Episode27 「俺、こんなんばっかりかよ!」
「よう、最近よく会うな」
「黙れ、ようやく追いついた。もう逃がさんぞ!」
カートが刀を抜いたのは、人集りが生まれる大きな歩行者専用の通りの真ん中。
あっと言う間に囲まれて、ウイスクの撮影機能を使った多くのシャッター音が鳴り、中には軍へ通報する人も少なくなく、統治軍も警察機構軍も応答はない。
「お前達のプランのお陰で、邪魔は入らない。こうして捕まえる事ができた」
「捕まえたとは大きく出るじゃないか。俺がお前の言う事を聞いてやる理由は無いと思うんだがな」
ヴァン=アザルドが通行人を盾にすれば、カートは手を引くしかない。
しかしその心配はいらない。ラリーがうまく立ち回ってくれている今は。
「お前は問題を起こしたくないんだろ? 俺達の目は引きたいが、目立ちたくないんじゃあないのか?」
「なら分かってるよな。この状況を俺は望んでいない」
「ならどうする? 鬼ごっこを止めるというなら、場所を移しても、俺は構わないぞ」
「ガキが調子に乗りやがって。……いいぜ、俺もそろそろ飽きてきていたからな。ついてこい」
ヴァン=アザルドはギャラリーに近付き、カメラを向けてくる青年を容赦なく殴り飛ばし、更にもう1人が殴られるのを見て、人垣が道を開ける。
「あまりムチャをするな」
「何がムチャだ。人の喧嘩をネタにしたがる野次馬に気を遣う行儀悪さなら、俺は母親の腹の中に置いてきたぜ」
人混みから抜けるとヴァン=アザルドは走り出した。
「なっ!?」
ヴァン=アザルドが約束を守るはずがない。
頭では警戒しているつもりだったが、あっさりと煙に巻かれてしまう。
「ここならいいだろ?」
一瞬だったが完全に男を見失った直後、無人の工事現場に男は立っていた。
「……バカにしてるのか?」
「あ~ん? やっぱりまだまだガキだな」
「だまれ!?」
「やるんだろ? 威勢は体で見せろよ」
カートは情報収集に成功したというフランから、ヴァン=アザルドのイズライトの詳細を教えられている。
その対策をラリーと2人でトレーニングをし、それぞれにシミュレーションも重ねてきた。
ラリーならヴァン=アザルドが仕掛けてくるタイミングを見極めて、瞬間的なパワー比べで、敵の筋肉操作を回避する手筈だった。
ではカートの場合は!
「大したスピードだな。けど俺も速いヤツは苦手じゃあないんだよ」
そう、ただ速いだけではヴァン=アザルドに捕まってしまう。
「ちっ!」
ヤツがイズライトを使う瞬間を読み、進路を変える。異常なまでの機動力で撹乱する。
つもりで鍛えてきたが、ハイスピードを出し続ける。
しかも減速することなく軌道を変える度、かなりのスタミナが持っていかれてしまう。
それにイズライトを封じても、相手は超一級のファイターだ。
決定打なしに勝てる相手ではないが、今のところカートが押しているのは間違いない。
カートの放つ暗器がヴァン=アザルドを傷つける。
体の自由が利いている間にケリをつける。
カートは速度を落とすことなく、氣を高めて風を操る。
「足を切り落とせば、いくらヴァン=アザルドでも逃げられないだろう」
しかし濃度の高い氣を使えば、カートも大幅に体力を奪われてしまう。
とは言えヴァン=アザルド相手なら、通常の戦闘を続けるよりも、大きな力を使える今、ワンチャンスに賭けるしかない。
「なに、外しはしない。ヴァン=アザルド、マテラ兄弟の仇討だ」
ヴァン=アザルドに付けた傷は、無為に付けたわけではない。里でも数人しか使えない技の布石だ。
「拷縛術!」
同時に風の刃を飛ばし、カートの氣は底を尽きる。
付けた傷は刻印、魂魄を縛り付けるための術印。
ヴァン=アザルドはホンの一瞬だが時間を止められ、指一本動かす事ができない。
空刃が犯罪者の足を奪う。
「なんて思ってただろ」
「なっ、なぜ……」
「お前の術が失敗したからだよ」
「失敗? まさか!?」
「フウマの術を俺が知っているのは、そんなにおかしいのか?」
それは有り得ない。フウマの里を知っていても、忍びの術を知るなんて有り得ない。
