Episode30 「これで準備は整った!」
最後の入力を終え、ソアは頭を上げた。
ベルトリカの記録から必要な情報をコピーし、ロボットは完成した。
「どう、具合の程は?」
「う~ん、悪くないわね」
ステーション落下事件から8年。
ロボット工学の若き天才、ソアラ=ブロンクスそっくりの完成品は、ゆっくりと目を開ける。
「ランベルト号や青の戦隊の技術に触れて、色々と学んだ僕の最新作だもの」
オリビエが胸を張って自慢する。
少し前までは目を完全に隠すゴーグルをしていた。
今はヘッドセット型の小型端末に替えて、顔を隠すのをやめた。
更に、コーディネイトはミリーシャが担当、皆からは好感触をいている。オリビエは女の子らしさが感じられる作業着に替えた。
「ものすごく自然に動かせるわ。プログラムに無駄がないお陰ね」
「イグニスグランベルテで手に入れた、古代テクノロジーのプログラム言語を解析して、ようやくマシン語変換が完了したのよ」
変換で発生した齟齬の調整も納得のいく形となり、このソアラロボットに実装することにした。
「それにしても本当によかったの? 病気の方も治療できる目処が立ったんでしょ」
「まだ目処が立っただけよ。これから何年かかることやら……。そんなことより今は、私もベルトリカの一員として役に立てって見せるわよ」
「そうだったの?」
「ちょっとソア、そんな意地悪言って!」
ソアラはロボットを立ち上がらせ、軽くスクワットしたり、垂直ジャンプをさせ、体を捻ってストレッチをする。
「問題なさそうね。安心したわ」
「今のところはね。けど可能な限りデータは取って、調整しないとね」
「私が基本設計をして、オリビエが組み立てて、あなたのプログラムで動いているのよ。心配いらないって」
「ダ~メ、ほらジムにいくわよ。カートが待ってるんだから」
ソアは嫌がるソアラの手を引っ張り、オリビエの工作室から出て行く。
『あの2人、私の事を忘れてるんじゃない?』
「そんなことないよ。二人は自分の仕事は終わらせてるんだから」
『だって、本当なら私の方が先に!』
「しょうがないよ。ティンクのは小さい分だけ時間掛かるんだもん」
これまではベルトリカのメインサーバー内にいた、ティンク=エルメンネッタのパーソナルデータを移し替えるロボットの製作が決定し、試作機としてのソアラロボットが完成した。
「妖精型にしたいって言ったの、ティンクだよ」
『そうだけど……、早く動きたいよ』
「ソアロボット・ミニのお陰で、小型化はすぐにも可能だけど、やっぱり問題も多いんだよ」
『ぶーぶーぶー!』
「ティンクっていくつになったのよ」
『えー! 私は8年前から年齢は止まってるんだよ』
「だとしても18歳でしょ。大人なら分別くらいついてるでしょ」
ステーション落下事件で肉体を失ったティンク、そのイズライトは体を無くした魂を、思いの強い場所へ飛ばすというもの。
生還を諦めたティンクだったが、制御室が大気圏に飲み込まれる寸前に、その能力が発動し、魂のみであったがベルトリカへの生還を果たした。
戻された船内にはソアラがいて、ティンクの存在に気付いてくれて、ベルトリカのメインサーバーにイズライトを使って定着してくれた。
『その実、26歳の私が戦力に加われば、恐い物なしなんだからね。気合い入れてよオリビエ』
「はいはい」
「エリザ、あなたの武器、本当にそのままでいいの?」
「はい、使い慣れた物が一番だから」
ソアはクララリカとして使用してきたヴァラキリアを、遺産技術を使って改造する事を提案したが、エリザはその申し出を断った。
警察官のフリをする為に銃の扱いも覚えたが、本来の戦闘スタイルはラリーと同じ、クロスレンジの殴り合い。
「近接戦闘になると筋肉操作が追いつかなくなるから、攻撃力のある防具として、このトンファーを持つようになっただけで、武器の扱いは下手くそだから」
同じ補助と言う意味でブーストアンクルも付けているが、並みの相手なら素手で戦った方が楽なのだ。
「あんた、本当にそんなんで役に立つの?」
