Episode07 「若いヤツは元気じゃねぇかよ!」
敵のアジトがある小惑星に取り付くまでに、想定外の事態もあったが、どうにか目的の第一段階はクリアした。
マーカーの示す通りに数ある基地の中から、一番大きな施設に乗り込んだはいいが、現状をどう捉えたものかと頭を悩ませる。
「なんか静かだね。テロリストの姿が見当たらない」
「突入できたのって、結局俺達だけなのに、なんでこんなに誰もいないんだ?」
ともあれ空気があるお陰で、ヘルメットを外す事ができる。
バックパックに畳んで収納すれば、かなり動きやすくなる。
「装備の確認、ここを最終にするぞ。いけるかクララ」
体にフィットする宇宙服は薄く、それでも気密性は十分、尚かつ動きやすい。
「すごいスーツだな。確かに動きやすそうだけど、それは邪魔にならないのか?」
リーノが指差したのは、クララの主張の激しい大きな胸。
柔軟性の高いスーツは歩くだけで慣性が働く。
「へぇ、そんなこと言うようになったんだ。でもそれセクハラだよ」
「そう言うもんなのか? でもその自信満々な口振りからして、何の心配もなさそうだな」
若者にセクハラの加減は分かっていない。
女性の体型について興味を示したのかと感心したクララだったが、リーノはただ任務に支障がないのかを心配しただけ。
「これも含めて、計算して動けるのよ」
幼馴染みの男の子な反応を楽しもうとしたのに、肩すかしを食らって面白くないクララは、右手に銃の仕込まれたトンファー、“ヴァラキリア”を持って軽く体を動かす。
「いけそうか?」
「重力があって助かるわ」
リーノも銃を両手に構え、マーカーの指示通り走り出す。
これだけのモビールが出てくるなんて、誰も予想だにしていなかった。
警察機構の作戦参加が想定外の少数であった事も重なり、ラリーとカートはまだモビール戦を続けている。
囮役のはずの警察機構が役目を十分に果たせない代わりに、キャリバー海賊団のランベルト号が穴を埋め、敵のアジト周辺を襲う役割にあった、ジャッジメントオールのブルーティクスと無人艦載機。
警察機構のモビールも加わるはずだったが、その数もかなり激減され、代わりにベルトリカチームが突入することなく宇宙を飛び回っている。
ラリー達は気付いていないが、奇しくも敵のモビールの数だけ、敵基地は手薄になっていた。
ただこちらは大ピンチ。
ティンクの働きも大きく、ベルトリカは乗員のいないままに戦闘を余儀なくされた。
「くそっ、あいつ等が突入してから結構経ってるぞ」
『ラリー、ここはいいから先に行け』
カートのモビール“夜叉丸”は大型のマニュピレーターを二本携えており、その手には大きな刀が二刀流で捕まれている。
「お前ぇ今、そのセリフが言いたかっただけだろ。お前の夜叉丸は接近戦には特化しているが、この乱戦では本領発揮とはいかないだろう」
放火の飛び交う中、敵の懐に潜り込み斬りつけるなんて芸当は、この宇宙広しと言えど、そんなには存在しないだろう。
「よくもまぁ重力制御もなしにそんなストップ&ゴーが繰り返せるもんだな」
トリッキーな動きはパスパードの過激派組織の構成員が乗るモビール程度では、対応しきれるものじゃない。
センサーで追ってどうにか閉眼撃ちをしているようなもの、夜叉丸に砲撃を当てるなんて至難の業だ。
カートは縦横無尽に飛び回る。
「けどそうだな、あまりあいつ等だけに任せてもいられないな。ティンク!」
『なにぃ? 今、すんごく忙しいんだけど』
「なに、ブルーティクスのマグナ艦長に伝言を入れてくれるだけでいい」
『なんて?』
「少し遅れたが、俺達は予定通りに突入する。ベルトリカと一緒に後方のランベルト号に合流してくれとな」
ラリーのモビール、“アークスバッカー”と夜叉丸は、敵のモビールを数機引き連れて小惑星に向かう。
またブルーティクスの後退に合わせ、こちらの三倍ほどの数のモビールがあちらを追っていく。
小惑星への突入直前に、追ってくるモビールを一気に撃墜し、二人は潜入に成功する。
『ちびスケ、気密服の具合はどうだ?』
『いい感じです。って、えっ?』
『なんだ、気付かれていないとでも思ってたのか?』
重力制御が完全なラリーのモビールなら、乗っても安全と判断して、こっそり潜り込んでいたリリアが姿を見せる。
『付いてきたもんはしょうがねぇ、とは言えアークスに置いていくのも問題だな。勝手に動かれちゃあ面倒だからな』
ここがどれだけ危険な場所か分かっているのかどうかは別の問題、ここまで付いてきたヤツが大人しく待っているとは考えられない。
『まさかまたこいつを使う事になるとはな』
ラリーが取り出したのは小さなボックス。
