Episode12 「よくペラペラと!」
ヴァン=アザルドとラオ=センサオを前に、ラリーに気後れはない。
「俺の仲間がウチの新人を助けようとしてるのに、余裕だな」
「連れて帰りたければ好きにしろ。もっとも簡単には返さんが」
ラオは王にでもなったつもりか、バカでかい椅子に踏ん反り返り、高い位置からラリーを見下ろしている。
「返してくれるってんなら、そんな意地悪すんなよ。若者には優しくしてくれ」
「お前が若いって? 何年前の事だよ」
「俺が年食ったって言うんなら、お前はジジイじゃねぇかよ。ヴァン=アザルド」
「おいおい、ジジイって言うのはあれの事を言うんだぜ」
ヴァン=アザルドは玉座と、ラリーの立つ床とを繋ぐ階段の中腹に腰掛けて、親指だけでラオを示した。
「人を指でさすな。俺からすれば、お前らみんなクソガキだ」
ラリーの目にはこの2人が、船の中をベルトリカのメンバーが好き勝手に動き回っていても、全く焦る様子もなくて面白くない。
「なぁ、オッサンらよ。そろそろ目的を教えてくれねぇか?」
この船がガテンに眠っていた事は、ラリー達がこの件に関わり始めた頃から、ヴァン=アザルドは知っているようだった。
その情報もラオから提供されたものだとか。
「お前が人生を狂わされたテロリスト事件、あの頃だったな。俺がジジイから話を持ちかけられたのは」
ヴァン=アザルドはテロを裏で誘導していた。
まさかそんな昔から。こいつはラリーにとって、最初から因縁があったようだ。
「フェゼラリー、お前とツラを会わせたのは、ジジイにカートのガキを押し付けられた後だったよな」
「あまり勝手にペラペラと喋るな、ヴァン=アザルド」
「あ~ん、うっせぇよジジイ。俺の勝手に口出しすんな」
「チッ!」
どうやら犯罪者の仲は良好ではないようだ。それも優位性は玉座の老人にではなく、ヴァン=アザルドにある様子。
「聞いておいてなんだが、マジでそんなに吐いていいのか?」
「なんだ? 聞きてぇんじゃあないのかよ」
「いや、あのジジイの事も引っくるめて、知っている事を全部教えろや」
教えを請う人間の態度ではないが、こう言った方が男は面白がるだろうと、ラリーには根拠のない確信があった。
「そこのジジイは正真正銘のワタリだよ」
「ワタリ? 確か古代文明人のことだよな。正真正銘? そんな大昔の人間が生き残っているってのかよ?」
「お前が自分のだって言ってる船にも、同じ物があるんだろう? 仲間の小娘を延命しているんじゃあなかったか?」
ソアラの事だ。
そしてあのコールド装置も、古代技術の遺産だったなんて、ラリーは考えもしなかった。
「で、壊れていたこの船を、動かしたくて長い時間を掛けて準備をしてきたそうだぜ。寝ては起きて、寝ては起きてを続けてな」
「もういい、後は俺が教えてやる。お前を選んだのは間違いだったようだ、ヴァン=アザルド」
「んだよ。仕事は全部はちゃんとしてやっただろ。金払いの悪いジジイでも、気に入ったから手伝ってやってんだ。上から物を言ってんじゃあねぇよ」
ラオ=センサオは深い溜め息の後、これまでの流れを話して聞かせた。
イグニスグランベルテに、ただ1人取り残された赤子。
コールド装置は、養育カプセルでもあった。
そのカプセルが十分な栄養をラオに与え、睡眠学習で知恵も与えてくれた。
「俺が外に出たのは、あの小僧と同じ年頃の事だ。その時のガテンは、まだ人間は海を渡る事もできない農耕民族が、原始人のような暮らしをしていた」
その原住民を利用して、この銀河に二つの実験場所を設けた。
技術水準に格差を置いた二つの星は、ラオが望んだ通りの進化を遂げた。
片や政治や交渉術に長けた民族、高くない科学技術を人の手により進化させた惑星。
片や与えられた高い古代文明の遺産を元に、複数の財を成す者が政治を牽引する惑星。
二つの星、ノインクラッドとキリングパズールは睨み合って、より向上する。
それを望んでいたラオだったが、2者は友好関係を結び、評議会を設けたノインクラッドにも、ほぼ意見することなく、キリングパズールは渡されたルールのほとんどを無条件に受け入れた。
「その頃のガテンは海洋船の技術を伸ばし、飛行機なんて原始的な乗り物を完成させていたかな」
一方ノインクラッドとキリングパズールは、望んでいた科学水準まで伸びる事はなかった。
ラオは次の手を打った。人としての進化を望んで、妖精族と爬虫人種を生み出すために、ノインクラッドでは資本家や政治家を募り、キリングパズールでは政府が人工惑星を造るようにし向けた。
「人工惑星を作る前に、近くの大気もない惑星をリゾート惑星に変えたのは笑えたよな」
