Episode13 「いよいよ大詰めって感じだぜ!」
ここ一週間ベルトリカで待機していたカートとヘレン。
二日前にようやく地上に降りたラリーと、お目付を買って出たソア。
と言ってももちろんソア自身が付いて行ったのではなく、あのミーティングから三日ほどで完成させたロボットを伴って向かったのは、人が住まう中ではもっとも大きな大陸、赤道近くのとある国の地下世界。
上部マントル層辺りまで潜っている。
「強い電磁波が通信を阻害しているから、二人の安否も不明、どうする?」
「そっちは心配してもしょうがない。俺達はジャングルの新造物に向かう。予定通りにな」
モビールに乗れば10分ほどで現地に降りる事ができる。
ベルトリカから観る限り、建築は完了していて、重機なども撤去されている。
ベックの指導が入っているなら、きっとカートやヘレン対策も考えられているのだろうが、現地に行きさえすれば何らかの情報を手に入れる事ができるだろう。
『カート、リーノから通信』
極力連絡は入れてくるなと言ってあったリーノからの通信。
「なにがあった?」
『あっ、カートさん。スミマセンです。リリアが攫われてしまいました』
「攫われた? リリアスが?」
詳しく報告させると、掻い摘んでこうなる。
目立つ行動を取る事で、カートとヘレンの工作活動を眩ませる目的を果たしていたリーノ達。
狙い通りに惑星中のネット空間で、色々と噂されるようになったリーノとクララだったが、そこにリリアのロボットが参加した事で更に注目を集めていた。
お陰でヘレンは相手の行動を隅々まで把握でき、より深くまで調査することができた。
そう認識していたが、更に底の底では予想を超える準備が進められていた。
「ベックは着実に賛同者を集めていた。それはこちらが捉えていた通りだ。こちらもその行動に合わせて、警察機構の捜査員を導入する要請に応じてもらってきた」
それはただの時間稼ぎの鬩ぎ合い。
ベックは施設建設と、地下で何か重要な物資の採掘をしており、こちらは全貌の把握を試み、敵を一網打尽にするタイミングを見計らっていた。
「お前とクララリカ巡査は無事なんだな?」
『はい、どこにも異常はありません』
いきなり百人近い人間に襲われ、気付いたらリリアがいなかった。
マーカーの反応から、ベックの元へ連れていかれ、その後消息を絶ったと言うのだ。
「リリアちゃんってフェラーファ人の妖精さんよね?」
「リリアス=フェアリア、つい先日、リーノにくっついてきて、ベルトリカの乗員になったばかりだ」
「フェアリアって!?」
フェラーファ人がイズライトを発生させる可能性はかなり小さい。
その中にあってフェアリアの一族は、必ず異能を持って生まれてくるという。
「リリアスの能力は正直まだ判らん。フェラーファ人はフェニーナにならないと能力が解放されないからな」
もしやリリアのロボットを見て、フェニーナに成長したフェラーファ人と勘違いしたのだろうか?
「しかしそうなると奴等はどうやって、リリアスがベルトリカのクルーになった事を知ったのか? だが……」
『それなんですが、俺達を取り囲んだ連中はどうやら現地人だったみたいで、その全員がまるで夢遊病者のように、意識のない状態で動いているようだったんですよ』
ただ襲いかかってくるのではなく、周囲を囲ってこちらが身動きを取れないようにされてしまった。
その報告通りなら、そこには何らかの異能が働いていたと考えるべきだろう。
『クララが触られたって、何人か投げ飛ばしたんですけど、流石に殴りかかる事もできなくて、そうこうしているうちに……』
リリアを二人と同じように囲んだ一団が連れ去ってしまい、いろんな機能が用意されたロボットだったのだが、リーノの許可なく暴れる事ができない設定で、反抗はできなかったようだ。
「明らかにリリアスを標的にしての襲撃だな。けどオリビエのくれた仕様書通りなら、中から引っ張り出される事はないだろうし、破壊される事もないだろう、狙いが彼女本人なのならな」
中に生身の妖精が乗っているのに、平気で自爆装置を搭載するオリビエにもビックリだが、それを見て納得してしまうカート、これでリリアは簡単にベックの自由になるわけではないと高を括る。
フェアリア一族の開眼する能力は、一際特異な物となると歴史が物語っているからだ。
