Episode15 「疲れる仕事だな、オイ!」
ようやくベック=エデルートの足取りを掴むことが出来た。
ヘレンからの連絡を受け、カートは三度惑星に降り立った。
リーノ達には先に向かうように指示を出した。
間もなく潜伏ポイントに到着するだろう。
そしてカートは合流前に済ませておく用件があった。
「何事だ!?」
「まんまと騙されましたよ。いや欺かれたのは俺の未熟が招いた事でした。ラオ=センサオ老」
「何をしに来た? お主との面談は受け入れておらんぞ!!」
この件がガテンにまで及んだ時、いの一番に里へ協力を打診した。
ただ一人、面会を許してくれた長老は、今度は唐突に且つ強引に押し入ってきたカートに強い口調で詰問した。
「許可ならもらいましたよ。他の三御家老に行動の自由をお許し頂いてます」
「……そうか、ジタバタしても致し方ないようだな」
老人は深い溜め息を吐いて、若者の言葉に黙って耳を傾けた。
カートが疑いを向けたのはごく僅かな事。
ベック=エデルートが捕まらない事。
こちらが知らぬ間に多くの人員を手に入れていた事。
その人員を何らかの方法で操ってみせた事。
世界中のネット網を掌握するヘレンが見逃したとするには、あまりに大きな動きがあり過ぎる。
「フェイクやフェイクに近い情報を、ほどよく用意されていたから気付きにくかったのでしょうね」
発展途上惑星の未開拓地方には、ヘレンの能力でも覗けない場所がある。
密林地帯で建設された施設にはまんまと填められたが、それも含めて裏の取れない情報が真実を隠していた。
「そんなマネができるのは、フウマしかできないでしょう」
里でよく取られる手であると認識していても、いざ自分がその渦中にいると、如何に有効な手札になるのかを教えられる。
「お主の話を聞いていると、ここに繋がる糸口も見えてこん。遠回しに出し渋ることなく語らんか」
「その前に御自身の端末を確認なさってください」
「なんだと?」
ラオ老は言われるままにウィンドスクリーンを開き、着信していたメールに目を通す。
「これは……」
そこにあるのは三家老と、高齢過ぎてお飾りでしかない頭目の、連名の元でラオを解任する令状。
「必要なデータは今の俺の仲間が用意してくれた。貴方はベックを泳がせる為に俺を利用しようとしたのですね」
銀河評議会警察機構に参入されると、時間稼ぎもできなくなると考え。
そこでベックの出生がフウマである事を利用して、追っ手がカートになるように誘導し、思惑通りに事は運んだ。
「その為のキーパーソンがヴァン=アザルドだったのですね」
「あの者が関わっていると知れば、お主の相方が首を突っ込んでくる。あの英雄は御しやすい男だ」
その事は否定しない。
そしてラリーは思惑通り、警察の捜査部に顔を利かせて、早々にパスパードの争乱を収めて、ここへカートを導いてきたという事だ。
「しかしお主は警察が介入した場合のシミュレーションより早く、ここに辿り着いてしまった。里を出てからのお主の今も計算にいれたシミュレーションだったのだがな」
こんな騒動まで起こさないと誤魔化せない目的とは?
