Episode17 「俺のこと忘れてんじゃあねぇだろうな!」
突然リーノの前に現れた男の能力は超加速力。
周囲を駆け回り、動きを捉える事ができず、クララとヘレンはあっさりとのされてしまった。
リーノは辛うじて対応できているが、いつものようにスローモーションになって敵の攻撃が手に取るように分かる。はずなのだが。
「分かったからって、こいつのスピードについて行けるって訳じゃあないんだな」
クララはのびてはいるが、身体能力の向上からダメージはそんなに大きくはないはず、心配なのはヘレンの方。
「人の事を気にしている余裕あんのかよ」
デルセン=マッティオと名告るフードとマスクを着けた男は、息を切らせることなく走り続け、手に持った特殊警棒で殴りかかってくる。
電極が仕込んであり、当たり所が悪ければ電気ショックで向こうの二人のように昏倒させられてしまう。
ギリギリでガードの上から受け流す事ができているリーノだが、敵が遊び半分だから立っていられるのが分かっているだけに、焦りが蓄積されていく。
デルセンの能力が加速だけなら、予測進路を当てて照準を合わせればいいのだろうが、進行方向は変えられずとも、スピードの緩急を巧みに操り直撃を回避している。
お互いが決定打を出せないまま、時間は確実に過ぎていく。
「スピードはイズライトによるもんなのだろうけど、あのスタミナは異常すぎないか?」
有効打はなくとも、距離を取ってくれればこちらの体力は温存できる。
それでも時々くる近接戦闘では、全身を酷使して手足を回転させないといけない。
ヴァン=アザルド対策にラリーと同じように装備はヴァージョンアップされているが、使いこなすには、リーノの体はラリーほど成熟していない。
手足のアーマーにエアースラスターが仕込んであって、脳の司令に合わせて体が踊り出す。
手足の運びはラリーより繊細で、装備の扱いはリーノの方が無駄がない。
「くっそー、本当に自分の体なのかよ」
息が上がり、全身が重くなる。
軽いチアノーゼで顔色も悪くなるが、敵に察知される訳にはいかない。
「落ち着け、ヤツだってきっとそろそろスタミナが切れるはずだ」
ここまでだって尋常ではない運動量に、もしかして敵はロボットなのかと疑いもするが、そのスピードはいくらなんでも機械で出せるものではない。
ブースターやスラスターで速度を上げるだけなら可能だろうが、自由自在に動き回る事はできやしない。
あのフードの下を確認しないといけない。
動きを止める方法としては銃弾を直撃させるか、接近された時に掴んでしまうか。
邪魔になるのは手に持った警棒。
何度も何度も殴りかかってきていたから、電気ショックも人を失神させるだけの力が残ってないが、男を掴むにはそのリーチが阻んできて難しい。
我慢して我慢して、疲れをデルセンに気付かれないように動き続けてきた。
想定外のハプニングがリーノに優位に傾く。
膝がホンの一瞬折れたタイミングでデルセンが突っ込んできて、堪えるリーノが体勢を整えるのに合わせて出した左腕が、カウンターでヒットする。
手から離れた警棒がリーノの肩に当たり、残っていた電力が一気に襲うが、意識を持っていくほどではなく、デルセンは動きの変化に付いていけず、顔に右拳がクリーンヒット。
図らずもフードやマスクを切り裂き、デルセンの正体を暴く事に成功する。
「……確かお前って」
その顔を見て改めて思う。
デルセンは顔だけでなく、全身どこを見ても肌を晒している場所はどこにもない。
「その爬虫類の肌質、エルガンドの人間か?」
惑星エルガンドは銀河評議会未加盟。
特殊な環境でその惑星では知的生命体は稀にしか生まれてこず、ほぼ原生生物が君臨する人型生物は特異な性質を持たなければ生きていけない過酷な環境だった。
驚異的な身体能力を手に入れて、イズライトなどなくとも種の保存は続けて来られている。
「銀河評議会の管理で絶滅を免れているとも聞くけど」
「あんな奴らがいなくたって、絶滅なんてしねぇよ」
エルガンド人は子供が生まれづらく、生まれても幼い頃に絶命する事が多い、成人する数が惑星全土でも一億にならないと聞く。
「無限のようなスタミナの秘密はそれかよ」
爬虫人類は宇宙人と交わる為に尻尾を退化させたが、肌質を変化させる事は叶わなかった。
イズライトを手に入れた超人は銀河評議会に監視される事を嫌い、クリミナルファイターとなり、闇の世界で生きてきた。
