修行要らず? いやいや
「それで、どうやって僕は練習すればいいんだい?
今の僕って体、無いよね」
「たった今創造しましたよ。
ダレンさんの元の身体を精巧に再現してみました。
あ、目を開けても大丈夫ですよ」
僕は今まで目を瞑っていた事に気が付いた。
そういえば、手や足の感覚も復活している。
どうやら僕は、直立した状態らしい。
そっと僕は瞼を開く。
「うわっ」
「ようこそ、私の創造した訓練場へ」
そこには開けた大地が広がっていた。
だけど、空は真っ白、木々が一本も生えていない。
「どうか、されましたか?」
最も、僕が気にしているのはそこじゃない。
問題は、目の前に居る腰に届く程の純白の髪と紅の瞳の美女だ。
「アンタが主神か」
「はい。折角なので、私の肉体も創造してみました」
おい主神。無駄に凝り過ぎだろ。
まぁ、一つ安心したのは、下手に露出していない服装だった事か。
仕立て屋をやっていた事はあったけど、女性服についてはからっきしだったから分からない。
もっと学べるまだまだ山ほどあるな。
「あの、似合いませんかね、コレ」
そんな事を考えている間、主神が顔を赤くしてもじもじしていた。
「ん? 似合っていると思うぞ。
神がかった造形美に、最小限の色のみを纏う事で、
神々しさを押し上げているな」
「そうですか、ありがとうございます」
主神は嬉しそうな表情をしていた。
一体何でそんなに嬉しいのだろうか、僕には分からなかった。
4000年生きた割に感情を読めないとか、どれだけ人を避けて生きてたんだか。
取り敢えず、主神を現実に戻そう。
アレは完全に夢の世界に入っている奴の雰囲気だ。
「そろそろ、御教授願いますか?」
「ハッ、す、すいませんでした。
では、始めましょうか」
そう言った瞬間、主神の纏う空気が変わった。
張り詰めた感じでもなく、
かと言って緩んだ感じでもない。
程良く気を引き締められる空間が出来上がっていた。
「この空間には草木や水等はありませんが、
自然特有の空気で満たされています」
「自然特有、魔素か」
「いいえ、魔素に変換される前のエネルギーです。
私達は神霊素と呼んでいます」
さっき僕が言った魔素と主神の言っていた神霊素は違いがあるらしい。
魔素
万物の体内に吸収され、
『魔力』と呼ばれるエネルギー体に変換されるもの。
神霊素
神族ですら認識出来る者が限られる特殊なエネルギー体。
唯一、仙人となった者が会得する『仙術』にのみ用いられる。
「といった感じですね」
「丁寧な解説どうも。
しかし、神霊素って言うのはそんな特殊なものなのか?」
短く端的にまとめられた解説に僅かながら疑問を抱く。
『魔素』は僕の知っている事と合致しているから良しとして、
『神霊素』なんてものは聞いた事も無い。
しかも文献にも載っている記憶も無いんだ。
「人は力のみを欲していたので、そんな名前等は一切記されていません」
「あぁ、隠蔽して後世に恰も素晴らしい事をしたという様な内容だったので、仕方ないかもしれないな」
まぁ、そんな事はさておいて。
「じゃあ練習を」
「分かりました。
ではそこに座って下さい」
「どんな座り方でも問題ないか?」
「胡坐でお願いします」
「わかった」
僕はその場で座る。
「目を瞑って下さい」
「わかった」
「最後に、魔力操作をしてみてください」
待て待て待て、
それ熟練の魔法使いでも出来ないやつだよね?
し、初っ端から超絶高度な技術を求められたな。
「既に神霊素を取り込んだ上に、
仙術の基礎を習得済みのダレンさんが言える事ですか?
