Episode04 「ぶっ壊したら勘弁しないからな!」
通常空間に復帰したと思えば、辺りは多くのモビールが出口付近で待ち伏せをしており、リーノは大人しく牽引ワイヤーを接続して曳航の指示に従った。
「なにしてんのよ!?」
「いや、だってちょっと普通じゃあないでしょ、この数」
勧告無しにレーダー照射を受けて、反撃の準備もできていないこちらとしては、問答無用で抵抗しても撃墜されるのは火を見るより明らか。
「ひぃ、ふぅ、……38って、囮はどうなってんだ?」
「囮なんていないわよ。最初ッから」
「はぁ?」
牽引ワイヤーを通して、コントロールの一部を相手側に譲渡し、リーノはコンソールから手を放す。
タンデム仕様のリーノの機体、前部座席に座らせているソアは澄まし顔。
「だってあいつ等の狙いは、あたしなんだから」
つまりはデータではなく、端から誘拐が目当てと言うことか?
「だったら捕まるのはマズイか……」
「何を今更」
大人しく従っているから、今のところ手は出されていないが、相手のモビールは全機がレーダーを切らずにこちらを囲っている。
「ソアは絶叫系のアトラクションは得意かい」
「そんなの知らないわ。乗ったことないもの」
「うーん、だとすると念のために」
リーノはキーボードを操作し、ソアのシート側の酸素マスクを取り出す。
「一応それを着けておいてくれ。それとシートベルトもロックするから少しキツイかもしれないけど、ちょっと我慢してくれよ」
ホンの軽く、少しだけきつくシートベルトに締め付けられるが、特に文句を言うほどではない。
ソアは言われるままにマスクも着用し、肘掛けを力一杯握りしめた。
「さぁ頼むぞ! “シュピナーグ”、最大加速でこいつ等を振り切るぞ」
ゲートウェイに入る前と違って、制限を受ける標識は一つもない。
牽引ワイヤーの接続を解除し、リーノはコンソールの上を、指を滑らせるかのように走らせる。
賊はワイヤーを通して、こちらのコンピューターを乗っ取ろうとしてきてはいたが、今のところ問題はどこにもない。
シュピナーグには大きな粒子加速砲や小型のミサイル、機関砲などの武装が施されている。
まさか38機ものモビールを、まともに正面から相手にするわけにもいかない。
使い古された手だが、効果的に威嚇をしてから逃亡、一連の動作としてはそれが最も成功の確率が高い。
教科書通りの行動だが、他に方法も思いつかず、連れが小さな女の子だというのに、リーノは愛機の持つ能力を最大に活かし、その場で高速回転して、全方位に向けて機関砲をぶっ放し、二十機近くの敵機は被弾し、一気に最大加速を掛けて離脱した。
「なっ、なんなのよ、このモビール!? 今の動きで体に負担を全く感じないなんて、ここが無重力であることを差し引いても、有り得ないわ」
酸素マスクを外して、振り返るソア、まだ加速中なのに全く苦しくない。
「俺もよく分かんないんだけど、無暗に壊すな、修理だけでも信じられないくらい金がかかるからな。とは言われてる」
半数を失ったが戦意を損なうことはなく、賊はこちらを逃がすまいと追ってくるが、シュピナーグの最大速度には敵わず、ドンドン引き離されていく。
距離が開いて、連携が取れるようになったモビール群は発砲を始める。
「撃ってきてるわよ。反撃しないと」
「大丈夫だよ、この程度の砲撃ならフィールドが防ぎきるから」
リーノは安心すればいいと、務めて冷静に問題はないと言ってのけるが、内心は冷や冷やもの。
シュピナーグのスペックデータを見た時は、養成所で教習に使っていたモビールの基本能力値から、あまりに掛け離れた高性能ッ振りに、ガキみたいに興奮を覚えたものだ。
だが実際に絶体絶命のこの場面に置かれては、緊張感もハンパない。
しかしそれをこの少女に悟られる訳にはいかない。
「えっ、何の音?」
ソアが驚く、コクピット内に異常事態を示す警報が鳴り響く。
「なんなんだ、こいつ等。戦艦まで出してくるか、普通?」
星間船である航宙船ベルトリカよりも更に大きい巡航艦が進路場に現れる。
「どうすんの? このフィールドって艦砲も防げるの?」
そんなことを言われても、リーノだってどうすれば打開できるのか、見当も付かない。
「端末、借りるわよ」
言うが早いか、ソアは左胸のポケットから掌サイズの何かを取りだし、コパイシートの端末コネクターに差し込んだ。
少女が両手を目線の高さで広げると、宙に現れる青く光る入力コンソール。
リーノが見たのは驚くべきスピードでのオペレート。
ソアの前にはコンソール同様に宙に浮かんだモニターが、彼女の操作に合わせて文字列を並べていく。
