Episode18 「俺はいつまで見ているだけなんだ? 動けよ躰!」
「リーノ!?」
フェラーファ人がフェニーナになる条件は、身も心も捧げられる相手を見つける事。
とされているが、それだけでは足りない事を、本気でリーノに惚れていたリリアが証明した。
そしてソニアがベックに惹かれて、フェニーナになったという事実もない。
本当の事をヘレンは隠してしまった。
ヘレンがソアたちに語った嘘は、ソニアが混乱してしまわないためのシナリオ。
「さあ、妖精族よ。能力を解放するのだ」
リリアはラオ=センサオの手から抜け出して、落とされたリーノの頭にしがみついた。
「なんだ? 妖精族は頭を落とされたのに、ヤローが死んだことも分からないのか?」
ソニアは忘れているが、彼女が能力を覚醒したのは、ベック=エデルートの死に直面したからである。
「いつまで泣きじゃくっている? はやく、はやく目覚めやがれ! 小僧はもう死んだんだぞ」
リーノの体が冷たくなっていく。
リリアは突然に体の奥底から沸き上がる、正体の知れない恐怖に震える。
「フェラーファ人は自分に近しい存在の死によって能力を開花させる。知り合い程度では変化をみせないが、この小僧の死であれば」
泣きじゃくるリリアが静かになり、リーノから離れる。
「おい、リリア?」
「あの子は変わろうとしているわ。ミスター・エブンソン」
ソニアは自分がフェニーナになった時の事を覚えていない。
しかし妹の状態異常については分かる。
「……あの子はフェニーナになって何を願うの?」
「そんなの考えるまでもねぇ。後は成功を祈るだけだ」
服は弾け羽根は落ちて、少女は人のサイズにまで大きくなる。
「なかなか見応えあるな」
「じろじろ見てるんじゃあないわよ。エロオヤジ」
「実の姉ちゃんとしては、妹のストリップを見られるのはやっぱ許せねぇってか」
リリアの目はまだ正気ではない。そのイズライトの発動は無意識によるモノだろう。
「よし、流石はフェアリアの名を持つ者。その脳量子をイグニスグランベルテに捧げるがいい」
リーノの頭が元に戻る。目覚めてはいないが穏やかな呼吸音がする。
イズライトは使用者が望む物を得られる訳ではない。
しかしリリアは勝ち取った。発現した再生治癒能力が新米テイカーを救った。
「次はお前だ、フェゼラリー=エブンソン」
「くそ、俺の能力はコントロールが利かねぇからな」
子供の頃に父親に頭の中を弄られて、書き換えられた能力。ラリーが元々授かったイズライトが何だったかは誰も知らない。
仕組まれた脳量子を拡大化し、拡散するラリーの能力。
強大なリリアの脳量子を、ラリーが更に拡張させるが、イグニスグランベルテの外に漏れることはない。
「そこのなり損ない! 妹を殺されたくなければ、俺に力をコピーしろ!」
いよいよこの時が来た。
ラオ=センサオが永遠に感じる長い時を賭けてきた願いが成就する。
リリアに銃を向ける男の命令に、ソニアは逆らう事ができない。
「はぁ~ははは、はははぁ、わはは……」
「若作りジジィの高笑いなんざ聞いちゃいられないぜ」
「キ、キサマ……、ヴァン、アザルド……」
人質にされていたエリザは階下で眠っている。
人知れず壇上に登ってきたヴァン=アザルド、ラオ=センサオは背中からナイフで刺され、まだ起きないリーノを巻き込んで階段を転げ落ちていく。
「お前ほどじゃあないが、俺も待ってたんだよ。この時を」
ヴァン=アザルドは玉座に腰を下ろす。リリアを抱きかかえて。
「ど、どういうことだ……」
「この宝船を完全に復活させるためだよ。それが俺とお前の唯一共通の願いだったろう。お前がイズライトを手に入れたいなんて、どうでもいいんだよ」
部屋中に充満した脳量子を、イグニスグランベルテが吸収していく。
「そ、それは俺の覚醒後の残子でも十分だと、言っておいただろう」
「それは机上の空論というモンだ。確実に復帰させるためには、お前の事なんざ後回しにしやがれって話だろ?」
体力の限界を越えているラオ=センサオは、立ち上がる事もできない。
リーノにリリアの傷を癒させた時に、自分の体力も回復させておくべきだった。
「おい、ヴァン=アザルド、妹をどうするつもりだ」
「おお、本当に驚いたぜ。再生能力、しかも治癒のオマケ付き。こいつを逃す手はないだろう? いい具合に熟れ頃の肉付きになったことだしよ」
