Episode03 「もっとよく考えて行動しろ!」
お茶をしながら、少女ソアの話を聞くこととなったリーノ。
「仕事って、俺は今日は休養日で、勝手に依頼を受けたりとかはできないんだよ」
女の子は困っている様ではある。
このまま見捨てるのは忍びないが、プロのテイカーとして、勝手な行動は慎まなければならない。
「それじゃあ、友達のお願いを聞いてよ! それならいいでしょ」
イチゴのパフェを堪能しながら、さもありなんと方向転換。
「お友達ってさっき会ったばっかだし」
「そうよそうよ。図々しいのよ」
どの口が言うと突っ込みたくなるリリアの一言。
「君は俺に仕事を頼むと言ったよね、それは友達が手伝いレベルでできることなのかい? どこに送り届ければいいかは分からないけど、暴漢に襲われる覚えがあるって言うなら、ちゃんとした依頼を然るべきルートで、きちんと手続きを取ってもらわないと」
養成所で最終試験にも出た注意事項を説明するリーノ、ソアは少し考える素振りを見せて、直ぐに顔を上げる。
「襲われた理由なんて知らない。一人旅をするあたしを誘拐しようとしたんじゃあないの?」
「いや、それにしてもあの黒服の二人って、君に関係のある人達だよね」
ほぼワンパンチで仕留めはしたが、ソアの腕を掴んでいた力が弱すぎたことが気になっていた。
加えて齢12歳の少女が、いくら威風堂々とした見た目通りの性格だとしても、恐い思いをしたというのに、あまりにも落ち着いているのが不自然でしょうがない。
「強ちバカって訳じゃあないのね。それじゃあどうしても、あたしのお願いは聞いてもらえないって事?」
「うん、そうだね」
自分は直球思考であると自覚しながらも、猪突猛進をやめられないと痛感しているリーノでも、流石に首を縦に振ることはできない。
「そう、……それじゃあリーノ、あなたに誘拐犯になってもらうしかないわね」
「って、どういう事?」
体の半分くらいの大きさのパウンドケーキに、夢中になっていたリリアが顔を上げる。
あまりにも物騒な話になり、リーノも口元に運ぼうとしていたコーヒーカップをテーブルに置く。
「あたしがここで大声で騒いだら、簡単にあなたを誘拐犯にできるって話よ」
「そんなの、私が証言すれば直ぐに誤解を解けるわよ」
「ふふん、今さっき調べたけど、フェラーファ人って、調停法の下で特定保護を受けてるから、そこから出たばっかりのあなたみたいな人の話は、証言として採用されないのよね」
「ぬぅ……ぐぐっ!?」
リリアは自身で銀河評議会の事やらを調べているから、常識も弁えているが、ほとんどの妖精族は集落でのルールが全てで、その為に評議会ではフェラーファ人は特別扱いに、外に慣れたと見なされるまでは、調停法で線引きがされる。
「自分で言うのもなんだけど、あたしは見た目は幼女だからね。あんたを陥れるくらいは簡単にできるはずよ」
厄介な子供に捕まったものだ。
実際ここで騒がれたところで、捕まることはないと分かっているリーノでも、流石に面倒事は避けたい。
「しょうがないか、それじゃあ友達として、お願いを聞くしかないね」
一度置いたコーヒーカップを手に取り、残りを一気に飲み干して、深い溜め息を一つ溢した。
向かうのは惑星パスパード。
銀河評議会に加盟してから間もない、文明レベルの極めて低いが都市型として開拓の進む惑星だ。
新たな労働力として開発された人型のロボット、今までは作業に応じた制御プログラムを、一体一体に施していかなければならない、非常に高価な産業機械だった。
「ロボット制御用の画期的なプログラムを君が?」
「そうよ。で、そのプログラムディスクを持って行かないといけないの。あたしが」
その制御プログラムを作成したソアが行って、最終調整を行わなくてはならない。
これが成功すれば作業用ロボットは、いちいちプログラムを調整する必用がなくなる。
そうなれば技術者が、わざわざ現場に訪れる必用がなくなると言うことだ。
「君が? 本当に?」
「……嘘に決まってんじゃない。でもこのディスクの中身は本物よ。誰もがこんな子供が運び人だって思わないでしょ? だからパパに任されたの」
「じゃあ、あの黒服の人達は?」