「とは言え放ってはおけんな。ヘレンは二人に付いてリリアスを、ベックを追ってくれ。俺は一人でジャングルに向かうとする」
完成された施設は地上部分はかなり小さな小屋程度の物で、生い茂る森林の中に入ると、かなり近付かないと建物を確認する事もできない。
その入り口にあるソケットからカートはシステム内に侵入するが、そこには当然と言わんばかりに、侵入者対策の防御システムが構築されており、その突破にはそれなりの時間が必要だったが、問題になるほどではなかった。
「セキュリティーとは呼べん代物だな」
入り口の防衛機能はただ扉を開閉するだけの物で、他に繋がる物ではない。
監視システムも同様で、ただ映像を記録する装置、映像を監視室に送り、その監視室も人間が目で見つめる原始的な方法をとっており、その一つ一つがカートとヘレンを意識した物だと連想される。
それでも油断することなく、イズライトを駆使して順番に攻略していき、誰に悟られることなく、地下にあるブロックへと下りていく。
「なるほどな。まんまと填められたという事だ。いや無意味に造られた物ではないのかもしれんが、俺は無駄足を踏まされたのは違いないな」
地下には恐らくは広大なエリアがあるが、他には小さな倉庫が幾つかあるだけ。
しかしここは、たったの百人ほどが使うスペースではない。
リーノ達を襲った現地民は、ここでベックが手に入れた新たな信奉者で、ここを集会場にでも使おうというのか?
「待っていればここに来るのか?」
人の気配はあるが、何か特別な活動が行われているようではない。
電波遮断も完璧で外の状況は分からない。
「カーティス=リンカナム、待っていたぞ」
フロアに下りたカートの背後から忍び寄る男の名を、カートは知っていた。
「バシェット=バンドールか」
同郷の同世代、共に組織の工作員として修練を共にした旧知の大男。
持ち前の怪力は組織一と自慢するだけあって、筋肉の隆起はハンパではない。
「お前もベック=エデルートに付いたのか?」
この男の能力は筋力増加。
クララとよく似てはいるが、バシェットのそれは純粋に筋肉量を増してくれるもの。
その破壊力は原生の大型生物をも凌駕する。
「ここの護りを任されている。お前が来る事もベックさんは想定済みだ」
その上で配置したのがこの大男という事は、抜けたはずのフウマの里の情報も、ベックは常に抑えているという事だ。
「キサマは俺に模擬戦で勝った事がないからな」
バシェットが言っているのは、無手で正面切った立ち会いの事。
確かにこいつの筋肉を壊すには、例えナイフを持っていたとしても、カートのパワーでは傷一つ付ける事はできないだろう。
「安心しろ、ここで待っていればベックさんもいずれやってくる。もっともキサマは虫の息だろうがな。殺さなければ何をしてもいいと言われているからよ」
自慢の能力で体格を二倍ほどに膨れ上がらせるバシェット。
元々カートの倍の体重を筋肉の鎧で固める。
「工作員としては確かにキサマの能力は重宝されるだろうがな、あちこち見て分かってんだろ? ここじゃあただの無能だって事」
ただ派手に暴れる事しか脳のない大男は、構成員としては全く評価されず、ずっと鬱屈とした日々を過ごしてきた。
「俺の価値を見出してくれたベックさんの為だ、ボロ雑巾になって俺の踏み台になりやがれ」
バシェットが手に持っているのは鎖に繋がれた鉄球と、その根元には常人では両手でも持ち上げられない大きな鎌。
カートは愛用の小太刀を右手に持ち、左手に出したクナイを投げつける。
大男は避ける事もせず、肉のカーテンではじき返し、代わりに鉄球を飛ばしてくる。
当然カートは余裕で避けて前へ。
その動きを読んでいたバシェットは猛ダッシュ。
巨体に似合わぬ加速力で一気に距離を詰め、右手の鎌を振り下ろす。
「なっ!?」
勢いを殺し、前進を止めた覚えは大男にはない。
支えられない程の加重など感じた事もない。
バシェットはモビールの突進を受け止められるほどのパワーを秘めているのだ。
「俺の打撃を片手で受け止めたというのか?」
厳密には大男の鎌を小太刀一本で受け、押し返してきた事に驚愕の表情が隠せない。
「お前は現在の俺を知らない。俺の知るお前は昔のお前と何ら変わらん。この結果は俺にとっては当然だ」
カートはもう一度クナイを投げつけ、大男の脇腹に出血を負わせた。