Episode15 「しぶてぇ、ジジィどもだぜ!」
「待ってくださいよ。ティンクさん」
「ここだよ。急いでリーノ!」
空を飛ぶティンクに置いて行かれないようにと懸命に走るリーノが、ソアとヘレンのいるブロックにたどり着く。
「おはようリーノ、こっちよ」
「はい、おはようございます。ソア、じゃないフランソアさん」
「ソアでいいわよ。それに敬語もいらないから、以前みたいに気軽にね」
そう言われたからと簡単にはいかない。けど先輩の言う事はできるかぎり聞くべき……。
「うん、わかりましたよ、ソ、ソア、フランソアさん」
「……もういいわ。あなたに合わせるから、気楽にね。でも敬語で喋るんならソアはなしね。フランでいいから」
「あ、はいフランさん。それで俺はここで何をすればいいんですか? ちょっとティンクさんの説明では理解できなくて」
「ちょ、ちょっとリーノ。それじゃあ私が役立たずみたいじゃあないの!」
「そうは言ってませんよ。ただ、俺の理解力が足りなくて……」
ソアに手招きされて、ティンクが電脳空間でリーノと会話した端末の前に立った。
「お久しぶりです、ヘレンさん」
「そんなにお久しぶりじゃあないでしょ」
「いえ、俺にとっては皆さんお久しぶりなんで……。長い長い夢を見ていたから」
ヴァン=アザルドとラオ=センサオは、リーノの脳量子を体から切り離し、様々な学習をさせた。
その時のリーノはずっと、夢を見ていた状態だった。
「あなたが学習させられていたデータにたどり着いたわ。けどセキュリティーが特殊でね」
もう一度潜って、セキュリティーを解析しろと言われる。
「カートさんじゃあないんですよ。俺にできるんですか?」
電脳空間に入れる能力を持つ、カートのイズライトがどういうモノかを聞いた事のあるリーノは、ネットダイブに偏ったイメージを浮かべている。
「ウェブダイブはちゃんと確立した技術よ。いいから来なさい」
ソアは確かに以前のように接している。けれどリーノは本気で叱られている気分になり、萎縮してしまう。
「そこで固まらないで、こっち来て」
頭をペコペコさせながら近付くリーノのお尻を、思いっきり蹴飛ばした。
「いたいなぁ! なにすんだよ、ソア!?」
「それでよし! いつもらしさが戻ってきたんじゃあない?」
ブツブツ文句を言うリーノを座らせて、頭にゴーグルを被せると、ソアはシステムを起動した。
「おおおお、これはスゴイですね。俺、この中で寝てたんですよね」
電脳と言っても、感覚はリアルと変わらない。
『いま、あなたが電脳空間で見ているのは、このゴーグルをフィルターにした疑似体験スペースよ。敵の用意したシステム内に戻したりはしないわよ』
「その声はフランさんですか? ソアの声とはちょっと違うような」
『ああ、私もダイブしてるの。この声は私、フランソア=グランテのものよ』
知らないはずの、なんとなく懐かしい声に首を傾げるリーノだが、そんな事よりももっと重要な問題が、目の前に拡がっている。
「ここ、電脳空間なんですよね。カートさんのイズライトを機械で再現しているって事ですか?」
『あくまで擬似的にね。彼の能力みたいに中で暴れたからって、プログラムを破壊したり変更したりはできないわ。あなたにお願いしたいのは、セキュリティープログラムまで行って、解析のためのヒントを見つけてもらう事よ』
リーノはガッカリした。
ここで活躍できれば、少しはカートに近づけると思っていたのに、世の中そんなに甘くはないようだ。
「やっほー、リーノ」
「って、もしかしてティンクさんですか? 妖精族のカッコウですね」
「これが私の本当の姿だもん。あなたに紹介できなかったけど、この形のロボットも作ってもらってるんだよ。ちょうどリリアみたいにね」
ティンクはリーノの肩に腰を下ろした。
どうやら人間の肩は、妖精族のお気に入りの場所のようだ。
「ティンクさんが道案内をしてくれるんですね」
「うん、フランに働けって言われた。もっと他に言い方があると思わない?」
『いいから、ちゃんとリーノを案内しなさいよ。あなたしかリーノの脳組織の中を見てないんだからね』
「それって、どういう意味ですか? フランさん」