これだけで既に大半の神達が心が折れるんですからね」
「僕で4000年はかかりましたからねぇ」
「それはダレンさんが特殊なだけで、
他の神達ならその2倍は時間がかかりますよ?」
要領が悪い僕が途方も無い時間をかけて習得した流れの筈なのに……。
「神族と人の寿命の差を考えて下さ~い」
「はい?」
「神族って寿命の概念殆ど無いよね。
僕、人族。平均寿命、いくつ?」
「えっと、70歳辺りですかね。
………、あれ?」
こんのクソ主神。
人の事を化け物扱いしやがって(怒)
漸く気付いたか。
「申し訳ありませんでした…………」
「分かってくれて助かります」
「で、では、魔力操作を」
「わかった、やってみよう。
どうすればいい?」
やってみない事には始まらない。
そうやって時間をかけて一つ一つ習得していったんだ。
目を閉じた僕は次の指示に耳を傾ける。
「ダレンさんは魔法の類に触れる職に就いた事があるので分かる筈です。
ポイントは、体の中央付近、心臓周辺に意識を集中させてみて下さい」
僕は言われた通り、心臓付近に意識を向けた。
意識は辺りの僅かな音を消し去り、自らの流れる血液の音を消し去り、心臓の鼓動を残して全てを無音の聖域へと葬っていく。
そして、どれ位の時間が経ったのだろうか。
遂に鼓動すらも消え去った時、その奥に感じる微かな火を見た。
直感が告げていた。
これが魔力なのだと。
空気中を漂う魔素とは違う、
それが自らの体質に合う様に構成された不思議な力の塊は、そこから頑として動こうとしない。
果たして、僕はコレを操作出来るのだろうか。
この手のやつは基本、無理矢理動かしてはいけない。
イメージはアレ、そう、ストッパーだ。
だけど、完全じゃない。
ほんの少しだけど、魔力を自由に流せる所がある。
じゃあ、そこから少しずつ魔力を引っ張り出してみようか。
おおっと、体外に漏れ出るのは不味い。
一先ず体の周囲に纏わせる様にしておいて……。
駄目だ、どうすれば操作できる。
いや、これは操作ではない?
うーん、うーん。
ドクンッ ドクンッ ドグンッ
………ハッ、そうか、分かったぞ。
答えは“循環”だ。
この体に張り巡った無数の血管と同じ様に、魔力にとっての血管を構築するのか。
いや、血管にそのまま流せば。
やってみるか
僕は魔力を引き出し、流れる血液に流してみた。
「ダレンッ、ダメッ!!」
微かに主神の声が聞こえた。
あれ、何か間違っていたっけ?
あぁ、そうか、普通は魔力路を作るんだもんな。
そう考えたら、僕のやり方はどちらかといえば魔物と同じで、
「アッ、つッ」
クソ、滅茶苦茶熱いッ。
だが、この程度なら耐えられる。
「う、っく」
「ダレンさんッ」
「なん、すんなッ」
「…………!?」
何とかして止めようとする主神を手で制する。
あと少しだ、あと少し。
僕の全身から白煙が上がる。
熱が抜けていくと同時に、身体は次第に軽くなっていく事が分かった。
『≪魔力操作・混≫を習得しました』
よし、習得できた。何か種類違うけど。
「そんな、そんな事が出来るだなんて」
「でも、出来たぜ」
「なんて無茶な事をしてるんですか?
下手したらこの状態だとしても魂が死ぬ可能性が高かった筈なのに」
青い顔をして僕の事を心配する主神は、
物凄く驚愕した表情に変えて問い詰めた。
「僕は死を隣にして生きて来たんだ。
この程度、死ぬに値しない。
死なないよ、僕は。
例え死神の鎌が首にかかっている状態でも、だ」
「本当に習得なされたのですね」
「あぁ」
≪魔力操作・混≫
魔力路を必要とせず、自身の肉体に直接流し込む操作法。
魔力路を用いた時よりもロスが圧倒的に少ない。
基本的に魔物・精霊等が用いるスキル。
「……主神」
「は、はい」
「他も覚えた方が良いよな」
「はい、その方が良いかと」
魔物と同じだとか言われたら殺されてしまうからな。
他の≪魔力操作≫を所得に向けて、
僕は再び、意識を自らの肉体に潜らせた。
≪魔力操作≫
肉体に張り巡らせた魔力路に魔力を流し込み、
循環させる操作方法
才ある者が魔法の極致に達した時に見出せる
ただし、無駄な魔力を消費する
≪魔力操作・纏≫
肉体の表面に魔力を纏い、操作する操作法
近接格闘を行う者が身体強化を図る為に開発した
意外とロスが少ないのが大きな利点である
≪魔力操作・封≫
自らの魔力を体内に創り出した別の器に注ぎ込み、
封じる事で限界を超えて魔力を貯蓄出来るようになる
ただし、自らの魔力で封をする為、
貯蓄魔力量に比例して魔力を抜き取られる
≪魔力操作・解≫
≪魔力操作・封≫と対のスキル
封印に使われていた魔力も含め、
自らの封印を解き放つ
「よくもまぁ短時間で……」
「元魔法研究者に魔法使いの経歴持ちを舐めないでくれ。
全く、驚きの連続だよ。
少し考えたら分かる事だったのに、まだまだ足りないな」
「本当、恐ろしい限りですよ」
時間なんて気にしないで。とか、
もう思いつくままに頑張ってッ。とか、
色々言ってきてファイトー、てさ。
コイツ教える気無いだろッ!
