Episode03 「先手を取られたこと、素直に悔しがろうじゃないか!」
金色の船“イグニスグランベルテ”が通常空間に現れた。
念のために偵察にと、銀河レース中に捕縛した古代文明遺産の一つ、グラップレイダー号を改修した“宙航船グランテ”を向かわせた。
2時間も早く敵から姿を現してきたため、ブルーティクスも到着はしているが、準備が整っておらず、各船隊とも、態勢を立て直す必要があった。
預かり主であるソアがグランテに乗船し、高速船は金色の船を黙視できる位置まで近づいた。
船足は敵の倍以上、自慢の速力で何かあれば、直ぐに反転して逃げ帰る。
予定なのだが。
「アークスバッカーが一緒だと、逃げ遅れるんだけどぉ」
『心配するな。その時はグランテにしがみついて、引っ張ってもらうからよ』
『その場合、ミスターの体への負担を考慮して、速力を落とすことになりますが』
『気にしなくていいぜ。ウロボロスは一目散に逃げることだけ考えてくれ』
グランテのマスターAIは『はぁ~』と軽く混乱する。ソアとは全く逆の指令にどう対応していいか分からない。
即座にソアがウロボロスの命令を上書きしなければ、AIはオーバーヒートしていたかもしれない。
この優秀で融通の利かないAIのためにも、急いで偵察を終わらせなくてはならない。
『アースラ、敵の無人モビールの数は分かるか?』
ビームの射程に入る寸前で、金色の船はモビールを発進させた。
『う~んとね、見える範囲で28機、お船の中までは分かんない』
アークスバッカーのサポートAIはセンサーを全開にし、敵モビールの10機が、こちらに向かってくることを察知した。
『そんじゃあ、少し遊んでくるから、偵察の方は頼んだぞ』
「ちょっと! ラリー無茶は!!」
言って聞く相手ではない。
ラリーは年甲斐もなく{ひゃっほー!」などと上機嫌で飛び回る。
「まったく……。ウロボロス、敵はどの程度修復が完了しているか、推測はできる?」
『そうですね。データ上では修復完了はまだ、二ヶ月後のはずですが、外観は完全に元通りですね。敵にも考える頭があるのなら万全だから出てきた。と見るのが賢明でしょう』
「だよねぇ~。全回復してるとしたら、この時間差とリーノ捕獲に、なにか因果関係があるのかも」
グランテに対しては何も手を出してこない。
お陰で危険が伴うこともなく、しばらく観察を続けたが、欠陥箇所を見つけることはできなかった。
『ヤッホー、ソア聞こえるぅ?』
ティンクから戻るようにと連絡が入り、まだ暴れ足りないラリーに渇を入れて、7機目を行動不能にしたところで離脱した。
「どうだった?」
『以前よりも強くなってるな。単機なら何の問題もないけど、囲まれたら厄介だ』
「10機に囲まれてたじゃない、あんた」
『はははっ、そうだな。いや、まったくだ』
ラリーは思わず大笑い。
「な、なによいきなり」
『いや、お前のしゃべり方が、いつの間にかフランっぽくなってんなって思ってよ』
「はっ! い、いいじゃない。別に私がどんな風にしゃべったって」
『おお、俺も気にしちゃいないよ。ただそうだな。これからもずっと、そのしゃべり方でいてくれよ。なんかその方がテンション上がるわ』
小声で「ばかね」と漏らすソアの顔は穏やかなものだったと、こっそりメモリーに保存したウロボロスは、後にご主人様の手によって、プログラムを破壊されそうになるのだった。
イグニスグランベルテが通常空間に現れたのは、惑星パスパード周辺宙域。
目的を知ることは当然できないが、その進路を予想することはできた。
ベルトリカは付かず離れずに、金色の船を追跡する。
『パスパードに何かをしよう。というわけではないようだな』
夜叉丸の中、カートが外の様子を観察する。
「あそこはこの一連の行動で、ヤツが起こした事件の発端だからな。単に自己主張しているだけかもよ」
ラリーのジョークはさておき、金の船の進路は惑星ガテンのようだが、なによりも警戒しなくてはならないのは次元断層。あちら側に逃亡させるわけにいかない。
ラリーたちは断層破壊兵器の開発には成功したが、ゲートウェイのように整備されていない位相差空間を航行できる宙航船は、用意できなかった。
ベルトリカなら或いは可能かもしれないが、この局面でそんな博打を打つマネはできない。
「本当にグランテでそんなことができるのか?」