いや、だがこの神出鬼没の怪人には、それも想定しなくてはならなかった。
「難しい術なんだろ? ちょっとでも形が崩れたら発動しないんだってな」
ヴァン=アザルドはカートに気付かれない様に傷の位置をずらして、わざと傷を負わされ続けた。
「どうした、もう息切れか?」
見下ろしてくるヴァン=アザルドの余裕の顔が、カートから冷静さを失わせる。
「そいつも知ってるぜ。ガス欠状態でも命を削って、最後の一勝負ができるんだろ? けどな、お前はまだ俺の役に立ってもらうぜ」
ヴァン=アザルドは銃を抜き、いきり立つカートのこめかみを撃った。
統治軍旧本部のエントランスホールで、警備兵を相手に大立ち回り中のラリー。
先に大会議室へ向かった父からの指示で、20人の武装兵相手に一人、手加減無しの拳を振るう。
「なんか俺、ここんとこ、ずっと、こんな、感じだよな」
ただしチンピラと違い、統制の取れた軍人が相手だと、命懸けの戦場に立っているに等しい緊張が続き、疲労に疲労を重ねた今、いつ死んでもおかしくない状況だった。
「ナックルのバッテリーは、ギリギリだな。アンクルはまだ使えそうか」
この近接戦闘が強いられる乱戦で、手が使えなくなるのはかなりキツイ。
敵が近すぎて使えないベイカーショットは、ほぼフル充填されたままだが、どう立ち回るべきか……。
「残り12人。かなり、ヤバいぞ」
カートとの訓練でスタミナもかなりアップした。
まだやれるが、息切れをしている事を、警備兵に気付かれたくない。
歯を食いしばり、3人を一度に殴り倒す。
どれだけの時間が経過し、残りの兵の実力はどの程度のモノか?
無呼吸状態で殴り続け、ラリーにはチアノーゼが見られる。
「寄ってたかりやがって!」
一気に5人を倒して、大きく深呼吸をする。残りは4人。
階級章からして、ここの指揮官とその補佐役が3人。
「ちょっとヤバいかな」
補佐官3人が周囲を囲む。
長刃物を持つ者が2人、ラリーと同じ、拳闘スタイルが1人。
「指揮官は銃持って、距離を取ってやがる。……あれをやるか」
後の事を考えない捨て身の技は、ラリーも持っている。オリビエが用意してくれた技が。
「オヤジ、悪いな。この後も期待してる。ってんなら諦めてくれ」
ナックルのエネルギーが足りていない。ベイカーショットの銃口をナックルに差し込み、装備のエナジーバランスを整える。
しかし敵兵がラリーの準備の完了を、待ってくれるはずもなく。
一斉に襲ってくる3人を回避しながらの諸準備、ラリーの残り少ない体力が底をつく。
『使い時を間違わないでね』
オリビエの忠告を守るタイミングとしては、これがベスト。
「ファイナルインパクト」
声紋を照合し、キーワードがインプットされる。
ナックルとアンクルにある、全てのエネルギーが解放される。
ラリーを中心に大きな衝撃が拡がり、残りの4人と床に転がる兵の全てを、壁まで弾き飛ばした。
「……立てる奴はいなさそうだな」
ファイナルインパクト。
ラリーが装備する打撃補助具のエネルギーを、完全解放することで発生させる、高密度の衝撃波を打ち出す奥の手。
エネルギー量によって威力は変わり、今のように総量の2割を切っていても、人を吹き飛ばすくらいの破壊力は出せる大技。
オリビエの言うタイミングが大事というのは、一度使うと全エネルギーを使い切ってしまう欠点がある事。
満タンな状態でも、エンプティー寸前でも、使えるのは一度きり、その後はただのオモリと化す拘束具。
『下手にストッパーをかけると、マシーンがイカれるから、垂れ流すしかないんだ』
スタミナ切れに加えて、圧し掛かる装備に、ラリーは尻餅をついた。
「やっと終わったか」
「あん? アポースのおやっさん!?」
「なんだ、いい若いモンがへたり込んで」
「うっせぇよ! それよりなんだよこんな所に」
「ほれ、交換バッテリーだ」
「なんでおやっさんが持ってんだよ」
なにがなにやら頭がこんがらがるラリーだが、有難い救援物資を貰えた。
「話はフェルディラルと合流してからだ」
父親の名前を耳にし、重い体に気合いを入れ直す。
この奥で親父が、大詰めを迎えているはずだからと。