Episode08 「ヤローが絡んでいたのかよ!」
『あっぶねぇやつだな。ははっ、あのいかれた英雄の子飼いらしいな』
この距離で当てる気で撃てば、目を閉じていても当てられる自信があった。
だがリーノの放った銃弾は、男の右を通り過ぎた。
何度も何度も撃ち続けるが、一発も当たらない。
もしかして、男が自分と同じ能力ならば避ける事もできるのだろうか?
リーノはそうも考えた、しかし男は避ける素振りも見せずに、弾丸の方が避けているように思える。
『なんなんだ、こいつ』
何らかのイズライトを持っていて、それを使っているのは間違いないだろうが、それが何なのかは想像もつかない。
重力制御が戻り、エアーが室内を満たす。
『はぁ!』
クララが飛びかかるが、それも彼女がふざけているかのように空を切る。
「おお、いい乳してんじゃねぇか、お嬢ちゃん」
ヘルメットを外した男が伸ばした手はクララに届き、痴漢行為は成立し、彼女は慌てて離れる。
「若い娘はいいね。気密服の上からでも、ハリの違いがよく分かる」
『いいオッパイだって私、触ってみる?』
リーノも一度照準を外して、ヘルメットを外す。
「お前、余裕だな」
「そう思う?」
同じようにヘルメットを外すクララは、緊張で体を硬くしているようだ。
「初々しいね。おじさん赤面しちゃうよ。お嬢ちゃん、なんなら俺といい事しないか?」
「ふふっ、私に許可なく触っていいのはリーノだけよ」
クララは怯むことなく果敢に飛びかかるが、それこそ男に許可をもらわなければ、触る事すらできないようだ。
「クララ、考え無しに飛び込むな」
得体の知れない恐怖を感じながらも、考える事を苦手とするクララは体が勝手に動いたのだろう。
男は一歩も動くことなく猛攻を凌いだ。
猪突猛進でフェイント一つ挟まないクララの攻撃は、戦い慣れた者なら躱すのは簡単だろうが、動かない相手に当てられないのはやはりおかしい。
「今のお前等にそいつの相手は無理だ。俺に替われ」
クララが間髪入れずに跳ね回るために狙いも付けられず、隙を窺っていたリーノは声の主に顔を向ける。
「ラリーさん!」
リーノにとって最強の援軍の到着に、少し気が抜けたその時。
「油断してんじゃあねぇよ。リーノ」
顔面目掛けて拳が飛んでくる。
「なっ!?」
ラリーの得意とするインパクトナックル。
前腕に填めた籠手に仕込まれたブースターで、加速された正拳がリーノの眼前で寸止めされる。
「しっかりしろ」
仰け反ったリーノは、ラリーの拳と自分の頭との間を、銃弾が通過するのを目にする。
「何が起こったんだ」
リーノを撃ったのはリーノの持つクデント、トリガーを引いたのはリーノ自身。
「とは言え相手が悪い。ってのが正直なところだ。おい新米警官、ウチのルーキーとモビールまで下がれ、ここにはもう用はない」
ラリーは謎の男に正対し、被保護者を庇って前に出る。
「お、俺なんで……」
リーノはなぜ自分で自分を撃ってしまったのか? その謎が解決できず混乱している。
「それがこいつの、クリミナルファイターであるヴァン=アザルドの能力だ」
その名前にはリーノもクララも聞き覚えがあった。
Aランク凶悪指名手配犯。
数多くの犯罪行為で、殺害された被害者は数え切れないほどに昇っている。
「こいつは任意の相手の末端神経を操れるのさ。それも操る相手に気付かれないままにだ」
クララは跳びはねる瞬間に足の神経を乗っ取られて、目標を逸らされていた。
リーノも手首の角度とトリガーを引く指を操られて、危うく自殺させられるところだった。
「久し振りだな犯罪者」
「なんだよ。結構楽しかったのによ。勇者様はせっかちでいかんね」
ラリーの指示に従おうと、クララはリーノの側まで下がってくる。
「もうお遊びは終わりかい? お嬢ちゃん」
発砲をしないように銃をホルスターに納め、ウィスクを使ってロックをする。
こうすれば末端神経を乗っ取られても、ロックを外すにはリーノが意識してシステムにアクセスしないといけないので、未然に最悪の事態を防ぐ事ができる。
「早くいけ!」
「ラリーさんは?」
「俺はこいつとちょっと遊んでいく。なに、それなりに対処法ってのはあるんだ」
ラリーは言い終わる前にダッシュを開始、ヴァン=アザルドに向かって突進する。
それではクララと同じ結果になるのでは?
