Episode16 「ジジィどもより早く、まいっちまうなんてよ!」
形勢は完全に逆転した。
ラリーとカートは膝をつき、リリアロボは行動不能となる。エリザとソニアも天井を眺めて、指一本動かせなくなった。
「体力回復なんて、はぁ、はぁ、反則過ぎるだろ……」
カートもまだ刀を構えるだけの体力は残っているが、長刀の羽根を操作する精神力は欠片もない。
「勝負あったなラリーよ。よく頑張ったじゃあないか、クソガキども」
さっき見下ろした顔から見下げられて、屈辱を押さえられるものでもない。
しかしやり返すも何も、顔面を蹴られて倒れずにいられる気力すら残っていない。
「気分がいいぞラリー、安心しろ。俺が飽きるまでは殺さないでいてやるからよ」
「悪趣味なヤツだ。おいカーティス、お前は俺の気が晴れたら直ぐに殺すからな」
頭を鷲掴みにされても、払いのける力が入らず、細く開いた虚ろな目をラオ=センサオに向けるのみ。
「なんだ、その目は!?」
完全な言いがかりで、掲げられた右手を頬に叩きつけられる。
「まだその目を止めないのか!?」
地面に頭を打ち付けたカートの髪を掴んで、顔を上げさせては、持ち上げて地面に叩きつける。
その手を止めたのは、背中を切り刻まれたため。
「あん? なんのつもりだ小娘」
「ロボットは動かせなくても、私はエリザとカートのビットが動かせるのよ。まだ勝敗は付いてないわ」
両手両足を引きちぎられても、リリアロボはまだ動く。
頭の右半分は破壊され、右目はないが、まだ外の映像を見る事はできる。
リリアはビット攻撃をヴァン=アザルド、ラオ=センサオの2人同時に仕掛けたが、傷を負わせる事ができたのは、フウマの元長老だけにだった。
「大した隠し球だったがな。俺はそこまで野郎に集中していたわけじゃあないのさ」
ヴァン=アザルドはリリアに近付き、服をはぎ取った。
「なんだ、この人形作ったのはよほどの変態か? そそる体してるじゃあないかよ」
リリアは自分が裸にされたわけでもないのに、辱めを受けている気になり、前を隠そうとするがその為の腕がない。
「おお、おお、気持ち悪。股まで男を誘う作りしてるじゃあねぇか」
背後からヴァン=アザルドをビットで狙うが寸前で避けられる。
ビットは勢いのまま、リリアロボの頭部に突き刺さり、首を落とすと完全に機能停止した。
男は首から上を無くした女の乳房を乱暴に掴んで、外装を無理矢理はぎ取った。
「そぉら、捕まえた」
「は、離しなさいよ!? 女の子に乱暴するオヤジはもてないわよ!」
「女ってのは俺がそそるか、いたぶり甲斐があるかだけの存在だ。人形に興味なんざ湧くかよ」
ヴァン=アザルドはリリアを掴んで、いつの間にか玉座に戻るラオ=センサオに掲げてみせる。
「おっと、こっちのもいるんだったな」
「ちょっ! ソニアに何するの!?」
フェニーナとなった妖精族の髪を掴んで引き摺る、彼女に意識はない。
ヴァン=アザルドの指に噛みつくが、リリアのささやかな抵抗を男は歯牙にも掛けない。
「あん? どうかしたのかジジィ」
「問題が起こった」
「なにがだ? 分かり易く言えよ」
天を仰ぐラオ=センサオの様子が、その問題の大きさを物語っている。
傷を癒すことなく下りてくるラオ=センサオを待っている間に、捕まえたリリアが逃げ出す。
「ああ、戦い疲れて力加減を間違えたか」
リリアはラリーの元へ飛ぶ。
カートはもう無理そうだ。表情が虚ろなまま俯せている。
「悪いな、俺もしばらくはどうにもならんぞ」
「けどけど、ラリー……」
左肩に抱きつくリリーの頭を、右手の指で優しく撫でてやる。
「マジで面倒だから、いつまでもジタバタしてんじゃあねぇよ」
ヴァン=アザルドがリリアをまた握りしめ、今度は逃げられないようにと、軽くあばらの数本をへし折ってしまう。
妖精族の骨は人間よりももろい。
「おっと、やべぇやべぇ。つい力が入りすぎたぜ」
「くっ!」
手の中にあるリリアをあっさり奪われたことも、その仲間が傷つけられたことにも、ラリーは自分が許せなくて、唇の端から血を流す。
「あの時みたいにまた妖精族を潰しちまうところだった。こいつに死んでもらっては困るんだったぜ」
直ぐにティンクの事を言っているのだと、ラリーには察しが付いた。
しかし怒りを膨らませてはダメだ。いま最優先すべきはリリアの奪還である事。
