪の少年の名は、(やしき) 勇理(ゆうり)。こちらも、身の丈ほどもある長槍の手入れを慣れた手つきで行っていた。




 焚き火が揺れる。

 夜の訪れを告げるように、徐々に辺りが暗くなり、“ライトフルーツ”と呼ばれる「日中光を溜め込み、夜間に放出する」という不思議な性質を持つ果実が、果肉に光を帯び始めた。


「ん? てことは、さっき渚さんが血相変えて飛び出して行ったのって……」


「迎えに行ったんだと思うわよ。彼女、キセちゃんと仲良かったし……あ、噂をすればね」


 大和が目を向けた先、西の大門の方角から薄暗闇でも映える白銀の髪の美少女……(なぎさ) 霧夏(きりか)が、浮かない表情と重い足取りで戻ってきた。


「……? どうしたのよ霧夏、そんな顔して。キセちゃんと会えなかったの?」


「…………」


「霧夏?おーい、大丈夫ー?」


「…………」


 ふわふわと、心ここに在らずといった具合に、声が届いていないようだった。


「ていっ!」


「あいたっ!? や、大和ちゃん? え、あ……私、いつのまにここに!?」


「どうしたのよほんと、鞘で叩くまで気づかないなんて」


 それなりの威力だったのか、目尻に若干涙を浮かべながら、霧夏はあたふたと周囲を見まわした。


「す、すみません。ちょっと考え事というか、ぼーっとしちゃったと言いますか」


「一言で矛盾してるわよ」


「あ、あはは……」


「「………………」」


 流れるように沈黙が訪れる。


 いつの間にか、夕飯の支度のためにぞろぞろと家や田畑、工房から航界者(わたりびと)たちが広場に集まり始めていた。


 彼らが里に保護され、早い者では3ヶ月、遅い者でも2ヶ月が経つ。

 漂着当初にあった混乱の多くは時間と共に低減し、ひとまずの落ち着きを見せていた。


 今現在、航界者(わたりびと)たちはごく一部の者を除き、農作業や工房の手伝いなど、魔獣の襲撃によりエルフたちの手が回らなくなった場所を手伝っている。

 労働を対価に、居住の保障を得ている形だ。


「お疲れ〜!」

「今日の当番どこ?」

「ねえ聞いて! 今日鏃が全然足りなくってさー」


 思い思いに、汗と笑顔、あるいは疲労を浮かべる航界者(わたりびと)たち。

 気まずい沈黙を貫く三人のもとにも、彼らの会話が届いていた。


「そういえば、エルフの女の子、無事だったらしいよ」

「ああ、それ俺たちも聞いたよ。カリファさんが嬉しそうに話してた」

「なんか、護衛がいたらしいじゃん?」

「そうみたいね。魔獣を一瞬で倒しちゃったとか」



「護衛、ね……」


 聞こえてきた会話に、大太刀を担いだ大和が今ありげに霧夏を見遣る。


「もしかして、知り合いだったの?」


「へあっ!?」


 ビビビビクッ——! と、あまりにもわかりやすく飛び上がるように驚く霧夏に、「こんな挙動不審でも可愛いのずるいな……」などと場違いな感想を(いだ)きながら、大和はジト目で少女を睨んだ。