アークスバッカーで待機するラリー、他のメンバーも各ポジションにつき、次の展開を注視する。
『大丈夫! ラリー達が戻ってから336回シミュレートをしたんだ。問題ないって』
オリビエもソアと一緒に乗り込んで、グランテの性能を100%発揮してみせると自信満々。
手薄になるベルトリカのコントロールには、ティンク始め、モビール3人娘、シャトルのAIベルが集まった。ラリーの呼びかけに、声を合わせて『まかせてぇ~』と明るく返してくれた。
「シュピナーグはいけそうか、ソアラ」
『私を誰だと思っているの?』
「宇宙一のロボット工学者だろ。パイロットじゃあないもんな」
『だったらラリー、あなたがしっかりとフォローしてちょうだい』
フォロー役はリリアとエリザなのだが、ソアラの指名はチームリーダー。
モビール女性陣の間で一悶着があったが、この間にイグニスグランベルテが行動を起こすことはなかった。
「ガテンを黙視でとらえられる所まで来たな」
『ラリー、金ピカからカトンボが飛び出したよ。ガテンに向かってる』
数は30、相手をするのに適しているのは。
「ティンク、ブルーティクスの御曹司に任せると伝えろ」
『りょうか~い』
これは敵の思い通りなのかもしれないが、戦力を割いてでも防衛しなければ、ガテンにはフウマ以外に、無人モビールを向かい打てる戦力は存在しない。
『ラリー、金ピカが今度は、近くのゲートウェイに向いたよ』
ティンクが映し出してくれた座標には、確かにゲートウェイの入り口がある。
しかしイグニスグランベルテほどの巨体が、果たしてゲートを潜り抜けられるのか?
「くそ! また後手後手かよ。あいつの最大のイズライトは、人の嫌がることを気色悪い笑顔で仕掛けてくる能力だな」
ラリーが危惧したとおりに、金色の船はゲートウェイを破壊し、無人モビールを発進させると、次元断層を発生させようとする。
ランベルト号は行く手を阻む無人モビールを叩き潰すために、バイク部隊を発進させるが、目の前で大混戦が渦となり、先に進むことができなくなる。
近付くことなく打ち出した反応ミサイルは、距離があるため全てが有効範囲外で墜とされてしまい、イグニスグランベルテは断層の向こうに姿を消した。
『どうするのラリー』
「……ソアはリリアとエリザと一緒に、ランベルト号を手伝ってやれ」
『ちょ、ちょっと待って!』
『分かったわ』
『了解』
ソアの言葉を遮るモビールが発進すると、ラリーはティンクに歪んだ空間に突っ込むように指示をした。
『ちょっとラリー! だから無茶はしないでって』
「こっちは任せたぞソア。あの船は必ず通常空間に引っ張り出すから、最速で駆けつけられるようにしていてくれ」
『まったく、無理言わないでよ。期待に添えるように努力はするけど』
ソアの返信はラリーのは届かなかった。
ベルトリカの反応が通常空間から消える。
「悪いなカート、ティンクもみんなも……」
『気にするな』
『そうだよ。謝るのは失敗した後でいいよ。ねっ、みんな』
『もちろん』『うん』『はい』『そうだぜ』
ベル、アースラ、カグラ、シュランも同意してくれる。
『私には何もないの?』
「ソアラには何も言わなくても分かるだろ?」
『この最終局面でも通常通りですか。ふぅ、別にいいけどね』
断層突破を成功したベルトリカは、見失ってしまったイグニスグランベルテを探す。
『見つけたよ。前方右12度、上下角プラス8度』
「ほぼ正面か、うまく追えているようだな」
ベルトリカが補足できるなら、相手が追跡に気付いてもおかしくない。
金色の船は無人モビールを発進させる。
「自動工作機で次々産み出してるって訳か。面倒だが叩き潰すしかないな」
ベルトリカは格納庫のハッチを開き、アークスバッカーと夜叉丸をはき出した。
「シュピナーグはリーノに届けてやらんといかんからな。ここは俺たちで何とかする」
『ああ』
「ソアラ、タイミングを間違えるんじゃあないぞ」
『ラリー、ソアが言ってたこと、ちゃんと分かってるの?』
「なんだよソアラ、お前自身は俺たちのことを心配してくれないのか?」
『バカは死ななきゃ直らないからね。けど無事に戻ったら、私の鉄拳で直してあげるわ』
ラリーはカートに合図を送る。
目的は無人機の掃討ではない。
ラリーはカートと2人でイグニスグランベルテに突っ込む。
ファーストフェイズを迎えぬまま、ファイナルフェイズをスタートさせる。