Episode17 「リーノ! お前はちゃんと状況を理解しろ!!」
エリザの動きはかなりいい。遅れてきたリーノが足を引っ張る。
「くそぉ、クラ、エリザはビットの使い方うめぇな!」
「ちゃんとあなたも新しい武器、オリビエにもらったんでしょ?」
「それはそうだけど、いきなり新武器とか、使えるわけないだろ!?」
「へへん、リーノが寝ている間に、みんな一生懸命頑張ったからね」
押され気味のヴァン=アザルドを、仕方ないとばかりにラオ=センサオも援護する。
「へへっ、ジジィが小僧を引き離してくれたか。おい、この親不孝もん!」
「娘がまっとうな道に戻ったんだ! 親なら喜ぶ場面でしょ」
「大丈夫」の呪文では拭いきれなかった恐怖心。リーノの顔が、声が、姿があれば、何も恐れる事はないと思えるようになった。
エリザはこの戦いが終わったら、姿をくらますつもりだ。
いくらベルトリカで受け入れてくれると言ってくれても、あそこは悪党の片棒を担いできた自分が、一緒にいていい場所じゃあない。
でも今は、今だけは彼らの、彼の役に立ちたい。
エリザの一撃一撃は、イズライト以上の力に満ちている。
「くそ、あのジジィは何を考えてやがる。俺の体力が戻れば、このバカ娘1人、さっさと終わらせてやるモノをよぉ」
その窮地を背負うのはヴァン=アザルドだけではない。
リーノと戦うラオ=センサオも限界を越え、おそらくはこの場にいる、どのテイカーよりも潰しやすい若造に、言いように振り回されている。
リーノのイズライトは超感覚。動く者のスピードがかなり遅く感じる。弾丸を避けてしまえるほどに。
「脳量子の拡張実験が思い通りに進んだのなら、こんな事にはならなかったのに」
「どういう事だ? えーっと、ラオ=センサオだっけ」
見た目が違いすぎて受け入れ難いが、大体の事は説明を受けて理解している。
リーノは目の前の男の顔をしっかりと覚える。
「こいつの能力が異常なのは、古代技術が関係しているからか」
リーノの問いに答えもせずに、ラオはブツブツと呟きながら戦う。
「羽虫の大きさだから脳の拡張を成功させられたんだ。だがそこから能力発生をどうさせるかが難問だった」
どうやら考えをまとめる時に、口に出して整理する癖の持ち主のようだ。
「脳量子拡張の成功率は、簡単に跳ね上げる事ができた。あの爬虫類どもを生み出したのが正解だった」
リーノは手足を止めることなく、呟き声を一言一句聞き逃さずに記憶する。
「だが爬虫類では所詮、元々の脳の大きさが足りない。人間が能力に目覚めるには他の方法が必要だった」
間違いない。この銀河の人間がイズライトを手に入れるまでの経緯を、ラオ=センサオは話している。
「時間は掛かったけど、人間に能力を芽生えさせるには、幼少期に処理を行わなければならないことが分かった」
リーノの主要武装は変わらず、右手のクデントと左手のアガンテである。
そして追加されたのは、多くのみんなが装備しているのと同じ。
「リフレクター・ビットって言うのか……」
リーノの撃つ弾丸を屈折して標的を狙うことができるが、この操作がなかなかに難しい。
ラオ=センサオに当てる事ができず、思考を止めさせる事ができない。
「ヴァン=アザルド、フェルディラル=エブンソンと言う成功例が生まれて、計画は一気に進んだが、結局人間の能力者を増やすことはできなかった」
初のイズライト保持者、子供の脳に干渉できるラルと、ヴァン=アザルドの末端操作も計画を一段持ち上げてくれた。とラオ=センサオは呟くが、リーノには全く理解できない。
エブンソンの名前を聞いて、ラリーの関係者だろう予測は付くのだが。
「起動キーとなるこの小僧に、必要な材料も揃ったというのに、肝心な俺への能力移植がままならないなんて」
リーノは徐々にビットの扱いに慣れてきて、いつでも背後から当てようと思えば、当てられるようになったが、もう少しラオの呟きを聞いていたいと、攻撃の手を緩める。
「妖精が能力を発動すれば、人間なんかより強い力が手に入るはずなのに、必要な脳量子拡張をさせるためには、体を大きくするしかない。短命で使い捨てだから、ここまで導くのにも苦労したのに……」
ラオ=センサオのやってきた事はようやく見えてきた。
見えてはきたが、呟くのを止めたラオ=センサオの目的が、リーノには分からない。
この場でこの先を想像できたのは、息の整ったラリーだけだった。
「お前、ソニアのコピー能力を狙っていたが、当てが外れたってとこだな」
「お前は殺しておくべきだったな、フェゼラリー。親子揃って俺を苛立たせやがって」
「ソニアのコピー能力を底上げしているのは、ここにあるのと同じ技術なんだろう? だったらお前が望む力は手に入らない。力が足りないんじゃあしょうがない」