「そ、そそそそそそんなことない……です、よ?」


「いや、わかりやすすぎよ。というか待って? 本当に知り合いだったの?」


 冗談で言ったつもりの軽口が予想外に核心を突いていたことに大和も驚きを隠せず頬をひくつかせた。

 “知り合い”とはつまり、相手も航界者(わたりびと)になるわけで。しかも、流れてくる会話を聞く限り、階層を超えてくるだけの実力者でもあるらしい。


 一体どんなやべえやつなんだ、と。特に意味もなく大和は武者震いした。


「えっとですねそのキセちゃんを迎えに行ったのはそうなんですけどあのそのちょっと目に入ったというかびっくりして先走ったというか早とちりしたと言いますか…………」


 大慌ての霧夏は、しかし、急に落ち着きを取り戻す。ふと遠くを見るように、儚げな笑みを浮かべて(かぶり)を振った。


「他人の空似だって言われちゃいました」


 とても悲しそうだと、月並みな感想だが大和はそう感じた。


「名前も同じで、顔もそっくりそのままだったんですけどね……」


「からかわれてる、わけじゃないの?」


「そう、ですね。そういうことをする人じゃないですし、目の色とか、表情とか……よく見たら、全然違いますし」


 無理やり別人だと、自分に納得させるように、霧夏は記憶の中の“戦場(いくさば)(かがり)”と大門前で会った“カガリ”との差異を羅列する。


「そもそも、異世界に放り出されて、生きていられるような人じゃないんです」


「どういうこと? 引きこもりなの?」


「身体が、すごく弱いんです。筋肉も、体力も……何もかも、人より劣ってて。腕相撲で私に負けるくらい、非力な人なんです、篝くんって」


 先天性のものらしいと、霧夏は言う。


「中学卒業まで、ずっと病院暮らしだったって言ってました」


 だから、こんな過酷な異世界で、まして少女を守りながら魔獣を退けるなんてできるはずがないのだと、霧夏は寂しげに呟いた。


「すみません、なんか、辛気臭い話しちゃって」


「今更気にしないでいいわよ。同じ部屋で寝泊まりしてる仲でしょ?」


「ふふ、そうですね」


 少しだけ空気が柔らかくなった霧夏の背を、大和はほれほれと広場に押し出した。


「ほら、ご飯食べに行きましょ。話ならいくらでも聞いてあげるから!」


「はい、ありがとうございます。大和ちゃん」



 二人の少女が去って、ただ一人。


「全っ然話についていけなかった……」


 会話に参加できず置いてけぼりになっていた勇理は、槍で焚き火を吹き消し、立ち消える煙の行方を追った。


「女子ってすげーなー」


 邸勇理、御歳17歳。


 中高一貫の男子校に通っていた、女性に対して全くと言っていいほど免疫のない男の、何がどう凄いのか、自分ですらよくわかっていない中身のない驚嘆であった。





◆◆◆




 ——「一日さぼれば一ヶ月後退する」。

 三歩歩いて二歩下がるどころではないこの言葉は、半年以上前、俺が師匠から言われた言葉である。



 禅を組み、丹田の前で両手を組む。

 心臓を起点(ポンプ)に魔力を回す。最初は両腕に、徐々に範囲を広げて、やがて全身に行き渡るように、隅々まで浸透させる。

 皮膚の薄皮一枚に至るまで、精密に、ムラなく、可能な限り多く。

 体の外に魔力を漏らさないように、細心の注意を払って。


「……よし」


 循環を維持したまま、今度は魔力を物体に。自らの衣服と剣に伝播させる。

 ただひたすらに、魔力の伝達効率を上げる訓練。師匠に教えを請うたあの日から、何があっても、ただの一日も欠かしたことのない日課である。


「ふう———」


 次いで、魔術を連続・並列・複合展開する。予測した威力より、だいぶ出力にムラのある結果になった。


 七層に来てからどうにも違和感が付き纏う。

 魔術の行使自体はできる。だが、メモリが急に狂ってしまうような、自転車のギアが頻繁に、意図せず変わってしまうような“ボタンの掛け違い”が続いている。

 原因は魔力濃度の違いであることは明白なのだが……。


「早く、直さないとな」


 素の肉体強度がナメクジみたいに貧弱な俺にとって、魔力……魔術による強化は戦闘における生命線である。

 背中の怪我は、硬化魔術の展開が肌感覚と合わず、強化が甘くなったせいで負ったものだ。


「いつまでもこのままだと、死活問題だからな」


 集中して、もう一度、最初から。


 ——『呼吸を均一に……そう。常に一定の出力を無意識で出せるようにするんです。自分の中に基準を設けるんだ』


 深く潜ると、決まって、記憶が顔を出す。

 皆、俺に多くのアドバイスをくれた。

 俺が強くなるために、多くをくれたんだ。


 ——『自分の中にこれだって指標があると、無茶する時にも加減が効くんだ。コレ、大事だぜ?』

 ——『いくら魔力が多くても、匙加減っちゅーもんが大事なんや。制御しきれんもん垂れ流しでも意味ないでー!』


 言葉をなぞる。

 指先で、壊れないようにそっと、力強く。


「———もう一度!」


 そうして、何度も、何度も。

 夜が深まり、心配したキセに止められるまで、俺は愚直に鍛錬を繰り返した。

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