「一通り出来るようになっけど。
次はどうするんだい?」
「はい。
次はですね、≪瞑想≫してください」
「それって東の国の人達が挙って習得したがるスキルだよね」
「相変わらず知識が豊富で助かります♪」
「それで、僕は≪瞑想≫を覚えればいいのかな?」
「はい」
さっきと同じ体勢でひたすら集中、研ぎ澄ますのだそうだ。
今度は何も考えなかった。
ひたすら“無”を貫く。
同時に全神経が一斉に逆立つ感覚に陥る。
魔力操作に似ても似つかない不思議な感覚だった。
特に集中してもいない。
にもかかわらず、自然と互換が鋭敏になっていく。
…
……
………
…………
『≪無心≫及び特殊スキル≪無想≫を習得しました』
『≪瞑想≫を習得しました』
……目を開けてみる。
「あ、どうでした…わっどうしたんですか?」
「どうと言われても、スキルを手に入れたから」
「あの、さっきから表情がありませんが、あの、大丈夫ですか?」
主神はソロソロと近づいて僕の顔色を確認しながら声をかけてくる。
「あぁ、大丈夫らしい。
にしても、気持ちが悪い位簡単に手に入るんだな。
皆が一喜一憂しているのが漸く分かった気がする」
「あのぅ、そのスキルって、
もしかしなくても≪無想≫ですよね」
「≪無心≫のついでの様に出て来たけど」
主神は大きく溜め息を吐いて「良かった」と言った。
「普通は≪無心≫の時点で皆さん躓くのですが」
「偶々でしょう」
「そうですか?」
「あぁ、偶々だ」
主神の脳天に“?”が一杯浮かべて美人な顔をアホみたいに顰めている。
こうして見ると面白いな。
「ダレンさん。いま、失礼な事考えていましたよね」
「さ、何の事やら」
≪無想≫で感情の起伏を平常に保った状態でサクッと問いを避ける。
「あと、しっかり≪瞑想≫は習得したらしいぞ」
「やっぱり以上ですよ、その成長速度は」
「そこを気にしている暇があったら、次に行ってくれます?」
「分かりました」
≪無心≫
感情を一時的に停止させるスキル
≪無想≫
≪無心≫の上位互換
≪瞑想≫
集中しやすくなる。
身体の感覚が研ぎ澄まされる
激情に呑み込まれなくなる
「次、いよいよ本命ですッ」
「神霊素の操作と仙術の鍛錬」
「はい」
「どうする」
「御自分で試されては?
あんな呼吸するかのように仙術を扱っていたのです。
大丈夫です。やれますよ、ダレンさんは」
「……はぁ、分かった。試してみよう」
結局一人で出来てしまっている。
主神、頼むから何か教えてくれ。だなんて言えない。
あの感覚っていうのもな、
実はもう神霊素が何なのか分かった気がするんだよなぁ。
まるで生命力で満ち満ちた、とても落ち着く感覚。
だけど、少し違う。
自然そのものを纏った感じかな。
「良い調子です」
これでいいのか。
ふわりと心が静まる。
さっきの様な張り詰めた感じではない。
これは寧ろ逆で、脱力する感じだ。
「では試しに目の前に拳を振ってみて下さい」
「ん、こうか」
割と本気で正拳突きをしてみた。
ブワンッ!!