「へぇ、すご、これって、まさかだけど、いやでも、やっぱり……」
大きな独り言が止まないソアは、暫くすると手を止めて後ろに振り向く。
「ねぇ」
「ちょっ、ちょっと待って、今はすごいことになってて!」
「すごい?」
再びモニターに向いたソアは絶句する。
「なんで直撃食らったヤツが復活してるの?」
「ああ、そりゃあ撃墜した訳じゃあないからな」
先ほど派手に撃ちまくっていたのは通信用レーザー。
ただ通信用とは思えない高出力のレーザーを受けて、敵モビールは機動システムに混乱が発生し、一時機能を停止させた。
しかしそれは本当に一時的に過ぎなかった。
「そんな物で何とかなると思ってたの?」
「いや、さっきまで何とかなってたでしょ。あんな大物が出てくるなんて想定外だって」
巡航艦はシュピナーグが射程に入るやいなや発砲を開始し、リーノは野性の勘を働かせてか、危なげもなく熱源を避け、間もなく戦艦の脇を通過。
「このまま逃げるか? 背中を向けてじゃあ、流石に避けられないよな」
「えっ? もしかしてリーノって、砲撃を目で見て避けてたの?」
「そりゃあ、そうだろ。見なきゃ避けらんないよ」
驚くべき事だが、どんな動体視力を持ってすれば艦砲を、機械の補助も無しに躱すことができるのだろうか。
「……見えていれば避けられるのね」
「ああ、できるよ。多分……」
背中を向けるのは危険だと、巡航艦の周りをぐるぐる飛び回り、追いついたモビールからも追い回されていると、直ぐにソアからモニターを確認するように言われる。
「OSがまさか基本設定のままとはね。取り敢えずは急ごしらえだけど、索敵データをあなたのパーソナルコミュニティー“ウィスク”に接続するわ。ウィンドーに表示可能よ」
今や学生も左手に巻いているコミュニケーションツール。
通信はもちろん宙に浮かぶモニター回線で顔を見ながら、ゲームやテレビ番組も楽しめ、様々なユニットと接続が可能。
ソアのようにポケットに忍ばせたコンピュータと繋げて、どこでもオペレートができる。
などなど……。
そうしてやっつけで組んだとは思えないアプリケーションの助けを借りて、リーノは全方位の状況を見て取れるようになる。
「なんだこれ、すげぇ!?」
「ちょっと待って、それじゃあ頭で処理しきれないでしょ。システムサポートを……」
「いや、これで大丈夫だ。すげぇ、全部、全部分かるぞ」
「ついでに通信レーザーにも細工しておいたから、もう一度モビールを打ってみて」
このシュピナーグが備えている通信レーザーは、コスモ・テイカーが簡単に所持を許される装備ではない。
着弾した相手は問答無用でシステムに無理矢理接続される。
高度な処理速度と能力を持つ小型機は、駆け出しテイカーには勿体ない代物。
だけどリーノの身体能力は、これに見合った高いものだと言える。
言われるままに乱射をするレーザーは、瞬く間に敵モビールの半数を機動不能に陥れていく。
「なにがどうなったんだ?」
「なんで通信にこんな高出力が出せるレーザーが使われているのかは分からないけど、ならそれで敵機のシステムを焼き切ってやればいいって思ったのよ」
いくら高出力とは言っても所詮は通信用、後で機体を調べたところで、被弾箇所なんてどこにも見付からない。
「これなら敵が後からなんと言おうと、こっちを訴える事なんてできないでしょ?」
「そうなのかなぁ、けどこれならこいつ等を残らず動けなくして、そうすれば逃げ切れるかも」
集中砲火を浴びているにもかかわらず、事如くを避けまくる動体視力と、リーノの反応に応えてくれる高性能な機体は、かすり傷一つ負うことなく、敵ビークル軍団を沈黙させる。
「これ、戦艦にも効くかな?」
「無理に決まってるでしょ!? 小型機のフィールドくらいならともかく、戦艦のシールドを抜けるわけないから」
それこそエンジン出力が違いすぎて、小型機が太刀打ちできるはずもない。
ここは大人しく逃げるのが一番。
だがリーノは調子に乗って巡航艦に近付き、レーザーを照射。
「やっぱりダメかぁ」
主砲はもちろんのこと、副砲でもモビールの火力を上回る巡航艦に小細工は通用しない。
「最高速にしたって向こうの方が上だよな」
一対一の戦闘を行えば、勝率はモビールが断然高いが、撃ってこないと分かっているこちらに、戦艦は遠慮を一切してこない。
「ちょっと待って」
「今度は何?」
「新手が現れたわ。数も多い、……小型機22機、軽戦闘艦2基、大型艦1隻」
一難が去っていないのに、また一難。
退路を探るが、包囲の仕方が先程までよりも巧妙で、逃げ場が見当たらない。
リーノは粒子加速砲の安全装置を解除した。