Episode12 「俺抜きで片付けてくれるんじゃないのかよ!」
リーノ達の前には人だかり。
クララは現地人を元に再調整し、イメージする民族の造形より現地住民に近い物になったが、高身長は変えられない。
それでも目立たなくはなったのだが、問題は二人の前に現れた新たな美女の存在。
「遅くなってごめんねリーノ」
「……って、その声はもしかしてリリアか?」
クララに負けないくらいの高身長、クララに負けないくらいの巨乳。
そしてクララよりも妖艶さを持つ容姿。
もしかしてこれがラリーの言っていた? という妖精の神秘によるものではなかった。
「ソアに作ってもらったの。オリビアの持ち物を元に使ったから、あっと言う間にできたの」
つまりこれはロボット。
またまた物陰に入り込んだリーノ達は、胸のハッチを開けて出てきた妖精族と再会した。
「う~ん、あんま目立ちすぎるなと言われてるんだけどな。でも囮役なんだから、これくらいはいいのか?」
改めて眺めてみると、こちらもまた驚くほどの美女に仕上がっており、このままだと、さっきまでのクララと同じ事になるのは目に見えている。
「たぶん帰ってくれって言っても、無理なんだよな」
自分に懐いてくれている事は分かっているが、なぜクララに敵意むき出しなのかが分からないリリアを追い返す事は、リーノには出来そうもない。
かと言って見た目を変えようにも、技術を持たないリーノには不可能な話。
変装をさせるという発想がリーノにはなく、変装術を学んでいるはずのクララも助言をしないので、解決法が見つからない。
「はぁ、いっそのことクララもさっきの姿に戻して、より目立つのもありか」
実はこの選択が、リーノはトンでもないジゴロだという書き込みを、ネットに拡散させる要因となった事はただの余談。
クララの変身二号が一瞬でいなくなり、最初の美女と新しい美女を侍らせる若者に敵意が向けられた、ちょっとした裏話。
温和しげなクララ二号が可哀想だと呟かれた。
「クララ、こっとを警戒している人数が分かるか?」
「う~ん、私が怪しいと思うのは5人だけ、そもそも何人が潜伏してるのか分からないから、特定は不可能かな?」
「分かった、悪いんだけどリリア、クララが怪しんでいる連中をマークしておいてくれ」
「OK!」
現地人からなんと言われようと今は任務中。
3人は自分達の存在を隠すことなく、警戒しながら観光を続けた。
密林地帯は原生動物の宝庫ではあるが、人影はほとんど確認できず、テロリスト達が持ち込んだ資材を組み上げる現場を目撃する現地人は誰もいない。
木陰からのぞき込む男女二人が目立たないわけはないのだが、周囲の監視カメラを掌握している今、逆に防衛装置の存在が目隠しの役目を果たしている。
「大がかりな装置みたいだけど、あれが何なのか分かる?」
「いや、俺の能力は装置として完成した機械にアクセスして、その機能を乗っ取るものだからな。作りかけの物に関しては何もできはしない。知ってるだろ」
装置への接触は直接でなくても、カートの意識をウェブ上のアバターにリンクさせて潜り込ませる事でも、操ることが出来るようになる。
ヘレンと組めば、特殊なAIが管理でもしていない限り、どんなマシーンでも簡単に掌握できる。
「彼らの使っている工作機械も、管理システムも今のところはスタンドアローンで動いているわ。現地調達の建築機械を使う事で、私たち対策でしょうね、AI制御のロボットもオフラインになってるわ」
と言う事は今は監視カメラの映像だけを頼りに、計画を立てなければならない。
「ヘレン、奴らが集めた資材からどの規模の施設を、どのくらいの期間で完了させられるか算出できるか?」
「そうね、多少の誤差はあるだろうけど、今ある作業用ロボットの数から言って、一週間くらいじゃあないかしら?」
この計画のためにソアのロボットを欲していたようだが、追いつめられた事で人質に使い、爆発に巻き込まれて死なせてしまったツケがここで回ってきている。
通常のロボットでは効率を引き上げることはできず、数を揃えたとしても作業を終わらせる期間は、さほど早めることもできないだろうとヘレンは見立てた。
「ベックは時間稼ぎをしているって事か。ヘレンがこちらにいれば、そんな裏工作は無駄だと分かっているはずなのに」
ベック=エデルート、カートの記憶にある男の性格はとにかく用心深く、慎重派でありながら過激な思想をいつも抱いている。
裏があるのは確かなのだ。
本人が本命を握っているとしても、ただの囮役だったのだとしても。
「ここまで追ってきたのが俺だって事は、奴も恐らく想定しているはずだ。ベックの動きは警戒が必要だが、俺達はここの完成まで、ベルトリカに戻って、情報を整理するぞ」
ここまでのデータを元に、警察機構への応援の要請もしなくてはならない。
リーノ達は引き続き囮を演じて貰い、カートとヘレンは一度軌道上の母船に戻る事にした。