リリアが野菜スティック入りカップ片手に、工作室にやってきた。
「どういう意味? 信用の問題なら身の潔白は晴らせないから、怪しいと思ったら躊躇せず討ってくれていいわ。としか言えないけど」
「そんなの分かってる。今は本気だって信じてあげるけど、そもそもあんたが役に立つのかが問題よ」
オリビエとソアラが、邪魔になるような物を用意するはずがない。ソアが組むプログラムがあれば、逆にもっと楽になるはずだ。
「分かった。お願いします」
エリザは黙って首を縦に振った。
「おっ、まだまだ準備中か?」
「ラリー、おかえり」
「おぉ、オリビエ、どんな感じだ?」
普段見る事のない黒服のラリーが、ノインクラッドから帰ってきた。
「ラリーって意外とマメだよね。何かあるとお墓にまで行って、報告するなんて」
「まぁな。この事件がこんなに長引くとは思ってなかったが、これも2人に対するケジメだからな」
まるで計っていたかのようなタイミングでブザーが鳴る。
オリビエの工作台の上で寝かされていた小型のロボットが動き出す。
「う~ん、やっと動けるぅ!」
小さな体が背中の羽根を動かして浮遊する。
「へぇ~、本当にリリアそっくり」
「それは褒め過ぎよエリザ、確かに可愛いけど、私ほどじゃあないわ」
エリザの肩に座り、リリアが興味なさそうに言う。
「随分な言いようね。まぁ、私は可愛いと言うより美人ってタイプだもんね」
「なんとも懐かしいな、ティンクが生き返ったようだ」
ラリーが手の平を差し出すと、妖精は上機嫌で腰掛ける。
「だから私は死んでないって」
8年前はせっかくフェニーナになれたのにと、愚痴ばかりのティンクだったが、こうしてまた自由に飛び回れるのが、本当にうれしいようだ。
「お前達の墓だってあるんだぞ」
「本当に縁起でもないわよね。弔われる体も魂もないお墓なんて」
工作室にソアが入ってくる。
「どうだソアラ、新しいボディーは?」
ラリーはソアを無視して、後ろに続くソアラそっくりのロボットに声を掛ける。
「なぁに、ソアを無視して、ラリーまだ怒ってるの?」
「もう怒ってねぇって。知らなかったのが俺とカートだけだった事なんてよ」
8年前、仲間の最期を聞かされた時は、少しの間も置かずに切り替えた。
あまりにも自然な振る舞いに、薄情者と呼ぶ者もいたくらいだ。
それがつい先日、実はティンクだけでなく、フランソア=グランテもまた、その魂が残されていることを知り、ラリーは激怒した。
「8年もの間、姿も現さずってのは分かったさ」
ソアロボットに自らを移そうとしていたソアラだったが、その寸前でフランが現れて、これも何かの縁だとロボットを譲ってくれた。
最初から古代文明遺産のベルトリカと融合したティンクと違い、フランはソアロボット内で安定するのに8年を有し、ずっとバーガーコンツェルンで、ソアラが動かすロボットに調整をしてもらっていたのだ。
「俺達の仲間になってからも、結構時間が経っていると思うんだがなフランソア」
「8年も経ってるのに、どんな顔して生きてました。なんて言っていいのか分からなかったのよ。そう正直に話して謝ったでしょ」
ティンクのイズライトは、大事な仲間を1人にはせずに、自分と同じように魂をベルトリカまで連れてきたのだった。
「わたしも自分以外の魂をAIに吹き込めるとは思ってなかったわ」
「運が良かったのね。特に私はティンクとソアラがいなかったら、本当に死んでたわ」
「ああ、もう分かった。この件についてはもう何もいわないよ。だけど今後は」
「分かってるって、頼りにしてるわよラリー」
異性として意識する、大事な弟分に甘えるのはくすぐったいけど、心地いい。
でも子供の姿をした自分を、姉貴分として扱われるのは、なにより恥ずかしい。
「けれどラリー、私の事はこれからもソアって呼んでね」
「……了解」
これで全ての準備は整った。
アポースの元へ行っていたアンリッサと、その護衛について行っていたカートも帰ってきた。
金色の船イグニスグランベルテと、ヴァン=アザルドを捕獲する為の作戦行動が開始される。