Episode29 「……果ての結果に、俺は!」
ラリーとカートが目覚めたのは、ノインクラッド宙域に停滞する警察機構軍の戦艦の中。
メディカルルームで点滴を受けていた。
目を覚ましたと言っても、まだ意識がハッキリとしない。
大事な何かを忘れている気がするが、点滴には微量の精神安定剤も入っている所為だろう、睡魔に勝てない。
2人が治療を続ける最中、ステーションの制御室ではフランとティンクがピンチを迎えていた。
制御室にいた賊はヴァン=アザルドが、あっさり片付けてくれた。
落下阻止の障害を取り除いてもらって、端末に取り付こうとするフランの前に男が立ちはだかったのだ。
「おい、聞きたい事があるんだがよ」
「そんな場合じゃあないって、あんたも分かるよね」
「うっせーよ。こっちはそれどころじゃあねぇんだよ。分かってるんだぜ、お前らがガキを攫ったのはよ」
焦りを隠せないフランだが、男の怒気に圧される。
「思い出したぜ! お前、モーバンド=グランテの娘だろう。と言うことは……。くそっ! メンドくせぇ事してくれやがってよ」
フランは突然の出来事に防御が全くできず、胃の中の物を全てリリースした。
「お、女の子のお腹を思い切り殴るなんて……」
血反吐を吐くフランに飛びつこうとしたティンクだったが、ヴァン=アザルドの右手に捕まれ、いや握りつぶされてしまう。
「ガキの行き先はあの船だよな……。今回はここまでだな。統治軍から引き抜けただけで良しとするか」
「あ、あんた……」
「あ~ん? 無理すんなよ。内臓をぶっ潰したんだ。大人しく寝てろよ」
「こ、この、……このままじゃあ、このステーションは」
「ああ、落っこちるだろうな。俺じゃあどうすることもできんしな」
「だ、から、私が……」
「別にいいじゃあねぇか。きっとスカッとするぜ。カルバン=グレグの思い通りになるのは、ちょっと癪だがな」
そんな事をさせるわけにはいかない。
フランは体を起こし、端末を目指す。
「おお! いい根性してるじゃんか。けどよ!!」
四つん這いになるフランのお腹を蹴り上げる。
フランは声も出せず、その場で崩れた。
「さてと、俺もさっさと脱出しないとな。けどその前に」
「ははぁ~、あっ、あっ……」
声も発する事のできないフランの手の、10本の指が誰も触れないのに、あらぬ方を向く。
「あばよ、ガキ共」
ヴァン=アザルドは立ち去り、邪魔者はいなくなった。
けれど流石のフランも、この状態では落下阻止を諦める他なかった。
「フランだいじょうぶ?」
「ティン、ク……」
涙をこぼすフランの耳に、小さな妖精の声が届く。
「あなた……、どうして?」
フランの体はゆっくりと抱え上げられて、近くの椅子に座らされる。
「私もね。もうダメだって思ったんだけど、みんなと、フランとお別れするのがイヤで恐くて、そう考えてたら」
妖精族であるフェラーファ人は手の平サイズで、背中の羽根で飛ぶ事ができる程体が軽い。
「驚いちゃうよね。いきなりだもんね」
虫の息だったティンクは思いを遂げて、フェニーナとなった。
「なによ、すっごい美人じゃない。……可愛さが欠片も残ってない」
「それだけ軽口を叩ければ、まだ頑張れるよね」
「あんたこそ、なんでそんなに元気なのよ」
ヴァン=アザルドに握り潰されて、フラン以上の大怪我を負っていたはずなのに。
「進化の得点みたい。……と言ってもまだ上手く動けないんだけどね」
何はともあれ、ティンクの無事は確認出来た。
「だったら早く脱出しなさい」
「これ、堕ちるの諦めるの?」
「私が何とかする。だからティンク、あんただけでも……」
「バカ!! 私だってチームメイトだよ」
ティンクは両手でフランの頬を挟んだ。
「ベルトリカでだって、ずっと遊んでいたんじゃあないからね。フラン」