「ふん、ワシの役割はここまでで十分だ。後は若造が完遂してくれるであろう」
ラオ=センサオは動かなくなる。
死因は毒死。
だが既にカートが必要とする情報は既に入手済み。
手回しも上手くいき、ベックにこちらの行動は読まれていないはず。
「貴方がベック=エデルートと同じ思想に囚われていた事は知っていました。しかしまさか里にいながら妨害を行えるとは考えていませんでした」
ラオ=センサオの手駒も全員捕らえた。
ここでの忘れ物はもうない。
「さて大詰めだな。ベック=エデルートの元へ向かう。手間を掛けたなアンリッサ」
ベルトリカの事務員の働きにより、ラオ=センサオに気付かれることなく里のTOPにアポイントを取る事ができた。
里の許可を得たカートの行動力があれば、里のシステムを掌握し、間者の炙り出しと捕獲、ラオを抑えるまでは朝食を取るより早く終わらせられる。
足下に横たわる老人に敬礼をし、里を跡にした。
「なんか仕込んでくるとは思っていたが、なんだよそれ? お前んとこのチンチクリン女の仕業か?」
どんなに近付いてもラリーの末端神経を操れなくなり、相手のテリトリーで近接戦闘に応じるヴァン=アザルドだったが、猛ラッシュを受けて堪らなくなり、煙幕を張って少し距離を置く。
「一筋縄にはいかないか、やっぱり能力抜きでも厄介な男だな」
距離を取る瞬間、ソアロボットの機動力を奪っていく辺り、手慣れているにも程がある。
「足、動かせない」
「いいから休んでろ。アイツはもう俺の敵じゃあない」
この程度なら直ぐに修理できるが、確かにラリーに任せた方が良さそうだ。
ソアは膝関節はやられたが、まだ機能している足裏のエアースラスターを使って後ろに下がった。
「くそ英雄が、どんな仕掛けか分かんねぇが、面倒くせぇことになりやがったな」
「それはこっちのセリフなんだよ。イズライトを攻略したところで、お前の相手は決死のやりとりになっちまうからな」
ヴァンが気にしている、ラリーが取った攻略法は至って簡単。
局部麻酔で手足を麻痺させて、手足に付けた装備を脳波でコントロールをしているだけ、自分をロボット化してゲーム感覚で戦わせているのだ。
この方法なら近接戦闘以外がどちらかと言うと苦手なラリーでも、射撃の精度が上がり、武器を使った接近戦も練度が上がる。
こっそり胸の内で「伊達にゲームをやり込んでる訳じゃあねぇんだぜ」とニヤつく。
ただ得意の近接戦が劣化してしまうのがもどかしい。
しかしそこは熟練度でカバー、ヴァンを徐々に追い込んでいく。
「ああなんだ、俺の役目はとっくに果たしてんだがな。どうするよ英雄さん?」
時間稼ぎは十分。そんなヤツの勝利宣言も腹立たしい。
ラリーとしてはこうなれば決着を付けるのがベストだと思うのだが。
「そんでもまだ、完全に間に合わないって訳じゃあないだろう。どっちにするかはお前に決めさせてやるよ」
ラリーは素直に敗北を認め、潔く決定権をヴァン=アザルドに渡し、手足の麻痺状態を回復させる機能をONにする。
「俺も今日は疲れた。もう行っていいぜ」
道を開ける犯罪者の横を無警戒で抜けるラリー、膝の修理を終えたソアが後に続く。
ヴァンは徐にソアに手を伸ばすが、特に何かをするではなく二人を見送った。
「ははは、いい勘してやがる。やっぱりケリをつけるべきだったかもな」
手にする銃を下げて、流石にもう間に合わないと悟ってはいるが、ラリーは全力でソアを置き去りにして走った。
リーノはヘレンが特定したポイントに、どうにも嫌な予感が働いて着陸を躊躇している。
「流石にカートさんかラリーさんを待った方がいいんじゃあないですか?」
『私もそう思います。いくらなんでも罠がないなんて思えないですよ』
クララは自分のモビールを受け取り、シュピナーグの後ろを付いてきている。
「索敵装置をフル稼働させるから少し上昇していてくれ」
ベルトリカチームのモビールの中で、一番高性能な電子機器を装備しているシュピナーグはセンサーを展開、指示通りにクララは少し高度を上げる。
各種センサーを使って、先ずは周辺の安全確認を開始する。
「けどこいつの装備でも、地下の状況まで透視できるわけじゃあありません」
もちろんここからでは感知できないあちらこちらにも、様々な罠は張られているだろう。
「そっちは任せて、既にクラッキングは完了してるわ」
「はい、お願いします」
ここまでぐるぐると飛び回り、最後に辿り着いた密林地帯。
いつも先輩方に言われる「もっと慎重に行動をしろ」という教え。
ラリーを見て自分はしっかりしているつもりだったが、カートのように落ち着いては、なかなかやれないものだと痛感する。
「地表付近、罠だらけですね」
だらけとは大袈裟だろうとクララは軽くツッコミをいれようとするが、回ってきたデータを見て言葉を失う。
これだけの準備を済ませる時間が敵にはあった。
と言う事は、連れて行かれたリリアの危険もそれだけ大きいという事。
「突っ込むしかないという事か?」
先輩等を待っている余裕はない。
リーノは見つけた罠をヘレンが無力化してくれたのを確認し、モビールを着陸させた。