Episode09 「そろそろ終わりにしないとな!」
「クララ大丈夫なのか?」
「えっ、ああ、……うん、もう降ろしてもらっても大丈夫だよ」
リーノに横抱きにされたクララは顔を赤らめ、シュピナーグの前で降ろされる。
「おいおい、無理はするなよ。肩なら貸すから」
重力のあるここで、モビールに乗せるには抱えていてはままならず、ゆっくり立たせるとリーノは左肩をクララに傾けた。
「ああ、大丈夫だから、気にしないで」
「どういうことだよ。骨折ったんだろ?」
不自然どころではない曲がり方をしたのを、リーノは見ている。
あんな骨折の仕方をして、自立できるはずがない。
「本当に平気、だって私のイズライトは筋肉操作だから。だのにあの人の支配に逆らえなかったのは悔しいけど」
しっかりと自らの足で立ち、梯子をよじ登ってシュピナーグのサブシートに座る。
「筋肉操作?」
「うん、腕力が必要な時は腕に、脚力を増したいなら足に、私は自分の筋肉を意識的に自由に割り振りができるの。って、言葉じゃあ解りにくいよね」
いや、今の説明で十分に想像できたのだが、クララは自称通りに頭を使うのは苦手なようだ。
「じゃあ、もしかして最初から歩けたって事か?」
「ぐっ!」
歩くどころか走る事も問題ない。
クララの筋力操作があれば、ギブス以上の強度で体を支える事が出来る。
「それって、本当ならもっと早く戻ってこられた?」
「い、いいじゃない。私だってお姫様だっこに憧れてたんだから」
自分が人よりも、身長も体格も大きい事を自覚しているクララは、あんなに力強く抱きかかえてくれた事が、それだけで嬉しくてしょうがなかった。
その相手が大切な思い出の残る幼馴染みであることで、新たな感情が芽生えている事も実感している。
「けどそうか、心配がないのは助かるよ。けど帰ったらちゃんと治療は受けろよ」
「言われなくても分かってるよ。でも心配してくれてありがとね」
それでもこの作戦終了までは問題ないからと言われ、リーノはそれでも報告は必要だと、警察の上司に連絡を入れさせた。
「うぅ、怒られたじゃない。リーノの所為だからね」
ラリーが言っていた燻し銀の古狸、クレマンテ=アポース巡査長。
後でラリーが酒を飲むついでに教えてくれた、アポース巡査長は警察機構きっての切れ者で変わり者だと。
警察一の成果を生み出す実力者は、上層部に睨まれ、キャリア組に疎まれて出世の道は絶たれたが、そんな物には興味も示さなかった。
非法規的行動も厭わない実力主義であったが為に、ラリーとの繋がりもアポースの捜査活動の中で培われたものだった。
『そんな事でいちいち連絡をしてくるな。ガキじゃああるまいし、テメェの事はテメェでケツふけ!』
あまりの大声に、リーノにもしっかりと聞こえてきた。
「とにかくベルトリカに戻るから、クララはこのまま俺達と行動していいんだよな」
「そうだよ。新しい命令は来てないから、私もラリー船長の指揮下でこの後も行動する事になるわ」
宇宙空間に出たシュピナーグは敵の姿がない事を確認し、警戒を怠ることなくベルトリカに収容される。
『おかえりぃ、リーノ』
「はい、ただいま戻りましたティンクさん」
ラリーとカートはまだ戻っていない。
ティンクに状況の確認をすると、ここで繰り広げられていた戦闘はすでに終了していて、残党はみんな惑星に降りていったのだそうだ。
『警察機構の機動部隊が追跡してったけど、ランベルト号とブルーティクスは周回軌道で待機するみたい』
そしてベルトリカチームも二人が戻ってきたら航宙船は残して、三機のモビールは警察に続いて降下していく手筈となっている。
まだ少しだけ時間があると言う事で、クララの足を治療器で少しでも楽にしてやろうと、メディカルルームにやってきた。
「やぁ、おかえりリーノ」
「はい、ただいま戻りました。ミラージュさん」
戦闘後の船体チェックをしていたオリビエが、治療室に隣接する機械室から出てきた。
「リーノ、そちらはどちら様?」
「ああ、クララにも紹介しとくよ。オリビエ=ミラージュさん、このベルトリカの整備担当の先輩なんだ」
目元を隠すゴーグルを付けていて、表情は読みづらいが、小柄で華奢な体は子供のように見える。
「ほえぇ、小さいのにすごいんだね」
「おい、失礼だぞクララ、ミラージュさんはこう見えて!」
