Episode13 「おい小僧、早く起きねぇか!!」
ラリーは徐々に、ヴァン=アザルドを追い込んでいく。
「なんなんだよ、その気持ち悪い武器わよ」
「喜べよおっさん。お前のためにウチのメカニックが腕によりを掛けて、作ってくれたんだぜ」
オリビエの自信作、インパクトナックルの最新機能。
「くそ! 避けられねぇ!」
ヴァン=アザルドは明らかにラリーの攻撃を嫌がっている。
「いくぜ! トゥォオー・ケン・ナックル!!」
ラリーが込めた気合いの分だけプラズマが走り、巨大な拳となってぶん殴る。
踏み込む力加減で、ブロークンアンクルがラリーの重心を変えてくれる。
「そのステップで、なんで打点が変えられるんだよ」
この足使いを体に染み込ませるのに、どれだけ苦労したことか。
そう、カートと競いながらも、装備の性能確認をするのではなく、オリビエと何度も調整した踏み込み加減の設定。
可視化したプラズマの拳だが、拳の軌道を読まれると簡単に打開されてしまう。
重心を移すことで敵の感覚を狂わせ、ヴァン=アザルドのイズライト対策にもなる。
「めんどくせぇぞ、クソガキ!」
「あちらは楽しい展開になっているようだな」
余裕を見せるのは、ラリーとヴァン=アザルドの決闘を眺めながら、カートを軽くいなしている青年。
「ラオ=センサオ、流石は元老。動きに全く無駄がない」
氣の扱いにも長けていて、構えた刀に澱みもない。
「俺の足りない実力での、準備運動を終わりにしよう」
烏丸に気合いを込める。氣の扱いはラリーよりも手慣れているが、そもそもの気合が違う相棒には敵わなくても、練り込む器用さはカートが上。
「……オーラブレード」
誰にも聞こえない程度の囁きに応えて、刀身が光を放つ。
「うん? フウマの術ではないようだな」
ラリーはナックルを打つ度に気合いを込めて叫んでいるが、カートは静かに心の中の刃を研ぎ澄まし、プラズマの刃を飛ばす。
「これは!」
ラオ=センサオの表情が変わった。
離れたところから、カートの斬撃の鋭さを持つ闘氣の刃が、連続で襲いかかる。
「俺の法術を上回る力を持つか!? 俺の知る古代文明の技術を、全て注ぎ込んだフウマを上回る力など……」
遊んでいる余裕のなくなったラオ=センサオだが、手が塞がれたわけではない。
カートは一気に勝負を決めようと、孔雀丸を抜いた。
機能はリリアやティンクのエンジェルと同じ、長刀はいくつものナイフとなって自在に飛び回る。
「シャドー・フェザー、あいつを斬り刻め」
出し惜しみなく、カートは持てる全てを結集する。
ソア達は、リーノの覚醒に手こずっていた。
「もう! なんで起きないのよ、この子は!?」
「落ち着いてお姉ちゃん。リーノが悪い訳じゃあないよ」
カプセルは可能な限りばらして、リーノの脳波も測定した。
妙なトラップがないかも確認して、スリープモードを念のために、プログラム設定を変更してセーフティーを強化した。
システムとリーノを繋いでいた気体の組成の分析も終わった。
カプセルの電源を切って、蓋を開けても問題ないとソアラが断言した。
「思いっきり引っぱたいてみる?」
「オリビエ、あなたって意外と大胆なのね」
「いつも大胆なのは、お姉ちゃんの方じゃない」
「はいはい、姉妹喧嘩は後回し、なにか見落としがないか、確かめるわよ」
リーノの呼吸は穏やかで、顔色も良好。
「理由と言われてもねぇ……。うわっ! ビックリした」
『フラン、フラン、聞こえる?』
「あなた、ティンクなの? えっ、なんで通信ができるの?」
『そんなの後にして! 急いで急いで、緊急事態なの!』
ソアは急いでのティンクのお願いを聞いて、大慌てで走り出した。
「なんでヘレンまで付いてくるのよ」
「あら、私もいる方がいいように聞こえたけど?」