リリアが目覚めれば、こんな男の好きにはさせないだろうに。ヴァン=アザルドはイズライトでリリアの脳の動きを押さえている。
意識のある脳は自由にはできないが、無意識の脳には干渉できるようだ。
「お前が何を考えようと勝手だが」
「リーノ、大丈夫か? 無理するな」
「リリアを渡すつもりはない」
リーノはようやく目覚め、ラリーを無視して階段を登る。
「小僧、なんか用か?」
「おっさんに用はない。だからお前がここで何をしていようが興味もない。けれどお前が俺の仲間をエリザのように無下に扱うのなら、ヴァン=アザルド、お前を殺す」
リーノが玉座の前に来ても、ヴァン=アザルドは姿勢を崩さない。
リーノの銃が男の眉間を狙っている。ビットを背中へ側面へと飛ばす。
「このブンブン飛び回っているハエが、俺の能力を阻害しているんだったな」
ヴァン=アザルドは指を鳴らした。リーノが操るリフレクター・ビットが地面に落ちる。
「この船の主導権はもうお前にはないぜ。あいつはその為にお前を殺したんだからな」
試しにリリアの脳が受けているダメージを回復させようとするが、イグニスグランベルテは応えてくれない。
「ならなぜラオ=センサオは、自分を回復しない」
「あいつが主導権を取り戻す前に、俺が奪ったからさ」
階下のラオ=センサオは壁のパネルを操作している。ソアやヘレンがどうにもならなかったシステムに、干渉しようとしているのか?
「哀れなジジィだ。俺を後回しになんてしなければ、おこぼれをやっても良かったのによ」
ヴァン=アザルドが目を逸らしたのはホンの一瞬だった。
「うおっ!?」
玉座の男は左のこめかみに強い衝撃を受けた。リーノの右拳がクリーンヒットした。
油断した訳ではない。能力でリーノが攻撃してきても、当てられないように操作をしていたのに。
「リリアは返してもらう」
リーノは静かに階段を下りていく。
リリアーナの装甲の中には念のためにと、人サイズになったリリアの服が入れられていると、オリビエが言っていた。
リリアをソニアに預け、リーノは立ち上がる。
「リーノ」
「はい、ラリーさん」
「お前、さっき俺を無視したな」
「えっ、いや、今はそんなこと言ってる場合じゃあ」
ラリーからきつい一発を頭部にもらったリーノは、ブツブツとこれ見よがしに溢しながら、壇上のヴァン=アザルドを睨む。
「本当にいつもいつも毎度毎度、むかつく奴らだ。けどもう遠慮はしなくていいんだ。ぶっ殺してやるぜ、ガキども」
全回復を果たしたヴァン=アザルドが2人の前に立つ。
「気をつけろよ。あいつは復活の呪文を取り戻しやがった。逆に俺たちにその力はない」
ラリーはリリアが目を覚ませば、条件は同じであることに気付いている。
しかしリリアの感情は計り知れないほどのダメージがあるはずだ。しばらくは休ませるべきだ。
「それにあいつは俺たちのビットも無力化しました。正直厳しい相手です」
「なんだよ。言葉とは裏腹にやる気満々じゃあないかよ」
「当然ですよ。仲間を、家族をここまで傷つけられて、黙ってはいられませんからね」
自信に満ちたヴァン=アザルド、決め手がないラリーとリーノ。
「なっ!」
決め手がないと思われたリーノの初手は、当然ヴァン=アザルドの末端筋肉操作で、射線を外させた。はずだったが、弾丸は左肩を撃ち抜いた。
ラリーも有線で脳波と直結されているナックルとアンクルで攻撃しているから、末端操作を受けても攻撃には影響を受けない。
「ラリーの野郎はしょうがねぇ。自分を犠牲にしながらの攻撃だ。だが小僧のそれはなんだ? なぜ操れない?」
「お前のイズライトはちゃんと働いているさ。だが俺はお前が的を外させたのを読んで、当たるように修正して撃っただけだ」
それではまるで、リーノがヴァン=アザルドの心を読んだみたいではないか。
「そうか、それがお前の本当の能力だったのか?」
「えっ、ラリーさん、どういう事ですか?」
「お前は元々、未来視ができる能力者だったんだよ。ついでを言えば思考加速のおまけつきでな」
弾丸だろうとナイフだろうと、実際にスローに見えていたのだ。
未来視がしっかりと認識できるレベルまで成長したことで、歪められた筋肉の動きを知っていて修正ができたのだ。
「お前がいくら回復しようと、俺たちは負けないぜヴァン=アザルド。お前との因縁もここで終わらせる。いくぞ、リーノ!」
「はい!」