Episode16 「大乱闘だなんて楽しそうじゃあねぇかよ!」
リーノとクララが暴れ始めて何分が過ぎただろうか?
最初は後ろで全体を観察していたヘレンも乱闘に加わり、地下施設にいた現地人からの襲撃に応じて腕を振るっている。
リーノは銃を抜き、夢遊病者状態の一般人相手に怪我を負わせる事も問題がある。
設定は弱め、ショックを与える程度の電撃を飛ばし、接触した相手が覚醒する事を狙う。
「えっ、なんで?」
この一団を差し向けてきたのがベックなら、コスモテイカーへの対抗策も用意していて当然。
「クララちゃん、全力はダメよ。どうやら防具を着用しているみたいだけど、加減しないと取り返しの付かない事になるから」
ヘレンに言われるまでもなく、警官としての節度はたたき込まれているクララは、筋力の配分をスピード重視に傾けている。
凶暴化していてもただの非戦闘員、防具まで着けていてクララのスピードに追いつける者など一人もおらず、余裕で気絶させて次々飛び回る。
リーノは中の設定を変えて、ゴム弾を急所を外して撃ちまくる。
慎重に突入し、罠の類は全て解除しながら、カートがバシェット=バンドールと戦ったフロアまでくると、その場にいた数名と鉢合わせとなり、結局乱闘に発展すると、騒ぎに気付いた敵戦力が次々と湧いて出てきて、今のような状態に。
もちろんヘレンは可能な限り、施設で使われているシステムを乗っ取ったが、それが何の意味もない事に、この状況を見れば嫌でも悟ってしまう。
「ここの防犯システムが脆弱すぎるのよ」
非文明圏で高度技術に溺れた愚か者に、痛い洗礼が下された。
これではベック=エデルートもとっくに騒動に気付き、ここを脱出してしまっているのではないだろうか?
「こうなれば何のために集めた人材かは分からないが、敵戦力を削ぐ。それでいいですかヘレンさん?」
カートの状況もラリーの現状も分からないでは、勝手な行動も取れず、目の前に問題が立ちはだかっているなら、それを完全制圧するのが得策とリーノは考えた。
「そうね。これだけの数を集めたって事は、ここでその数を減らす事がベックを追い詰める事に繋がるはずよね」
昔々、草と呼ばれていた諜報機関。
その一員であるヘレンの戦闘能力も並大抵にはあらず。
クララ、そしてリーノに遅れをとる事のない成果を上げている。
「なんかこんなパニック映画ありませんでした?」
「リビングデッドが街中に溢れかえる、あれね」
その数に対してリーノの持ち弾などなかったに等しい。
銃を収めて格闘戦に切り替え、ケンカスタイルで拳を振るう。
「リーノが喧嘩できるなんて変な感じするよ」
クララにいいように玩ばれていた頃のリーノからは想像もできない、相手の攻撃を紙一重でかわし、相手の力も利用して次々と叩き伏せていく。
「もしかしてイズライトで動きがゆっくりに見えるって、こんな時にも役立ってる?」
「そう言う事ね。カートが言ってたわ。リーノ君は射撃よりも格闘の方が能力が活きるって言ってたわ」
三人とも相手に大けがを負わせないように、細心の注意をはらっているが、中でもリーノが一番ダメージを与えることなく無力化してみせている。
「きゃあーーー!?」
誰よりも大人数を相手にしていたクララが悲鳴を上げる。
「どうしたクララ?」
目を向けるとそこには今までとは違う、屈強な体つきの男達の前にクララは腰を落としている。
「だ、だいじょうぶ」
慌てて起ち上がり、リーノの側まで戻ってくるクララにダメージは見られない。
「びっくりした。あの人達素人じゃあないよ。高度な戦闘術でも使えるんじゃあないかな? いきなり重心崩されて倒されちゃった」
倒れる人の数も随分と増えて、ここの攻略も見えてきた時に出てきたのは、同じ服に身を包む一団。
「あれはあの島国の軍隊ね。イメージではそんなに戦闘に長けているように感じないけど、実はどこの国の物より精練されているのよ。特に連帯行動は侮れないわ」
最初の方で伸した連中がそろそろ目を覚ましだして、状況に驚き騒ぎ始めている。
しかしそちらに注意を向ける事ができないが、判断ミスだった事を後悔する事になる。
「俺が相手をする。クララも一緒に来てくれ、ヘレンさんは後ろから指示をください」