そんな話をラオから聞いたヴァン=アザルドは、今のように大笑いをしたのだそうな。
「この頃のガテンでは世界戦争なんてモノを、勃発するようになっていたな」
キリングパズールが人工惑星開発に着手した頃、ガテンの向こうにノインクラッドの評議員がパスパードを発見。
科学水準は低いがガテンと違い、宇宙からの使者を受け入れられる環境を整える事ができたので、ノインクラッドは評議会に加盟させる事に成功できた。
「ガテンには俺がフウマなんて組織で、色々と手を回し続けたからから、銀河評議会なんてもんが、相手をしないようにはできた」
こうして宇宙では、妖精や爬虫人といった新人類の中から、イズライトなんて超常能力を持つ知的生命が産まれるようになり、それは人類にも拡がった。
これでラオの本来の目的が果たせる下地が調った。
「エデルートも人工の惑星だったとはな」
ラリーは頭の整理が追いついていないが、話を折ることなく耳を傾けた。
「ノインクラッドの人間は権力を求めるヤツが多くて、利用しやすい人間が多い。何かとやり易かったぜ」
ノインクラッド統治軍の事だろう。
「まったく、ガキ1人を作って育てるだけだってのに、大袈裟な政権争いなんて問題を作りやがった」
「だからこそ多くの資金も集められたし、秘密も守らせて目的も達成できた。……ジジイの望んだ全てが順調に行ったじゃあねぇか」
ヴァン=アザルドはあれだけの騒動と、大勢の被害を出しておきながら、飄々とした顔を見せられて、ラリーは我慢を続けて話の続きを聞く。
「すべて……だと?」
「そうだ、な。フェゼラリー、お前んとこのやつらが、あのガキを連れて行っちまったから、一番大事な時期に学習させられなくって、余計な手間が掛かっちまったんだぜ」
姿をくらましたヴァン=アザルドは暗躍して、リーノに色んな古代技術に触れさせ、十分な成長がをしたところを、エリザを使って奪い去った。
「あいつを利用して、ジジイはなにをしようってんだ」
「俺は同族の元へ旅立ちたいのさ。その前に余計な知恵を付けすぎた、キリングパズールをぶっ潰しておかないといかんだろ」
それがこの強攻策といえる進軍なのか。
「オッサンはなんでまだこんな、狂ったジジイと一緒にいるんだ?」
「お前、ここまで俺を見てきて、まだ理解してないのか? 面白いからに決まってんだろ」
必要な情報は全て手に入った。
「遅かったな。話は後だ。潰すぞ」
「心配するな。話は全部、垂れ流されていた放送で聞いた」
「ふざけたジジイ共だな」
「いいじゃないか、時間短縮できたんだから」
相棒の到着で戦闘モードに切り替わったラリーを前に、悪党そのものな笑顔になるヴァン=アザルドと、明らかに不機嫌になるラオ=センサオが立ち上がる。
「カート、俺があいつとでいいか?」
「聞くまでもない。当然俺の狙いはあいつだ」
2人は目を合わせることなく走り出す。
ラリーのインパクトナックルが、タービンの回転を一気にトップにあげる。
第一のヴァン=アザルド対策。
ナックルには内部に隙間があり、ラリーの脳波を読み取って、機動を自動で修正する。同じ機能がアンクルにも搭載されている。
「あ~あ、能力を見せすぎたな。めんどうくせぇ」
奴のイズライトを受けなければ攻撃を当てられる。
だからと言って、ヴァン=アザルドを攻略できる様になったわけではない。
パワーファイターのラリーに負けない自力と、カートともいい勝負になりそうなスピードで、ヴァン=アザルドは余裕の表情を崩しはしない。
「カーティス=リンカナム、キサマがフウマを抜けるとは、思ってもいなかったぞ」
「預ける相手を見誤ったな、ラオ=センサオ」
それはラオが仕向けて、ヴァン=アザルドに捕まったのが一番の理由。
この男と一緒にいたから、ラリーやフランに出会えた事が、カートの今に繋がっている。
ラオの年齢を考えれば、若いカートが勝つのが当然。
「はん、俺が今の見た目通りの年齢だと、誰が言った?」
確かに長い時間をかけながらも、上手くコールドスリープを利用してきたが、時は無情にもラオ=センサオを、目的達成まで生き永らえさせながら、老いさせもした。
「お前達が連れ戻しにきた小僧。あの成功例を俺が利用しないとでも思ったか?」
化けの皮を自ら剥がした老人の中から、カートと同年代の青年が出てきた。
「試験体のデータを元に新しい体を作った。成長作用で全盛期の体を手に入れて脳を移植した。この技術で俺は不老不死となった」
一部、古い脳細胞が残っているが、ラオは若返りを成功させた。
2人の超一流の諜報員は、相手の隙を窺いながら対峙した。