Episode26 「親の心なんて分かってたまるか!」
父にラリーが刻まれた切り傷は数知れず。
しかしダメージの蓄積はフェルディラルの方が高い。
攻防は一進一退。実力は僅差だが、年齢や体力差を考えれば結果は火を見るよりも明らか。
「年寄りが無理するなよ」
「……お前が強くなったんだよ。俺はまだまだ現役だ」
腕が重い。急に体に異変が起こり、ラリーはうっすらと冷や汗をかき始める。
「顔に出さない事も褒めておく」
「なにしたんだよ、親父?」
今まで感じた事のない倦怠感、構えを取っているのもツラい。
「教えてくれよ」
「針だ。このナイフには仕込み針を打ち出す機能がある。それをお前の体に打ち込んだ」
医療用の小さな針が、ラリーの肌に刺さっている。
「人には療養のモノもあれば、有害なモノもある」
「なるほど、ツボを突かれちまってる。ってことか」
謎が解けたからと言って、体のあちこちで動きが制限され、ラリー自らそれらを排除するのは困難な状態。
「大人しろ。勝負はついた」
「悪いがよ、親父。あんたの息子は往生際が悪いんだよ」
体が重いと言って、全く動けない訳じゃあない。
手足に填めた装備は、確かに体の動きに合わせて起動するように設定しているが、もちろんボタン操作でも動かす事は可能。
「なに!?」
「ふぅ、どうやら全部を吹き飛ばせはしなかったが、あんたともう一戦殴り合える程度には動けるぜ」
スラスターを全開で噴射させ、一目には分からない刺さった針を除去した。
「まだ他にも動きを封じる策はあるぞ」
「親父に怪我をさせていいなら、俺にもあるぜ」
ラリーが手加減をしている事は、ラルにも分かっている。
「俺を手伝ってくれないか」
「……気でもふれたか、親父」
「お前が受けた依頼は、ヤツの行動を抑える事なのだろ?」
第一目標はヴァン=アザルドを捕獲する事。ラルの捉え方は概ね間違いない。しかし……。
「俺が作戦行動中はアイツも姿を隠す事はない」
選択肢を狭められ、ラリーは提案を受け入れた。
正直、父に実力を買われた事はうれしい。
それよりなにより、これだけの騒動を起こして、いったいどんな目的を果たしたいのか?
狙いが評議会や警察機構軍でない事は明白。
目標は恐らく統治軍。しかしその本部とこことは距離がある。
「ノインクラッド統治軍の本部は今もここにある」
「なんだよ、それ?」
「そもそもあの騒動は、当時の統治軍の総督の計略によるモノだ」
父、フェルディラルが姿を眩ましていた11年間。
可能な限りの情報と資金と、練りに練ったという計画の実行。
子供だったラリーは足手まといでしかなく、そして将来を見据える息子が統治軍に入らぬようにと、モーブに預けられたのも計画の一部。
そしてラリーは想像を超えるテイカーに育った。いや、あまりにできすぎた事は誤算と言えるが……。
「この移転前のここが、今も統治軍の本部だって?」
あの時のテロリストを先導したのは当時の総督だった。
懇親会を利用して、フィッツキャリバーと交した条件をもっと優位にしようと一計を案じる。
「その総督と改革方法を異にする提督が、テロリストの目を公民館に移したのさ」
「親父?」
態度の変わるラルの表情は、初めて会った時のカートの顔に重なる。
「総督の想定の数倍に膨れあがった破壊活動で、大勢の犠牲者が出てしまった」
総督は事件の収拾がついた後に更迭されたが、組織が解体される事はなかった。
「あの提督は事件のどさくさに紛れて、組織の立て直し、自らがトップに立ったんだ」
「あれだけの大事件に発展させたと言われ、統治軍の発言権なんて無いに等しくなったんだ。何が問題になっているんだ?」
「軍を嫌う有力者は多い。統治軍を頼る権力者も少なくはない」
コスモ・テイカーはグレーゾーンにいるように思われがちだが、法の範疇をはみ出す事はほとんどない。
よっぽど統治軍の方が黒に近い活動をしている。
「親父の狙いは、その提督から総督となったヤツということか?」
