Episode10 「姉弟喧嘩と因縁の対決か……」
2人の実力は拮抗していた。
ソニアはバシェット=バンドールの怪力、デルセン=マッティオの超スピードを巧みに使い分け、リリアに反撃の隙を与えない。
それでも距離を置く事で生まれる、相手の攻撃手段が途切れたところで放つミサイルだったが、そのすべてを手持ちの細剣一本で裁き、時には軌道を変えて、リリアへ打ち返す。
5人のベック=エデルートは皆、フウマ族でも一流の諜報員だった。
その誰かの能力をコピーした剣技は、まるで華麗に舞う蝶のよう。
それだけの力を持つソニアにも、リリアロボを討つだけの決定打はなかった。
リリアロボの能力も、人類の叡智を超えていた。
「大丈夫? お姉ちゃんは生身でしょ、息切れしてきてるんじゃないの?」
「そっちこそ、今からそんなペースで、エネルギーは保つのかしら」
お互い出せる手は隠すことなく、全力のぶつかり合い。
先に動きが鈍くなるのは、リリアの心配通り、生身のソニアが先立った。
「やっぱり、ズルい、わ。……あなたは、自分の力で、戦ってるんじゃあないんだもの、はぁ、はぁ……」
姉妹喧嘩は妹に軍配か。……と言うわけでもない。
「やだ、右足がもげちゃった。どうしよう……」
外部スピーカーはオフにしたけど、右足のくるぶしから先がなくなった事は、一目で分かる異変。息を切らせているから。と、気付かない事を願うが。
「その足じゃあ、上手く、動けないでしょ。こ、この……勝負、わ、私の……」
ただの息切れではない。ソニアの異変は胸の宝石に寄るものなのか、青かったアーティファクトは赤くなっている。
「スタミナ切れなのは、そのアーティファクトの方なのね」
「……まだ、完成品とは、いかないみたい。悔しい。今なら、後5分とかからず、その、お人形を、倒せただろうに」
「いいえ、それでも私の勝ちよ、お姉ちゃん。あれ?」
右手首がポッキリ折れた右腕を下ろして、左手の人差し指をつきだした。
「ああ、大きい方の、お人形が来たのね。ふぅ、だったらどう? 2回戦といきましょうよ」
「息切れが収まっただけでしょ。お姉ちゃんの弱点がその宝石だって、私に教えておきながら、まったくもう! まだ真っ赤っかじゃん」
立っていられないリリアはリリアーナを纏った。
「待って、私も連れて行ってよ」
「……いいよ。ちゃんと覚えておいてね。私から取り上げたのと、今日の約束の分。グワンの実、二つだからね」
リリアーナはソアラを抱え上げて、みんなの跡を追った。
ソアとエリザはヘレンを追って、イグニスグランベルテの心臓部、動力室で彼に再会する事ができた。
「アタリ、かな」
ソアとエリザは少しホッとする。おそらくは動力部に直結されているカプセルの中に、目を瞑るボサリーノ=エギンスの姿を前にして。
「ちょっと後から来て、横入りはしないでよね」
「なに言ってんのへレーナ=エデルート! 順番なんてないでしょ」
「エリザ、挑発に乗っちゃダメよ。そいつは正真正銘の性悪女なんだから」
完全な死角だったのに、後ろからのミニ・ソアの攻撃は刀で弾かれた。ヘレンもれっきとしたフウマの諜報員なのだ。
「フランソア=グランテ、交渉しましょう」
「なんの交渉かしら。あなたが私たちを抱え込めるだけのカードを、持っているとも思えないんだけど。あとそれと、あなたにフランなんて呼ばれたくないわ」
「そう、だったらソアのままで。そうね、私の提案はこの子を渡す代わりに、ヴァン=アザルド捕獲のお手伝いをさせて欲しいってことよ」
ヘレンの手札は、バシェットとデルセン。言わずとしれた雑魚キャラ1と2。
それと今、リリアと戦っているであろうソニアス=フェアリア。
「やっぱりこっちに提案を聞き入れるメリットはないわね。あなたが土壇場で裏切るデメリット以上のね」
もう一度ミニ・ソアに攻撃させるも、結果は同じ。
しかしその一手は、エリザが飛び込む合図に過ぎない。