おかしな武器を持っている様でもない。
数は全部で11名、なるほどヘレンの言う通り、お互いをカバーするようにこちらを囲んできて、タイミングを計っている様子。
「すごい、俺の能力を使っても際どい所に切り込んでくる。弾丸を避ける方が楽だよ」
先に動いたのは軍人達、その動きは正に卓越されていて、敵の動きを見てから動いていたら直ぐに捕まり、最期を迎えていただろう。
敵の初動の瞬間を見て動きを決定し、リーノは連続攻撃を避けきり、一人一人の急所を強打して動けなくした。
「クララ!」
全員がリーノに襲いかかってきたわけではない。
三人ほどが真っ直ぐクララに向かい。
「こっちも終わったよ」
クララは三人を力でねじ伏せた。
「痛かったぁ~、この人達容赦ないんだもん」
それでつい力一杯殴り返したら、その一発に耐えられず、男達は完全にのびて痙攣している。
受け止めた左前腕をさすりながら近づいてくる。
「ちょっと二人ともこっちに戻って!」
緊張した声で応援を求めるヘレンは、一度倒した暴漢共が再び押し寄せてきている。
「どうしました、また眠らせばいいですか?」
大勢がワラワラと迫ってきているが、さっきまでの勢いで襲ってきているわけではない。
「えーっと、どうすれば……」
「この人達正気を取り戻して混乱しているのよ。だからこっち来てちょっと相手をしてあげて」
この場にいて動揺していないのは、ホンキで戦っている異常な連中と、それを傍観している比較的落ち着いた様子のヘレンだけ。
誰かが彼女はこの状況を把握していると言い出し、周りを先導するように引き連れて詰め寄ってこられ、どう対処していいかが分からずヘレンは困惑している。
「相手って、もう殴る訳にはいかないよな」
「えっ、ダメなの?」
「お巡りさんが何言ってんだよ」
とにかく少し気持ちを逸らす必要がある。
そう判断したリーノはクララに耳打ちする。
「えっ、どうしてもやるの?」
確かに注目を集めるのにはいいのかもしれないが、クララには限りなく恥ずかしい行動、だが今は任務のために必要とされては抵抗をしてもいられない。
制服の下に着ていたトレーニングウエア姿になり、筋肉操作で一流のボディービルダーのようになってポーズを付ける。
「おおー!」
大半が気味悪がったが、一部男性が強い興奮を示し、どちらにせよクララは視線を集める事に成功した。
「準備できたわよ。二人ともこれをはめて」
ヘレンの指示に従い耳栓をすると、瞬く間に辺りにいた人々が勝手に倒れていき、状態を確認するとどうやら全員眠りについているようだった。
ヘレンがOKサインをくれたので耳栓を外すと、彼らはヘレンが用意した睡眠音波でスリープ状態になったと教えてもらう。
「システムは最低限だけど、使える物をよりよく使えば役に立つものよ」
スピーカーを使って全員に聞かせる事ができ、軍人達の様子も窺えば、彼らも睡眠状態であることが判明する。
「やっと静かになりましたね。ヘレンさん、本当にここに地下への入り口があるんですか?」
カートの指示はこの施設はただの囮ではなく、重要エリアへの入り口にもなっている。
ここを押さえて、地下エリアへの通路を確保しろという物。
「そいつは本当さ」
「誰だ!?」
まだ眠らずにいて、事情通がいることに驚きを隠せず、声のする方へ向いて構えるリーノ。
「あん!」
しかし攻撃を受けてダメージを追ったのはクララ。
防御力に特化した身体装甲を張っていたのに、まるで赤子を捻るように、クララはお腹を押さえてくの字になり悶絶する。
「もうちょっと丈夫かと思ったんだが、そんなもんか」
「テメェ、いきなりなにしやがる」
「なにって、この期に及んで仲良しごっこができるとでも思ってたのか?」
スラッとした長身の男は、どう見ても一発でクララを打ちのめす事ができそうには見えないが、見た目と能力が一致しないのがこの宇宙の常識である事も確か。
「この登場の仕方は、お前を倒せば先に進めるというパターンなのか?」
「ご名答、そう言うのがお約束だもんな」
男の言葉を信じるかどうかは二の次。
こいつをどうにかしないと先には行けないのは確かなようだ。
リーノは精神を研ぎ澄ませて敵を観察した。