箱を開けると中には小さな椅子があり、大きさ的には手狭だが、フェラーファ人が1人、どうにか入れるサイズ。
『ここに入っておけ、完全にとはいかねぇが、重力制御機能を持った箱だ。俺のバックパックにマウントしてやるから、中で大人しく俺の指示に従え、それが聞けないようなら眠らせてモビールに置いていく』
ラリーは曾て、昔の仲間が使っていたボックスにリリアを入れて、カートの位置を確認する。
『結構離れたとこに降りたなアイツ、おいちびスケ』
『もう、そのちびスケってのやめてよ』
『ちびスケはちびスケだろ。悔しかったらサッサとフェニーナになっちまいな』
『ぶーぶー』
『いいか、ちびスケ、簡単な作業だから覚えろよ』
ラリーはリリアに端末操作を教え、フェラーファ人は操作方法をしっかり覚え、基地内部のマップを元に誘導を開始する。
『さっさと終わらせて宴会にするか』
リーノは即席バディーの能力値の高さに驚いていた。
クララは身のこなしもさることながら、そのパワーには人ならざる物を感じる。
それが彼女のイズライトの持つ能力。
全身の筋肉を強化し、飛び回る脚力も、叩き潰す腕力も増して、大暴れにはもってこい。
「俺の援護なんて、必要ないんじゃないか?」
と言ってもリーノも遊んでばかりではない。
両手に構える銃は火を噴く度に、テロリスト達を一発で無力化していき、打ち倒した数を見れば、楽をしているのはクララの方だと言える。
「クララ、ストップだ」
周囲にまだどれだけの敵が残っているかは判らないが、もう一ブロック進めば、目的のエリアに出る。
「お前が持ってきてくれたマップ通りなら、この向こうが司令室だ。マーカーはその中から反応がある。多分ここで間違いないはずだ」
これだけ暴れ回ってここまで来た事は、間違いなくこの先の敵にも察知されているだろう。
真っ正直に隔壁を開いて入っていけば、蜂の巣にされるだけだろう。
「どうするの?」
中にソアがいるのだとすれば、ヘタに突入しても手も足も出せずに負けは確定する。
「俺にもよく分かんないんだけど、この辺りにある端末に、このメモリーを挿せば、後は何とかしてくれるって言われてる」
これを使う時はちゃんとヘルメットを着けるように注意をされた。
二人は指示通りにヘルメットを着用し、隔壁の横にある端末を見つけ、そこにメモリースティックを挿し込んだ。
暫くすると隔壁は勝手に開き始め、二人を驚かせたが、中は静まり返っていて、誰かが出てくる様子もない。
『なにかあったのか?』
静かなままの司令室に、通路のエアーが室内へ勢いよく入っていく。
いつの間にか二人がいる廊下は通路の隔壁が降りて、隔離された状態になっていた。
重力もカットされる。
意を決して突入するリーノとクララ。
中にいた構成員はザっと見て30人強、みんな窒息して死んでいる。
『空気が抜かれたみたいね。気密服を着てなかったから死んじゃったみたい』
『おい、待てよ! ソアは? あの子はどうなったんだ』
中も重力制御は解除されていて、浮遊している死体は全て、大人の男の物ばかり、少女の姿はどこにもない。
『ふぅ、おいおい随分と乱暴な事してくれんじゃあねぇかよ』
その通信は司令室の奥の方から飛んできた。
『誰かいるのか?』
リーノは排気され、重力を失ったエリア内のくすんだ視界の中、目を凝らして電波の発信源を確認する。
『随分と若造が来たようだな』
声からして男のようだが、ヘルメット越し、通信機越しの遣り取りではそれが本当の声かどうかは判らない。
『二人組っていうから、英雄様のご到着かと、心躍らせていたんだがな』
近付けば見えてくる、銀髪の前髪は右目だけを覆い隠すように伸ばされたアシンメトリー、確認できる左目は赤く、印象としては30代半ばほどの男。
『ここに女の子がいたはずだ。あの子はどこだ?』
左のホルスターに納め、一丁を両手で構え、男に向き合う。
『あの嬢ちゃんの事か? 嬢ちゃんなら最初からここにはいないぜ』
そう言った男の手に、ラリーがソアに着けておいたマーカーがある。
男が握り潰すと反応が途切れる。本物のようだ。
『あの子をどこへやった?』
『安心しろ、今頃は惑星に降りている頃だ』
その言葉を信用するかどうかは別として、ここにソアのウィスクの反応がないのは確か、クララが浮かんでいる死体の中に幼い姿はない事を確認してくれた。
『ここに誘い込みたかったのはラリーさん達だったみたいだけど、お前は何者だ? なんでお前だけが用意周到に気密服を着ていた?』
ソアの行方を追いかける前に、やらなければならない事がある。
リーノは有無を言わさずトリガーを引いた。