「無理そんなよ。死んじまうぜ小僧」
立ち上がろうとするラリーの顔面を、振り上げた右足で踏み潰す。
「お前もまだ俺に楯突くのか? バカ娘」
「私ももう、ベルトリカの一員だから、それにあんたと居たんじゃあ、本当に一緒に居たい人と居られなくなるから」
リリアが使っていたエンジェル・ビットが、エリザの元に戻る。
「立ってるだけがやっとなヤツが吠えてくれるな。おいジジィ、この人形が欲しいのはお前だろうが。早く受け取れよ」
再度のしつけが必要だと、父親は娘を睨み付け、邪魔になるリリアを受け取れと言うが、ラオ=センサオは動こうとしない。
「ちっ!」
ヴァン=アザルドはリリアをラリーの腹に投げ捨てて、エリザの手が届く寸前まで近寄る。
「足が震えてるのは、本当にガタがきているからなのか? 俺が怖いからじゃあないのか?」
正直言って、どちらもだ。
幼い頃からの虐待と訓練で、ずっと父親代わりの男への畏怖を擦り込まれてきた。
ベルトリカチームのお陰で、心を解放された今、できることなら関わり合いたくない相手だ。
「打ち込んでこい。遊んでやる」
「待て、遊んでいる余裕はなくなった。必要のない連中はさっさと片付けろ」
「ああん? 俺のお楽しみを奪ってんじゃあねぇぞ! くそジジィ」
リリアを回収し、ソアラに近付くラオ=センサオの様子がおかしい。
さっきから気になる態度が続くクライアントに、契約者は肩をすくめて歩み寄る。
エリザは男が背中を見せたところを襲おうとするが、足が動かない。
「なんなんだよジジィ」
「こいつを今すぐフェニーナにするんだ。そうすれば奴らが何をしたところで、俺たちの勝利は揺るがなくなる」
秘密主義の古代文明の生き残りは、こうなったら理由を聞いても教えてはくれない。
ヴァン=アザルドが望む物を手に入れるまでは、言う事を聞いてやるしかない。
「とは言うがどうやったら、このチビは可愛がり甲斐のある、べっぴんさんになるんだよ」
フェラーファ人がフェニーナになるために必要となるのは、深層心理レベルでイズライトを求める想い。
「そう言えば、こいつ等んとこの、もう1人の妖精族が、一度だけイズライトを使ったはずだよな」
自分がトドメを刺したはずの2人の小娘、フランソア=グランテとティンク=エルメンネッタ。
ここに突っ込んできたベルトリカの連中に、フランソア=グランテの姿はなかったが、見覚えある妖精族の姿はあった。
「ガキが生きていたって事は、あの状況から生還する能力に目覚めたってこった」
あの時も今のリリアのように、死を覚悟するほどに痛めつけた。
しかしヴァン=アザルドがその場を去るまでに、能力が開花する様子はなかった。
「どんな能力があれば、あの状況で生きて還れるんだ? そいつが分かれば手掛かりになるんだろうがよ」
あの妖精族だけが生き延びて、仲間は死んでしまった?
その逆なら、仲間を救う為の能力が生まれたと考える事ができる。
フェラーファ人の相手へ想いを寄せる、気持ちの強さが覚醒に繋がる。という通説が真実なら、本人だけがここにいるのは、どうにも腑に落ちない。
「まぁ、いいか。実験素材は3人もいるんだ。1人ずつ色々試していけば、結果が出るんじゃあないか」
しかし遊ぶ前に、リリアを回復しなければならない。
「おい、ジジィ。そこのフェラーファ人の回復は済んだか?」
ラオ=センサオは、掌の上で死にかけているリリアをジッと眺めている。
「どうしたんだよ。いつまで黙りしてるつもりだ。秘密主義もいい加減にしろよ」
ヴァン=アザルドはラオ=センサオの襟首を掴んで凄むが、表情1つ変えない。
苦虫を噛んだような顔のまま、「このままでは」とブツブツ繰り返している。
「みんな!」
頭をかき回すヴァン=アザルドが顔を上げると、予定にない乱入者が立っていた。
「なっ、なんなんだこの状況は!?」
「おせぇぞ、リーノ……」
「ラリーさん! みんなは?」
「見ての通りだ。動けるのはお前だけだ。いや、エリザももう平気か?」
「うん、リーノの顔を見たら、なんだか元気が出た」
手足の震えが止まり、心が暖かくなる。
エリザは戦える。リーノがいれば、力の宿る拳がそう教えてくれる。
「よしリーノ! リリアを助けてやれ、ついでにあいつの姉ちゃんもな」
「はい!」
舌打ちをするヴァン=アザルドが、ラオ=センサオの靴にツバを飛ばして振り返る。
2対1の乱闘が始まる。