直ぐにベルトリカとのランデブーを果たし、艦内に入ると、休暇中のラリーが飲んだくれているであろうレクリエーションルームへ向かう。
「よう、もう帰ってきたのか? 任務完了でいいのか?」
おおよその想像通り、ラリーは空き瓶に囲まれていた。
「重力戻すぞ。それと任務は続行中だ。ラリーもそろそろ準備しとけよ」
ラリーの休暇終了まではあと四時間。
アルコールを抜くなら今がリミットだろう。
「いてっ!? おい、カート! いきなりなんてことしやがる!!」
盛大に尻餅をついたラリーは、次々に落下してくる酒瓶を器用にキャッチする。
「ひでぇ目にあった。……見苦しいとこ見せちまったな。改めてフィゼラリー=エブンソンだ」
「は、はじめましてヘレーナ=エデルートです。ヘレンとお呼びください」
必死に笑いをこらえて挨拶をするヘレンは咳払いを一つ、気持ちを切り替えて握手を交わす。
「あの二人は何をしてるんだ?」
「ん? ああオリビエとガキんちょか、何をって、そんなもんは知らんが、オリビエの居場所はいつも通りじゃないか?」
各種装備の開発並びに船のメンテナンスを一手に任されているオリビエが、機械室、或いは工作室から出てくる事はほとんどない。
トイレやシャワーの時以外は、食事も就寝もどちらかの室内で済ませている。
「リリアスにロボットを与えたのはあの二人だろう。なぜガテンに行かせた?」
「そういや、そんな事もあったかな?」
ベルトリカから惑星に降りていったのが昨日の事、もしかしなくてもラリーは丸一日飲み続けていたのだろう。
この男から詳しい事を聞こうと思うのが間違いだと悟り、カートは工作室に向かう。
「なにか気になるの?」
「フェラーファ人のような非力な娘を、ガテンのような銀河評議会のルールが通らない地に向かわせたんだ、あのロボットの性能を確認しておく必要があるだろう」
画面で見た感じでは、現地人に紛れ込むのに問題はなさそうではあるが、テロリストに襲われる可能性のある未開の地に行かせたのだ、いったいどれだけのスペックを持っているのか、それによっては引き摺ってでも連れ戻さないといけなくなる。
「カートって本当に変わったね。いい意味で」
「変わる必要があったんだ。リーダーがあれだからな」
いい影響を受けている事は間違いない、ヘレンはにやけ顔が抑えられない。
その表情が何を言わんとしているのかを察して、カートは歩く速度を上げた。
このまま話をつづけていると、変にからかわれるのは目に見えている。
「オリビエ、聞きたい事がある」
工作室に入るやいなや、宿主の在室を確認することなく問い掛けるカートに、期待を裏切らない声がすぐに返ってくる。
「どうしたのさ。そんな慌てて」
「慌てちゃいないが必要な確認だ。あのフェラーファ人の使っているロボットの性能について」
あれがここでオリビエの助手をしていたメイド型ロボットだと見抜いたカートは、大まかな作りは知っているが、果たして外に出し、ましてや戦闘に絶えられるのかを見極めておく必要があると告げる。
「即席だけどね。ロボット工学の天才が手を加えてくれたんだ。君が心配するような性能ではないと思うよ」
制作者はオリビエだが、それをリリアが乗り込めるように改造したのは異端児ソア。
そのソアはと言うと、ここの資材を使って、改めて自分にそっくりなロボットを作っているという。
仕様変更したマニュアルをカートに渡し、オリビエは機械室の方へ引っ込んでいった。
「よし、ラリーも含めて作戦会議だ。そこでこの仕様書の確認もしたい」
「了解、フィゼラリーさんにも分かりやすく展開しろってことね」
能力からも判るように、カートは機械に対して理解力も高い。
一方ラリーは直感で行動するタイプ。
この仕様書を見せたところで、何の興味も持たないのは間違いないが、知らせないと後が面倒くさい。
「でも彼、随分と泥酔しているようだったけど」
「大丈夫だ。もう少しであいつの休暇タイムは終了だ」
レクリエイションルームに戻ると、ラリーは着替えを済ませており、いつでも出発できるように準備も整っていた。
「……まぁ、そっちはリーノに任せたからな。あいつの端末にでもそいつを送ってやってくれ」
やはりラリーはリリアロボットに興味を示さず、ブリーフィングは敵の動向の説明に移行。
「ベック=エデルートはリーノに任せるつもりだ。俺とヘレンが当たるのは森林で建設を行っているグループ。それでラリーお前には」
「ああ、このクソ暑い砂漠でコソコソしてる奴等に当たればいいんだろ?」
「そうだ。正直こいつらが一番厄介だ。ヘレンの力でもそこで何をしているのかが掴めない」
「だから俺なんだろ? 任せておけ、手に負えんようなら問答無用で蹴散らすまでだ」
できればこの単細胞に首輪を付けておきたいところだが、今までもこれで間違いを犯した事がないのだ、それを信じる他ない現状に不安が拭えない。
「だったら私を連れて行ってもらうわ、ラリーに」
扉が開いて少女が入ってきた。