『ああ、あなたが見ている空間ね。あなたがここのシステム内で、眠らされていた時に得た経験値に合わせて、拡張された記憶の迷路なの。同じようにデータ化された存在のティンクだから、自由に動き回れた場所なのよ。それを私とヘレンの2人で具現化させた場所なの」
「えーっと、半分以上分かりませんでしたが、理解しました。それじゃあティンクさん。お願いします。頼りにしてます」
「うんうん、リーノはやっぱり優しくて頭のいい子だね。ドンドン頼って頂戴。そしてもっともっと私を褒めて、甘やかしてね」
「あはは……」
リーノはティンクを頼るしかない現状に、そこはかとない不安を抱くのだった。
エンジェル・ビットはヴァン=アザルドからのコントロールを、見事に防いでくれた。しかしそれだけで、エリザの身体能力が増すわけではない。
ラリーとヴァン=アザルドが打ち合っている間、援護を入れる事もできない。
「やっほ、エリザ」
「リリア、なにしてんのよ。カートの手伝いしてんじゃあないの?」
「あんたと同じ。お姉ちゃんはコピー能力で、あのスピードについて行けてるけど、私、なにも見えないんだもの」
それは分からなくもない。でもだったら飛び道具を持っているのだから、ラリーを援護すればいい。
「それもあんたと同じ。ラリーの動きって独特すぎて、下手したら味方を撃っちゃいそうなんだもん」
ラリーもカートもこの場面に来て、S級犯罪者の動きを捕らえられるようになっている。
肉体の若返りを果たしたラオはともかく、ヴァン=アザルドは少し前から息が上がってきている。
ソニアがカートのフォローを上手くこなしているのを見て、嫉妬するリリアだが、邪魔に入るなんて以ての外、プロの自覚の生まれたリリアは爪を噛んで我慢をした。
「どうだ! もう手も挙げられないだろう。ジジィが調子に乗りすぎなんだよ」
ラリーが奇声をあげる。
ヴァン=アザルドは尻もちをつき、若返りし老人も息が上がっている。
「はん! 肩で息してるのはお前も一緒だろうよ。クソガキ」
「もうクソガキって歳でもないんでね。苦労はしたが、名高い犯罪者のヴァン=アザルド、あんたを追いつめる事ができているのも、経験の積み重ねだぜ」
カートもここに来て、愛刀“烏丸”と長刀“孔雀丸”を自在に使いこなし、ラオ=センサオを追い込むまでに成長した。
「ラオ=センサオ、いい経験をさせてもらった。シャドー・フェザーの使い方がようやく分かったのもお前のお陰だ。礼を言う」
訓練は十分にやってきた、しかし実戦に勝る修練はないと実感できた。身にしみて理解していたつもりだったが、まだまだラリーほど自信を持って自信を滲ませる事ができない。
カートは相棒の背中を大きく感じた。
「だから言ったろ。使い方のコツが掴めたら、後は実戦でこなす方がいいって」
怠け癖のある相棒の説得力のある言葉に、押さえ難い怒りを胸に秘めて、冷静さを装うカートは今夜の酒の肴を考え始める。
「お疲れ~ソニア」
「ふぅ、なにあの成長の早さ。まるで化け物ね」
もう立っているのも限界のソニアが地べたに経たり込む。
「フィゼラリー=エブンソン! 余裕を見せているが、これで勝ったつもりなら、大間違いだぞ」
「ラオ=センサオ、お前にはその負け犬面がお似合いだぜ。どうやったらそんな開き直り方ができるのか、教えて欲しいくらいだ」
ラリーの皮肉にラオ=センサオは返してこなかった。
静かに玉座へと戻り、余裕の表情で腰を落とす。
肩肘を付き、意味深な笑みを浮かべる。
「どうした? もしかして打つ手がなくなって、可笑しくなったとか言うんじゃあないだろうな」
ラリーはヴァン=アザルドを視界に残しながら、壇上のラオ=センサオを睨む。
「おお! こりゃすげぇ!!」
「なんだよ、オッサン。こんな場面ではしゃぐタイプじゃあないだろう」
「はしゃぎたくもなるぜ。なんせ疲れ切った体が軽くなっていくんだからな」
「あん?」
それはイグニスグランベルテの持つ特殊な能力。
人を瞬時に癒して、体力を取り戻させる。
古代文明遺産のロストテクノロジーは、宇宙開拓時代を経た人類に、まだまだ進化の道が残されている事を教えてくれる。
「さて、第3ラウンドと行こうじゃあないか」
ラオ=センサオは不敵な笑みを浮かべて、戦闘フィールドへ戻ってくる。