統治軍旧本部、あの日に父の友人であると紹介された、コスモ・テイカーのモーブに預けられたのもここだった。
「奴らはこちらの思惑通りに動いている。ここは評議会の目も届かない。奴らにとって最も好都合な場所だが、こちらにとっても同じこと。全て計画通りだ」
「悪いが親父、俺はここまでだ。相手がどれだけの悪党であっても、これは犯罪行為だ」
「ヤツは2人を殺した。2人だけではない。それこそ数え切れないほどに。これは千載一遇のチャンスだ」
ラルの主張は理解出来る。
しかし今のラリーにはチームメイトがいる。
どこの誰を敵に回したとしても、チームメンバーに迷惑を掛ける事はできない。
「カートならヴァン=アザルドを逃しはしない。親父、久し振りに会えて嬉しかったよ。できる事なら……」
その銃弾はラリーの顳顬を、寸でのところで撃ち抜けなかった。
「本当にいい動きをするようになった。……なにがなんでも手伝ってもらうぞ。ラリー」
反射的に体が動き、ラルの顔面を右拳が潰す寸前で通信が入った。
強制的に開いた回線の向こうには、フランとティンク。それと……。
『久し振りだなラリー、随分とデカくなったもんだ』
「モーブ!?」
ベルトリカを手に入れた後、直ぐにいなくなったフランの父親で、ラリーの身元引受人のモーバンド=グランテ。
「……あんたも親父とグルか?」
『まぁな。フランと妖精の嬢ちゃんを大事に想ってくれるなら、親父さんを手伝ってやってくれ』
なんてロクでもない大人ばかりなんだ。
娘や息子の気持ちを、どうしてこんな簡単に後回しにできるのか。
「はぁ~、しょーがない。家族を盾に取られちゃあな」
『家族?』
「そうさ。俺にとってはフランもティンクも、父さんに母さん、ラナーと同じ家族さ。もちろんカートもな」
しかしこんな茶番は理由にはならない。
ここでラルに荷担すれば、恐らくはコスモ・テイカーとしての資格を失う事になるだろう。
「証拠だ。そいつを見せてくれたら、今度こそ親父とモーブに手を貸す。あるんだろ? そいつを先に見せてくれていたら、俺もこんなイヤな思いをしなくて済んだんだけどな」
「証拠はある。しかし決定的なものではない」
「だろうね。そうでなければ、こんな回りくどい事はしなかったろうからな」
ヴァン=アザルドのテロ工作計画、目的を果たすための障害として、ラルとターゲットが重なった事で協力体制を取った。
「ヤツの狙いはなんなんだ?」
「そいつを素直に話すヤツではないことは、言うまでもないだろう。それでも目的達成のためには、ヤツと手を組むしかなかった」
ヴァン=アザルドは有能な子供を集めたがっていた。
ラルは統治軍が絡んでいる人身売買組織を潰し続けてきた。
「こっちはカートを欲しがって、チームを潰した件だな。人身売買組織か、そんな話なら評議会も動かせたんじゃあないのか?」
「評議会も警察も、立証出来る証拠がなくては動けない。その証拠を潰すのが統治軍の一番の役割りだ」
ここに来ているというターゲット達を一網打尽にすれば、こういった統治軍の裏を一気にクリーンにできる。それがラルの目標だ。
「それが済んだら、親父はどうするつもりなんだ?」
「お前の言う通り、俺は犯罪を犯そうとしている。評議会だって信用ならないが、俺の身柄を預かってもらうつもりだ」
「……そうかよ」
ラルは自分が身につけていたマントと、仮面をラリーに渡した。
「お前はモーバンドを名乗れ。あいつはずっとそれを付けて、俺の手伝いをしてくれた」
「……気遣いどうも」
マントはただの布でしかないが、マスクはかなりの高性能だ。ラリーのウイスクとリンクをする事で、様々な情報をリアルタイムで提供してくれる。
『よう、ラリー』
「モーブ、あんた何を娘に無理させてるんだ」
『いい娘に育ったよな。お前のお陰だな。って感謝してるんだぜ』
「言ってろよ。それで? あんたが俺をフォローしてくれるのか?」
「おう、任せとけ」
軽く溜め息が出るラリーは、態とらしく深い溜め息を改めて吐いて、走り出したラルの後を追った。