「パパの会社の人、依頼したテイカーをあそこで、あなたにやったのと同じ方法で面接して、全員契約に至らなくて困っていたところに、リーノが来たの」
つまりリーノの体捌きを見て、これなら間違いないと判断されたと言うことだ。
取り敢えずの話は理解できた。
「信じるの? 今の話……」
「いや、信じるも何も判断材料がなにもないしね。取り敢えずはつき合うよ。そんでリリアにお願いがあるんだけど」
三人はスペースポートまでやってくる。
自分のモビールも、カートの物も駐機したまま。
「カートさん、まだ街中を見て回ってるのかな?」
はぐれたカートへの伝言をリリアにお願いして、ソアを同乗させた自分のモビールを発進させる。
リリアは万が一のために教えられていた手順で、カートの機体のコクピットハッチを開けて、中で待つことに。
音もなく浮かび上がるリーノの機体。
瞬く間に重力圏を抜けて、無限の宇宙へ。
「なにこの小型機? あなたが買ったの?」
「えっ? いやラリーさん、俺の保護者的な人が買ってくれたんだよ」
駆け出しのルーキーが乗るには、あまりに高性能なのが気になったソアが聞く。
そんなことが気になる少女と言うだけで、色々と怪しいのだが、リーノは細かいことには気も回らず、進路をこの宙域にあるゲートウェイに向ける。
囮としてソアの父親が、すでに目的地へ向かっているそうだから、こちらも少し急いだほうがいいのかもしれない。
「なんだ? この反応はもしかして……」
スペースポートで予定航路をターミナルに送り、許可を得たリーノの機体に、無断で接近するモビール。
明らかに宙航法に違反する行為だ。
「接触しようとしている? まさか君が狙われているのか?」
ノインクラッドの管制エリアを出た途端に急接近する機体。
心当たりは一つしかない。
「全チャンネルとも通信に応答無し、少しだけ進路を逸れて振り切ってみせるか」
急加速で躱そうとするが、距離を変えず追跡してくる未確認機。
不信航行とならないギリギリを蛇行するも、振り切ることはできない。
「すごいわね、このモビール。全然振動を感じない。こんなに小さな機体なのに、重力制御がかなり高性能なのね」
「そうなの? そんなにすごい物をもらったんだな俺」
そんな機体でも振り切れないのは、乗り手の腕の差がハッキリ出ているのだろう。
「最高速を出せれば簡単なものを! このままじゃあ、ゲートウェイまでに逃げ切る事はできないな」
思い切って接触をし、目的を明らかにして、蹴散らす手を思いつくが、冷静に考えれば、間違ってもしてはならない手段であることに気付く。
そろそろ減速しないと、ゲート公団から警告が出され、評議会警察機構の警察職員に取り締まられてしまう。
コスモ・テイカーである自分が、依頼でもないのに少女のお願いを聞いて、公的にはプライベートフライトをし、これで問題を起こせば、停職処分を受けるかもしれない。
「そんなことになったらラリーさんに殺されるよ」
鬼教官の顔が浮かび上がり青ざめるリーノ。
「レーダーにもう一機?」
未確認機の更に後方から、恐ろしい速度で接近する小型モビール。
スピード違反も気にせず、瞬く間にリーノ達と未確認機の間に入り込む。
「む、無茶するなぁ。一発免停もんだよ。……あれ?」
しかしお陰で未確認機は速度を落とし、リーノは法定速度でゲートを潜り抜けることができた。
「今のってカートさんの“夜叉丸”だったよな。助けてくれたんだ、よかったぁ~~~」
位相差空間であるゲートウェイに入ってしまえば、同じように追っ手があろうと、この中では手を出してくることは不可能。
ただしこの中では、通信も通常空間に送ることはできない。
事情はリリアが説明してくれているはず。
リーノは自動操縦に切り替えて、シートに深く座り直して、大きく溜め息を吐いた。
「なぁ、あれってやっぱり君を狙ってきたんだよな」
「分かんないわ。けど普通に考えたらそうでしょうね」
確かにこれは警察では預かってくれない案件だろうが、新米テイカーが首を突っ込んではいけない問題だったような気もする。
リーノはこの後の展開よりも、経緯をラリーとカートに説明しないといけない事に、今から頭を悩ませるのであった。