「聞き耳なんて立ててるんじゃあないわよ。……頼りにしてるわよ、お願いね」
先ずはこの廊下にあふれるガードロボットと、いまやお馴染みになりつつあるガーディアンを排除しないといけない。
「こっちも頼むわよ」
「あなたにお願いされるのも、悪くないわね。カートのヤツはとことん冷たいけどさ」
「なんで最初から本当の事を言って、協力してもらわなかったの?」
仲間を想っての行動なら、カートはちゃんと協力してくれたはず。
「あいつが、未だにフウマの監視を受けているの、知ってるでしょ?」
「それはあんたもでしょ」
「そこまで分かってるんなら、言うまでもないでしょ。フウマの監視の目が二つも付いたら、行動がしにくくてしょうがないじゃない」
「それでも、本当の事を話すくらいは、できていたでしょ」
「本当に意地の悪い。私が昔馴染みのままなら、カートはきっと手を貸してくれるでしょうね」
狙っているのが古代遺産と知られれば、フウマの干渉は強くなる。
「私如きが煙にまける程度の監視員よ。カートまでフウマの目を逃れたら、あなた達の立場が悪くなるわ」
「それじゃあ、あなたはこれからも、何を考えているか分からない悪者。ってことでいいのね」
「はぁあ、自分から選んだ道だけど、正面から言われるとムカつくわね。しょうがないけど」
2人はガードロボットとガーディアンを蹴散らしながら、会話を続けてティンクのいるブロックに到着する。
「ティンク、あなたラリーの所に行ってって言ったのに、なに勝手に、こんな所に来てるのよ」
「なんかね、声がしたんだよ。最初は気のせいかと思ったんだけど、私の高感度センサーにビビーっとね」
その反応を追いかけてきたここで、見つけたというのが。
「本当にリーノのようね」
端末から漏れるリーノの反応を感知して、やって来たティンクは画面の中に少年を発見した。
それで急いで、ソア達がいた動力室に連絡してきたのだ。
「なるほど。こういう事なら、ここから通信ができても不思議はないわね」
「ベルトリカの頭脳の私だったから、気付けたんだからね。褒めてよね」
「はいはい、すごいすごい」
「もぉ! フランもラリーも、もっと私を甘やかしてよ」
「それで、どこまで潜れたの?」
「うん、リーノともお話しできたよ。けど、ここからどうやったら出られるかは、分からないんだって」
つまりラオ=センサオはリーノの神経と体を引き離して、奪還の障害とした。あの男の言う「できるなら」の真意はこの事だろう。
「あまり時間もないし、ヘレン」
「ええ、私は数え切れないほど設置された、防衛プログラムの相手をしてあげるわ」
お願いするまでもなく、ヘレンが備え付けのキーボードを叩いている。
防御警戒をヘレンに任せて、ソアは最深部を探る。
「ティンク、リーノの体の所に言って! 向こうの2人と話ができるようにしてちょうだい」
「りょうか~い」
「今度は寄り道しないでね」
「……ねぇ」
「なに? 言いたい事は手短にね」
不機嫌そうなティンクの顔を見て、ピンッとくるソアは敢えて聞いてみる。
「もう! もういいよ」
「ウソウソ、ウソよ。けど全員で一生懸命頑張ってるんだから、褒められるのはティンクだけじゃあなく、みんなでパーティーをしましょ」
「ホント? 約束だよ」
ティンクは気持ちの成長を遂げて、人間の大人と同じようなフェニーナになった。
その後、体を失ってベルトリカのメインシステムに取り込まれてから、幼児退行してしまっているが、頼れるメンバーに違いはない。
だから、少しくらいは。
「頑張ってくれて、ありがとうね」
「えっ、なに? なんか言った?」
「いいから、早く行って、あなたが向こうに着くくらいには目処を立てておくわ」
「はぁ~い」
ソアは元妖精族が飛んでいくのを見送り、空中に浮かぶキーボードを無心で叩きだした。