「ああ、いいのいいのリーノ、僕がどんな風に見えたって、僕がする事は変わらないんだから」
緑の髪は短く、散切りでより幼く見える。
黄色いつなぎには所狭しと工具が押し込まれている。
「はぁ、ミラージュさんがそう言うなら、えっと、そんでこっちが警察機構の……」
「クニングス巡査であります。よろしくお願いします」
リーノは治療器を使いたい事をオリビエに告げ、クララの足の治療を開始した。
「そんじゃあ俺はコントロールルームに行ってるから」
クララとしては暇潰しを付き合って欲しかったが、作戦中に我が儘は言えない。
「ティンクさん、お二方はまだ戻ってこられないのですか?」
通路に出て向かったコントロールには、ラリーが一人で、いやリリアと二人戻っており、間もなくカートもドッキングすると教えてくれた。
「お戻りだったんですね、ラリーさん」
コントロールルームの隔壁を潜ったリーノは二人の姿を確認する。
「リーノ! やっと会えたぁ」
「もしかしてラリーさんと一緒だったの?」
リリアがリーノに気付き、ラリーが声を掛けるより早く飛んできた。
「ちょっ、痛い!? 痛いって!」
リリアはリーノの右耳を摘んで、思いっきり勢いを付けて下に引っ張った。
「浮気は許さないわよ」
「浮気ってなんだよ。俺まだ恋人もいないのに」
リーノはリリアがなぜここにいるのかの理由を、本気で忘れている。
リリアのショックは大きく、キャプテンシートに降りて、羽もシオシオになるほど力が抜けてしまう。
「リーノよ、女には優しくしてやれよ」
「はぁ、……?」
自分の事を棚に上げるラリーの言葉の意味が今ひとつ掴めないが、首を縦に振るリーノの反応を確認し、二人は話題を変えた。
「マーカーを潰されましたけど、どうするんですか? もう追跡の手段がありませんよね」
「その前に聞いておきたいんだがな」
ラリーが気にしているのは奴の事。
仇敵のいきなりの登場は想定外だった。
預かった少年が無事で何よりだったが、一歩間違えれば取り返しの付かない事に成りかねなかった
「あいつって、何者なんですか?」
「ヴァン=アザルド、広域指名手配を受けているA級クリミナル・ファイター。能力はお前も体感した通りだ」
触られてもいないのに体の自由を、こちらの気付かないうちに奪われる。
違和感も不快感もないままに操られる恐怖。
「それで聞きたい事って?」
「お前、あいつを倒せるか?」
「えっ? ……戦いようはあると思います。でも一人じゃあ厳しいとも思います」
敵の命令に逆らう術が見つからなければ、勝つイメージも浮かべる事が出来ない。
「それでいい。いいか、今後あいつに出会しても、逃げる事だけを考えろ。今のお前がとれる最良はそれだ」
カートも戻ってきたので、場所をレクリエーションルームへ移す。
「この小惑星群にある奴等のアジトは、全て取り押さえたと警察が言っていた」
『オープンチャンネルでテロリストの放送が始まるよぉ』
カートは宇宙での残党狩りは完了したと報告する。
ティンクはモニターを点けて放送のチャンネルに繋げる。
『パスパード政府、並びに銀河評議会に要求する……』
テロリストの要求はパスパードの現行政府の解体、銀河評議会からの脱退、新政府の樹立と、大風呂敷もここまで広げられるものかと関心してしまいそうになる。
「ソ、ソア!?」
画面に移されるのは、拉致された少女が一人。
『この少女が無事でいられるのも限られた時間である!』
奴等の切り札はカードが一枚。
そんなもので星一つの命運を握ろうとする。
「無茶苦茶じゃあありませんか?」
「落ち着けリーノ、あいつらはもう詰みだ」
『警察機構の包囲網は完了したって、いつでもいいからって連絡入ったよ』
過激派のほとんどは地上の拠点にまとめる事が出来た。
そこさえ攻略すれば掃討完了となる。
「それじゃあ俺達も急いで降りましょう」
「あん? 何言ってんだ。警察が段取りよく奴等を固めてくれたんだ。俺達の仕事はもう終わりだ」
「何言ってんですか、あの少女を無事に保護しないと、なんでそんなにテロリストが自信満々なのかは分かりませんが、とにかくソアを……」
「だから落ち着けって」
ラリーはリーノの額を人差し指で弾き、これ見よがしになんの変哲もないスイッチを取り出した。