そうだ、ここにはまだ頼りになる仲間がいる。フランの目に希望の灯が蘇る。
指が上手く動かせないフランは、自分とティンクのウイスクを同期してもらい、ティンクに目線カメラを付けてもらい、手元で映像を見ながら作業を指示する。
言われた事を理解して、ティンクが全ブロックの分解から始め、各ブロックの姿勢制御が完了した頃、制御室の落下が始まった。
「フラン、どうにかならないの?」
最大の脅威は去った。制御室くらいのサイズなら、大気圏でほとんどが燃え尽きてくれるだろう。
「……ごめんなさい」
フランは自分の両手を眺め、痛みを忘れて拳を握ろうとした。
「今からじゃあ、落下シークエンスを実行する回路を、見つける事もできないと思う。だから!」
「そっか、残念だな。せっかくフェニーナになれたのに……」
「何言ってるの? あなただけなら、まだ脱出できるはずよ」
自ら端末を操作出来ていれば、もしかしたら間に合ったかも知れないという後悔。
これ以上後悔を重ねたくない。
しかしその想いは、首を横に振るティンクも一緒だ。
「……やっぱりラリーなの? フェニーナになれたのって」
「半分正解。私が好きなのはベルトリカのみんなだよ。誰1人欠けちゃ意味のないベルトリカチーム」
フランがいなくなる。死んだら誰にも会えなくなる。その想いが天に届いた。
でもそんな奇跡は、これ以上起きそうもない。
「ごめんね。フェニーナになれたのに、まだイズライトが使えない。どんな能力かも分からないけど、どうにかできたかもしれないのに……」
フェラーファ人がイズライトを得る為には、フェニーナになる必要がある。
人間サイズになると背中の羽根がなくなり、代わりに特殊能力を得る。
それは人間同様に、自分が望んだ物を手にする訳ではない、が。
「どういう能力なのかを見られなかったのは、少し残念ね」
この3分後、ステーションの制御室は大気圏に突入し、あっと言う間に真っ赤になって、バラバラになりながら、無数の流星となって地上で観測された。
モーブは宙航船ガルラゲルタを限界ギリギリで飛ばすが、制御室の落下に間に合わせる事ができなかった。
「くそったれが!? ヴァン=アザルドのヤロー!!」
「すまなかったモーブ、俺の見立てが甘かった」
「黙ってくれ、ラル! 意味もねぇのに、お前を殴っちまう」
荒れるモーブは一番に自分を責めた。他者の声に耳を傾ける余裕はどこにもない。
もし、ベルトリカを動けなくしていなければ、シュピナーグも使えないようにしていれば、ヴァン=アザルドを甘く見ていなければ、もっと慎重に情報収集をして、カルバン=グレグのブービーとラップを見抜いていれば。
なにより見届ける必要もなかったのに、娘達の傍に居らず、ラリーの父、フェルディラルのフォローに回っていなければ。
「……悪かったなラル、少しは頭が冷めてきたみたいだ」
「そうか、なら今度は俺が借りを返す番だ。モーブ、お前を手伝わせてくれ」
「いいのか? まだ完全に後始末が終わった訳じゃあないのに」
「なに、統治軍はいずれ消滅するだろうし、評議会にも隠せない爪痕が刻まれた。俺の仇討ちは終わりだ。後は俺の子にしては優秀すぎるあいつが、世界を変えてくれるだろう」
敵はヴァン=アザルド。
ラルは本来の目的を完遂するには、ヤツの目的を果たさせるのが一番と考えていたが、今度はその目的を潰すことが目標となる。
「地獄の果てまでつき合おう」
「そうか……、今度は俺が仇敵を討つ番なんだな」
モーブはガルラゲルタの進路をワンボック・ファクトリーに向けた。
オンボロ船をリストアする。
最善の準備を整える。
一度沸騰した頭は冷静さを取り戻し、ベテランコスモ・テイカーは、いつも通りに頭をフル回転させた。