「経験値が違っていたんだな」
まだコスモテイカーとして走り出したばかりのリーノでは、相手にならない強敵。
「分かったなら諦めて無抵抗でやられちまいな」
思わぬ打撃を受けたが、ダメージを全く感じていないデンゼルは即座に全速力で走り、さっきまでと同じように攻撃を仕掛けようとする。
ただ手には獲物も持たず、新たに何かを取り出す様でもない。
「遊びはここまでだ。こんな事なら電撃で眠ってればと後悔するんだな」
両手の爪が伸びて光を反射する。
「お前等は殺さず捕まえろと言われてるが、半殺しならOKだよな」
そんなことを聞かされても、何もOKの出せないリーノは、二丁拳銃を正面に構えて両目を凝らす。
見開いたからと先ほどより遅く見えるようになるわけではないが、気持ちを落ち着ける手助けにはなる。
デンゼルが狙う角度はリーノの銃が狙いを付けている真正面。
リーノが選んだのは散弾。
二丁の銃から放たれる無数の弾丸が爬虫人に牙を剥く。
しかしそれは犯罪者の狙い通り、右に跳び回避すると今度こそ狙いはリーノ。
突き出した両手が心臓めがけて跳んでくる。
「トドメだ!」
殺意を剥き出しに襲い来る、リーノは両手に持つクデントとアガンテをデンゼルに向け、ここぞとばかりに腕を左右に開く。
高い金属音が響き、砕け散ったのは爬虫人の爪だった。
「さっきの顔面ヒット、応えたみたいだな。足は大丈夫か?」
格の違いを見せつけて、心折れたところを襲えば怯むと考えたデンゼルの予想は大いに外れ、若僧と嘗めていた相手に完全にやられてしまい、最大の武器を失ってしまう。
「捕まえたぜ」
銃を投げ捨て、リーノは敵の手を掴み、二人は四つに組んで足を止める。
「なんだよ、案外握力強ぇな~」
エルガンド人と力比べができるノインクラッド人なんているはずがない。
デンゼルは装備は少なく、軽装を重視していて、武器は特殊警棒以外持っていない。
隠し球の鉄並みの強度を持つ爪を折られた事で、冷静さを失った男は後ろから迫る敵意に感付くことなく、後頭部に強い衝撃を受けて動かなくなった。
「ありがとう、ナイスなバックドロップだったな」
「まだ頭がボーッとするよ」
「ヘレンさんは?」
「平気だと思うよ。もう目も覚ましてるし」
クララはデンゼルに手錠を掛け、リーノは愛銃を拾い上げた。
カートの前に立つ今回の首謀者、彼が見上げる大きな宇宙船。
もう間もなくラリー達がここにやってくるだろう。
「お前の登場シーンはここではないはずだったのだけどな」
「シナリオが変更されるなんて珍しい話でもないだろう」
「もう少し待ってくれないか?」
「お前の望みが叶うまでか? それを聞いてやる義理はないな」
それにもうどれだけ待っても、ベックの望む結果がはじき出される事はない。
「お前だけはここに近付けてはならない。その為に色々手を尽くしたんだがな」
「ああ、俺の能力は古代の遺産でも問題なく働いてくれたからな」
ただこの船を修復するために、有能な技術士が必要だった。
ただこの船を掘り起こすための人員が必要だった。
ただこの船を動かすために妹を必要とした。
「さっき連絡が入った。ヘレンをここへ連れてくる事はできそうもない。なぁ、代わりにお前がこいつを起動させてくれないか?」
万が一ヘレンが連れてこられないこともあると考えて、捕まえやすそうなリリアのロボットを持ってこさせた。
苦労はしたがこちらには奥の手がある、大人しく中から出てきたリリアは、側に置けば厄介になると判断して、軌道上に待機していた銀河警察機構の職員に預けさせた。
「あのロボットの脳波コントロールユニットというのはすごいな。過去の遺物との接触にあんなに簡単に成功するとはね」
ソアの力を借りる事ができず難航すると思われた修理も、船のメインコンピューターが自己修復機能を起動させて、座標計算が完了する頃には、発進可能な状態になるはずだった。
「お前が今からでも俺に付いてくれたら……」
最後の最後、リリアロボットでも起動できず、アテにしていた妹も来ない。
座標計算を途中で終わらせたカートの能力なら、この船を自在に操れるはずなのだ。
「言ったはずだ、義理はないと……」
話をしながら少しずつ距離を詰め、ベックに縄を投げられる範囲内に入った辺りで急に意識が混濁しだした。
カートはすんでの所で右太股にナイフを突き刺して膝をつく。
ベックに近づく女性が現れ、その顔を眺めてカートは眉根を寄せた。