#1
こころが死んだ。私の唯一の親友だった人。
いつも馬鹿なことを言ったりして楽しそうで、悩みなんかなさそうな、そんな人だった。
こころの死因は不明。
こころが死んでから一週間が経った。
世界から一人の人間が消えてしまっても、それが無かったかのように世界はいつも通り進んでいる。
今日は月曜日。平日。学校に行かなきゃいけない。身体がだるい。学校に行っても辛いだけなのにどうして行かなきゃいけないのだろう。痛いし、辛いし、そばにいてくれる人ももう居ないのに。でも行かないと家族に心配をかけてしまう。面倒だから学校に行こう。なんて思いながらいつも通り学校へ向かう。
私は学校でいじめにあっている。
学校に行くと私を嫌う人が沢山いる。否定的な言葉をあびせてくる人もいれば、私の体を傷つけてこようとする人もいる。前者は別に構わない。小さい頃から私に否定的な言葉をあびせてくる人なんて沢山居たから。だから慣れてきていたし、そんなに辛くない。身体がバグっているのかもしれない。だが、後者は違う。傷跡は残るし、なにより普通に痛いのだ。
まあ、最近は身体の方もバグり始めているのか、慣れているのか、分からないけどそんなに痛くないような気がする。
こんなことがあっても私が平気だったのはこころがいたからだった。放課後、駅の近くに森がある。森の奥へと進むと小屋がある。そこが私とこころ二人だけの秘密基地だった。そこで一時間くらいこころと話してから帰るのだ。
こころと私は違う高校に通っている。だから平日はここでしか会えない。こころと話していると心が安定した。辛いことだって乗り越えることができた。
けど、最近の私はどうもおかしい。夜、明日のことを考えると吐き気がしたり、過呼吸になる。不安と恐怖だろうか。なんなんだろうか。何をされても大丈夫なはずなのに体が震えているのだ。こころがいたときは大丈夫だったのに。
なんで死んじゃったの。
どうやらこころは私の精神安定剤でもあったらしい。居なくなってからそう思った。
こころのことを考えていたら無性に会いたくなった。漫画とかで思い出の場所に行ったら死んだはずの恋人とかに会えるやつを思い出した。秘密基地に行ったらもういないはずのこころがいて、会える気がした。
会える気がして、秘密基地に行った。こころはいなかった。分かっていたことだった。1%、いや、20%は期待していたのかもしれない。ゲームのガチャでSSRが出ないと分かってて引いたけど、ほんとに出なくて悔しいようなあの感覚に近いだろうか。
いないと分かったけど小屋の中に入った。好きな漫画や一週間前に買い溜めしていたお菓子がそのまま残っていた。一週間ぶりだしそんなに時間は経っていないけど、ずいぶん久しぶりなような気がする。この日はこれで家に帰った。ご飯を食べて、お風呂に入って、それから明日の支度をする。23時。ベットに入る。明日のことを考える。
いつもなら吐き気がしたり、過呼吸になったりする。でも今日は不思議とならなかった。
普通に寝て、朝になった。
火曜日。学校に行った。いつも通り痛かった。放課後、秘密基地に行った。心が安定した。こころがいた時の満たされた感覚を思い出した。普通に寝て朝が来た。水曜日も、木曜日も、金曜日も、秘密基地に行って心を満たした。来週も再来週も秘密基地に通い続けた。秘密基地に通い始めて二ヶ月経った。いつも通り一人で過ごす筈だった。ドアノブを回すと女の子がいた。ボブで150センチくらいの背で、制服を着てて、私の知ってる顔だった。
女の子は私に気がついたのか笑顔で手を振って話しかけてきた。
「あ、れらちゃん!お疲れ様〜」
その女の子は私の名前を呼んでいる。
その声は私の知っている声だった。この秘密基地で何度も見た顔、何度も聞いた声。
「こ、こころ…?」
一瞬夢かと思う。ほっぺをつねった。痛いだけで私の見ている光景は変わらない。一旦部屋から出た。もう一回ドアノブを回してみた。
こころがいた。
「…え?」
それしか声が出なかった。こころは笑顔で、ただひと言久しぶりって小さな声で言った。
一瞬の沈黙。
「…なんでいるの」
死んだ筈なのに。
思わず口に出してしまった。こんなことを聞いてはいけないかもしれない。でも知りたかった。
彼女はさっきと変わらぬ笑顔で
「んー、死んだらすぐ成仏されると思ったんだけどされないし、することもないし結構暇なんだよね〜(笑)だから会いに来ちゃった!」
心がきゅっとなった。喉の奥が苦しくなって目頭が熱かった。気がつくと私は彼女に抱きついていた。
「わっちょっとれらちゃん!?」
体温はないけど、そこにしっかりと彼女がいることだけは理解できた。私はこころに触れている。
それはもうしっかりと。…ん??触れてるぞ???
?????
「え!?なんか触れるんだけど!!なんで??私幽霊だよね??あれ、私死んだよね??」
私の耳元で、それもクソデカボイスで彼女はそう言った。まじで耳壊れるかと思った。
こころがびっくりしている。どうやら彼女も知らなかったようだ。
「お前も知らなかったんかい。」
「うん、知らなかった!!えー!凄くない!?」
彼女は喜んでいた。態度には出さなかったが私も喜んでいた。
その後はいつも通り今日の愚痴を聞いてもらったり、この漫画が面白かったとかこの曲が今流行ってるとか、いろんなことを話した。楽しかった。こころも楽しそうだった。
しばらくして一時間ほど経った頃だろうか。こころはもうそろそろ解散しよっか、と言った。
離れたくなかった。ここで解散したらもう二度と会えない気がして。
「もうちょっと話そうよ。」
ぎゅっと彼女の手を握る。彼女は、ふふっと小さく笑って
「珍しいね。もうちょっと話したいなんて。れらちゃんってば私のこと大好きじゃん!」
嬉しそうにそう言う。
「そうだよ。大好き。」
「…っっ!?」
だからもう少し一緒にいて。
真っ直ぐ彼女の目を見てそう言う。少し間が空いてから彼女は口を開いた。
「うーん。私ももう少し一緒に話してたいけどもう外真っ暗だよ。れらは女の子なんだし危ないんじゃないかな〜。明日もここに来ればまた会えるよ。約束する。」
ほら小指出して!彼女はそう言って私の小指と自分の小指を絡めた。
「指切りげんまん 嘘ついたら針千本飲ます」
指切った!
「ふふっ。これでもう約束破れないでしょ? あ、そういえばれらって暗いところだめだったよね?途中まで送ってあげる!それなら怖くないでしょ?」
思わず笑みがこぼれる。
「うん。そうだね。」
いつも一緒に帰る時は絶対にしないけど今日は手を繋いで帰った。こころってば私が急に手を繋ごうって言ったらびっくりしてた。街灯の光に当たってるとき、照れてるのか耳がちょっと赤くなってたのが分かって、なんかちょっと可愛かったな。本人に言ったら怒るから言わないけど。
しばらく歩くと家に着いた。着いたね、小さな声で彼女は言った。
自分の家をちょっと見つめてから
「送ってくれてありがとう。じゃあまた明日。」
そう言って彼女の方を見た。
「って、あれ…こころ?」
こころはもうそこにはいなかった。
後先考えずに書いているので不定期更新になります。