「わっ」
振り抜いた拳の下、地面が前方に向かい抉れていた。
「これは」
「綺麗な力の奔流。
神霊素を取り込んだ貴方の拳から放たれたのは、気功といいます」
「気功?」
仙術の話じゃなかったっけ。
「仙術の攻撃基礎にある技です。
神霊素は仙力の源。
ダレンさんの仙力の量は化け物染みています。
流石ですね」
「揶揄っているだろ」
「呆れているだけです。
途方も無い異常な数の可能性と未来を、
その身一つで掴む貴方に」
心底といった感じで溜め息を吐かないで貰えないかな。
僕だって好きで長く生きている訳じゃないんだから。
「他に知っておいた方が良い事はないか?」
「いいえ、後はダレンさんが身体で覚えた方が早いです」
「……丸投げ、なんて事は?」
「そんな事はありません。
そもそも、貴方は型に嵌った事は覚えられないですよね」
「まぁね」
「どんなに上手く教えられるよりも、
自らの感覚に身を任せて同じ原理に行き着く方もいますから」
ほうほう、自分で見出した方が早い感じか。
「それでいいのかい」
「貴方は天才ですから」
「直球で言われるには慣れないな」
「知っています。
知っていて言ったんです」
そう言われて僕の心は少し暖かくなった。
何時振りだろう、こんな会話をしたのは。
「誰も気付いて下されないのですもの」
「変わらないさ。
それは何度も生まれ直した僕だからこそ分かる」
そうさ、いつだって僕は最底辺で捨てられ続けた。
僕が誰かを救い上げても、
僕が誰かに掬い上げられる事はない。
いつしか救いを忘れ、
気が付けば更なる底へと落とされる。
気付かれず
見向きもされず
ただそこにあったものとして処分される人生。
「貴方は自由に生きて良いのですよ」
「あぁ」
そして、僕は此処に立っている。
神が創り出した世界の真ん中、
新たな力が僕を締めつける鎖を引き千切る。
その光景を見えているのだろうか、
主神は穏やかな、漸くといった様子で安堵の笑みを浮かべていた。
「縛られないで ダレン」
言の微風と共に主神の手がそっと僕の頬を撫でる。
「あ、ぁぁ」
あれ、何で僕は、泣いているんだろう。
「おかえり ダレン」
いつの間にか流していた涙に濡れた僕を抱き寄せる。
この時、僕は心の底から救われた気がした。
心が解けていく。
極限まで静まる精神とは裏腹に、
どんどん軽くなっていく僕の心。
まるで生まれ変わった様だ。
昔の、英雄や勇者への憧れを抱いていたあの頃に戻っていく。
「大丈夫ですか?」
主神が抱き締めたまま僕に問う。
「あぁ、大丈夫だよ」
「……良かった」
そう言って、主神は僕を名残惜しそうに離れる。
「行きますか?」
「あぁ、行って来るよ」
僕はそう言っていつの間に出来ていた後ろの扉に身体を向ける。
僕は淀み無く、澄み切った調子で歩く。
約4000年の間に付き続けていた苔や不純物、
それら全てが剥がれ落ちた清々しい気持ちで。
「ダレンさん」
ドアノブに手を掛ける瞬間、主神に呼び止められる。
「? どうかしたかい?」
そう言って僕は振り返る。
瞬間、僕の身体は凄まじい硬直を見せた。
振り向き様に見たのは、目を閉じ、紅潮する主神の綺麗な顔。
同時に優しく触れる彼女の口許に。
キスをした。
その事に気付くのに少々の時間を要し、
理解するのに更に時間が掛かった。
まさか、まさか、僕が神と口許を交わす日が来るとは、
何の間違いでこんな…………。
完全なパニック状態に陥っていた。
「……初めて、貰っちゃいました♪」
「なっ」
顔を更に赤らめながらそういう主神に動揺する。
「ダレンさんに、私の加護が在らん事を、」
え、は? 加護?
「えへへ、サービスです。
折角なので、いつでも私と話せるようにしておきました」
「……それってかなりなサービス?」
「はい、ちゃ~んと身体機能の補正も入っていますから。
今度はすぐ死んじゃダメですよ」
「ははは、善処するよ」
やっぱり面白いな彼女は、
主神らしさが欠片も無い。
思わず笑ってしまう。
「あ~、笑うとか無しですよ。
私の努力、不意にしないで下さいね」
「いや、すまない。無駄にはしないさ」
「約束ですよ」
「はいはい」
いい加減に返すと「真面目に返事してください~」と、言いながら両手をワタワタ動かすのが中々面白く感じるようになってきた。
まぁ、これからは何時でも話せるんだからいいか。
「それじゃ、行って来ます」
「行ってらっしゃい」
主神の声に、笑顔で返事をして、
僕は再びドアノブに手を掛ける。
「私は 主神イシュタルは
愛しき貴方の幸福を願っております」
扉の先の純白の世界に身を乗り出した。
その後ろでそんな声が聞こえた。
そうか、彼女は『イシュタル』というのか。
なんだ、名前まで綺麗だったのか。
そんな事を考えている内に、
僕は純白の空間に溶けるように意識の瞼を閉じた。