しかしインパクトナックルを放つラリーは、間違いなく拳をヴァンにヒットさせる軌道に乗せて打ち出した。
「えっ、あれ? どうやって?」
流石に当てるまではいかず、簡単に避けられてしまったが、ヴァンが始めて回避運動を、見せたのは間違いない。
「簡単な手品だ。お前が銃をロックしたのと同じ、装備の制御を利用して殴りかかっただけだ。お前もこれくらいの芸当はできるように努力しろ」
インパクトナックルならいくらラリーが腕の筋肉を操られても、無理矢理軌道修正ができる。
気密服の下は紫色に変化した筋肉が悲鳴を上げているが、顔色一つ変えることなく、追撃を続ける。
「少し時間を稼いだら後を追う。今はお嬢様救出が優先事項だ。情報は手に入れた。次の段階に備えろ」
確かにここにいても足手まといにしかならないのは、リーノでも判断できる。
二人はヘルメットを被り、急いで部屋を後にしようとする。
「ぐっ、あぁーっ!?」
「クララ!?」
ヴァン=アザルドは若者等を逃がさないとばかりに、クララの左足を支配して、勢いよく壁を全力で蹴ってみせた。
左足のつま先は足首の辺りであらぬ方を向いて、クララは立っていられず、その場で膝を付いた。
「クララ痛みを堪えろ、後で治療する。今はここから逃げるぞ」
クララを横抱きに持ち上げて、リーノは後ろに目もくれず走り出す。
ヴァンの次の標的はリーノだったが、若者の走り出す速度は予想以上で、更にはラリーの猛追にあい、取り逃がしてしまう。
「おいおい、お前の相手は俺だって言ってんだろ?」
「はははっ、無理すんな。やせ我慢が顔に出てきてるぜ」
腕の攻撃用やバックパックのブースターと、肩や脹ら脛のエアースラスターに意識を集中し、操られる手足が圧迫される痛みに耐えながらの乱闘は、並の胆力では失神も有り得る中、連続攻撃をやめないラリーの顔は酸素欠乏の色も出てきている。
「……もういいや、お前と遊んでいる暇がないのは俺も一緒だからな」
ヴァン=アザルドは自前の銃を抜き出し、ラリーを牽制しながら距離を取ろうとする。
他に類を見ない特殊な能力を行使し続けているヴァンも、にやけ顔の下に隠している焦りが表に出そうなのを耐えていた。
しかしラリーは銃撃をものともせず、ナックルで銃弾の全てを殴り返し、仇敵をとり逃すまいと前へ出る。
この空前絶後の攻防戦は、唐突に幕を引く事となる。
「カートてめぇ、何しやがる!?」
逃げるヴァンが司令室から出たタイミングで隔壁が閉じられる。
リーノ達が引いたのと違うブロックに向かった事で、問題ないと判断した。
『お前がリーノに言ったんだろ、これで終わりじゃないんだ。早く戻ってこい』
「ちっ!」
手足の痺れは酷いが、動きを制限されるものではない。
基地内は静かなもんで、ダメージを気にするような事態は起こらない。
次第に冷静さを取り戻し、自分のモビールに戻る。
「おい、ちびスケ。大人しく留守番してたか?」
「おっそぉ~い」
ラリーのバックパックにへばりついた箱の中にいたはずのフェラーファ人は、アークスバッカーの中で冷房を効かせて寛いでいた。
「ねぇ、リーノは? 見つかったんでしょ?」
案内役を任せたはずのリリアが箱から飛び出した理由は?
「……そんなに暑いの苦手か?」
「暑いのなんて大ッ嫌い」
「お前さんは寒冷地の出身だったか、にしてもそんなにアイツが気になるなら、多少暑いくらいは我慢しろよ」
「未来の旦那様を気に掛けるのは当たり前でしょ。それでも暑いのはダメ。なんであの箱あんなに暑いの?」
さんざん調べたけど、仕様書が見つからず、もしかすると温度調節機能もあるのかもしれないが、結局調整法は見つけることができなかった。
「何でも何も、それを使っていたヤツは熱帯地方の出身だったんだよ。むしろそれくらいでないと簡単に風邪を引きやがったからな。箱に入るんなら現場に連れて行ってやるが、そうでないなら今回みたいに留守番な」
「えぇー!?」
今はただお喋りをしている時間はない。
ラリーはモビールを起動させて、小惑星基地を後にする。
「砲火は見えなくなってるな」
外の騒動もあらかた片付いたようだ。
ベルトリカのティンクに連絡を取り、残党はパスパードへと降下していったことを報告される。
「いよいよ最終フェイズだな」
因みにフェラーファ人用のBOXには、ちゃんと温度調節の機能が備わっている。
ただマニュアルを用意していなかったのは、製造者の落ち度だったそうだ。