ソニアの胸にあるアーティファクト。それとここの脳量子拡張装置は同レベル。うまくすれば双方が共鳴しあって、出力が足りると期待したが無駄だった。
「だがまだだ! ここにもう1人、そこのなり損ないの脳量子を、上げてくれる可能性が残っている」
ラリーの話に聞き入っていたリーノはラオ=センサオが、階段に寝かせていたリリアを持ち上げるのを許してしまった。
「こいつを助けたいか小僧? このままだと、この妖精族は死んでしまうぞ」
ヴァン=アザルドの先走りで傷つき、瀕死のリリアの呼吸速度が落ちている。
「お前はもう実感しているのだろう? ボサリーノ=エギンス。この部屋の、この船の所有権を俺から奪った事を」
「ああ、そんで俺にはリリアを助ける力があるってんだろ? それをさせたいのなら道を開けろよ」
「いいや、ここでお前に、他の連中まで復活させられたら、かなり面倒だ」
ラオ=センサオはリリアを掲げて、「このままだと死ぬぞ」と脅しをかけてくる。
「リーノ、怯むな。リリアが必要なのはそいつらも同じだ。死なせるわけにはいかねぇんだよ」
「そ、そうですよね」
リーノは動機を押さえられないまま、階段に向けて歩き出す。
「おーっと、お前はジジィに逆らうんじゃあねぇよ」
「リーノ、ごめん……」
「クララ!? ヴァン=アザルド!」
エリザはヴァン=アザルドに左手を絡め取られ、首元にナイフを突き付けられている。
「即死した人間ってのは、回復できるのかな?」
エリザを殺そうとしているその目は本気だ。
「ヴァン=アザルドよくやった。来い! お前はあの椅子に座って、この妖精族を回復するんだ。他のヤツに同じ事をすれば、あの女は殺させるからな。下手なマネをするなよ」
形勢は逆転されぬまま、いいなりになる他はない。
リリアは目を開けた。
「リーノ! 目覚めたんだね」
「リリア! よかった。どこも痛くはないか?」
「それは平気だけど、このオッサンに捕まれたままなのは、我慢ならないかな」
「バカにするなよ妖精族、お前を殺せはしないが、痛み付けては回復させるを繰り返す事はできるんだぞ」
リリアはそんな脅しをされても服従するつもりはない。が、リーノはそうではない。
玉座に座ったままで縛られたリーノは、ラオ=センサオに仕返しをする事もできず、ヴァン=アザルドに捕まったエリザを助ける事もできない。
「ここで殺しても問題ないのは、……カーティスとヴァン=アザルドの娘だけだな」
ソニアとリリアは、ラオ=センサオの最後の目的のために必要な存在。
それは殺したくて殺したくてしょうがない、ラリーも同じ。
「脳量子波を全銀河に拡散するほどのブースト能力者、フェゼラリー=エブンソン」
目的の第一歩、イズライトを人間が手に入れるために、最初の実験体となったフェルディラル=エブンソンとヴァン=アザルド。
しかし実験は失敗。いや2人の、可能性を残したままの能力が発動するのに必要な条件を、揃える必要があった。
足りない材料として建造された惑星フェラーファと、発動条件を備える事のできた妖精族。
しかしまだ足りない。次に脳量子の拡張実験に選んだのは爬虫人種。
何体もの失敗の末に、銀河発の能力自然覚醒者は誕生した。
実験データを元にフェルディラル=エブンソンとヴァン=アザルドは、1人の少年をイズライト保有者にした。
ラルのイズライトは脳量子拡張を、機械に頼ることなく子供に植え付ける能力。
拡張した脳量子が、人体に悪影響を与えないように調整したのが、ヴァン=アザルドのイズライト。
そうして子供達は次々とイズライトを覚醒する。
全てのデータを手に入れたラオ=センサオは、今度は能力覚醒装置を完成させた。
何人も何人も能力者の子供を産み出したが、その中に望む能力は開花しなかった。
「またどれだけの時間が必要なのかと落胆したが、フェルディラルのガキが目覚めたのが、脳波拡散能力だと知った時は嬉しさのあまり歓喜したもんさ」
ラオ=センサオはヴァン=アザルドに新しい指示を出した。
探し物のついでに、ラリーのイズライトの成長を促すようにと。
「この広い銀河、能力者が増えれば中には、使えるヤツが産まれると期待したのさ」
だがそれでも夢は叶わず、ヴァン=アザルドが見つけた、不完全な状態のイグニスグランベルテを利用して、完全な復活に必要な起動キーを産み出した。
それがリーノである。しかし彼は起動キーであると同時に、船の主としての権限も持ち合わせていた。
「フェゼラリーの元において、成長を促すのは間違いであったよ。ガキの頃に取り戻しておくべきだった」
フェルディラルの裏切りで、成人するまで見つけられなかったリーノが、ここまで話を複雑にしてしまった。
「だがこれで全てのピースが揃う。その礎となり、お前はここで死ね」
ラオ=センサオはリーノの首を跳ね飛ばした。