6枚のエンジェル・ビットと自身の特攻だったが、エリザの手はヘレンに届かない。
いや、斬られる前に腕を引っ込めたのはいい判断だった。
「あら残念。ここで1人減らしたら、さっきの提案、聞いてもらえると思ったのに」
ヘレンが飛び退いたので、ソアはカプセルに近づく事ができた。
「どうなの? 開けられるの?」
「焦んないの。ほら来るわよエリザ。あんたが負けたら、その女が、一時的にでも仲間になっちゃうんだからね」
「あら、本当に仲間にしてくれるの?」
「するわけないでしょ。だってエリザが負けるわけないもの。ビットを20枚扱えれればね」
「無茶言わないでよ。6枚でもいっぱいいっぱいなのに」
エリザの意見は余所に、vsヘレンが確定した。
「私の事はいいから、ソアもさっさとカプセルを開けなさいよ」
「はいはい、やれるだけやってみるから。……たぶんこれはオリビエの仕事なんだけどね」
ケーブルのソケットを近くの端末に突き刺し、プログラムを読み始めるソアは、ロボットの眉間にシワを寄らせる。
「やっぱり選択ミスね。ここにいるのが私じゃあなく、あの2人ならどうにかできると思うんだけど」
オリビエとソアラはここにはいない。
ラリー達の元へ走るか、でもそうなると、エリザだけにヘレンを任せる事になってしまう。ここからならミサイルで援護くらいはできるのだから。
ソアがカプセルを開けてくれる事を信じて、奮闘しているけれど、明らかに余裕がない。ヘレンの方が数段余力を残しているようだった。
「ま、まだなの?」
「あら、もう弱音を吐くの?」
「弱音なんか……、吐いてない!」
左回し蹴り、紙一重を見切って空振りをさせたところで、ヘレンはエリザの背中へ回る。
「ちょっ!?」
左腕をとられ、動きを封じ込まれるエリザ。
「もう終わりかしら」
「お前がな」
烏丸がヘレンがいた場所を通過する。ソアがミサイルを発射する前に。
自由を取り戻したエリザが膝をつく。
「早く治療してあげなさいよカート、結構強力なのよ、その毒」
「そうだな。だがここでお前から目を離すと、またくだらないマネをしてくるのだろう? 面倒くさいタイミングでな。ヘレーナ=エデルート」
「まぁ、本当にその子を見捨てるの?」
「なに、解毒なら仲間がしてくれる」
少し遅れてティンクが追いついてくる。徐にカートが投げた解毒剤を落とさなかったのは、ロボットの性能のお陰だ。
「来い、ヘレーナ=エデルート! ここで決着を付けてやる」
「本当に私って、あなた達から嫌われているのね。悲しいわカート」
ヘレンにフウマの修行を耐えた経験があっても、一流の諜報員のカートが相手では、一縷の望みもあるとは思えない。
「カート、ティンク、ここをお願い。私はラリーの所に行って、ソアラとオリビエを連れて戻ってくるから」
「待て、フラン。ラリーに伝えてくれ、フォレックス=マグナとボールズ5は宇宙へ戻った」
「えっ? なんで?」
「イグニスグランベルテの自動工作機の製造スピードに、ブルーティクスが対応しきれなくなったからよ」
「なんでヘレンがその事を知ってるのよ。カート、本当なの?」
「本当だ。キャプテン・ミリーにもランベルト号へ戻ってきて欲しいそうだが、そちらはキャリバー海賊団の突入部隊、パメラ=ビオフェルマが迎えに行っている」
状況は刻一刻と変化していると言う事だ。
ますますリーノの救出を急がなくてはならない。
「ティンク、あなたの方が私より早く移動できる。お願い、ラリーの所へ行って、今の話を全部伝えて」
「えっ?」
エリザに解毒剤を飲ませて、横に寝かせていたティンクが頭を上げる。
「聞いてなかったの?」
「あははははっ、……もう一度お願い」
ティンクは抱え上げたエリザをカプセルの側まで運んで、もう一度内容を確認した。
「分かった。任せて!」
ティンクを見送ったソアは目線を下げて、もう一度プログラムを解読できないか試みる。
カートとヘレンが戦いの場を、別フロアへ移すために出て行った事には、気付いていない。