Episode20 「こんな休暇も悪くないな!」
ティンクの滞在許可期間の延長手続きを終え、昼食のために個室をとって、ノインクラッドで今人気のランチを楽しむ。
「これで終わり? もう帰るの?」
「お前はどうしたい?」
「もちろん、街を見て回りたい」
当然の反応だ。ずっと小さな惑星の小さな保護区で育ち、故郷を出たと行っても狭い船の中。あまり我が儘も言ってはならないと我慢してきただろう。
「すまなかったな。調停法で定められているとは言え、長い事閉じこめるような事をして」
「うぅうん。ベルトリカの中は自由だったし、情報もいっぱい見せてもらったし、ゲームも楽しかったから、窮屈とか思ったりしなかったよ」
いつも同じようにそう答えてくれるティンクだが、やはり地上の街に来られたことは別格のようだ。
「早く、早く」
「おぉ! 好きなところに連れて行ってやるよ。お前は箱の中。だけどな」
『問題ないない。一緒に歩き回ってくれるって事でしょ。デートだね。楽しもうね』
今日の日を楽しみにしていたティンクは、色んな場所をリサーチしていた。
と言ってもこうして見て回れるとまでは思っていなかった。ボックスを作ってくれたオリビエには感謝しかない。
観光地を回るもよし! 食べ歩きをするもよし!
ただ何をするにしても、ネットダイブすれば疑似体験ができる世の中で、箱の中のティンクができる事も、ほとんど疑似体験と大差はない。
「なんだ、どこにも入らなくて良いのか?」
『うん、このまま散歩がいい。ラリーが歩いて、観てくれている光景が、肌で感じているみたいに伝わってくる。オリビエってすごいね』
その喜ぶ表情は、ラリーがつけるサングラスに映し出される。
2人は繁華街に出た。
十分な軍資金はフランから受け取っている。
ティンクだって、ベルトリカで給料を貰っている。
しかし食べ歩くにしても、ティンクがお腹に入れられる量なんて、たかが知れている。
それにノインクラッドに妖精族が着られる服は売ってない。
サイズとしては子供の着せ替え人形の物なら。合う物もあるだろうが、作りがちゃちで着れない。
「オリビエの作ってくれたの、すごくかわいいんだよ」
一着だけ持ってきていた専用服に、狭いボックスの中で器用に着替えて、ティータイムに入ったお店で披露してくれた。
「よく似合ってるじゃあないか。オリビエのセンスもなかなかなモンだな」
「ラリーのファッションセンスで、分かってもらえるか心配だったけど、褒めてもらえて嬉しいわ」
ラリーは閑古鳥が鳴いて、妖精族がはしゃいでいても、店員以外に気にする目もなく。そんな店内から窓の外を見て珈琲に口を付ける。
「ティンク、ボックスに戻ってくれ、店を出る」
「えっ、なんで?」
「すまないが遊びは終わりだ。いや、確認して問題なかったら、もう少し遊べるから」
店員に許可をもらって、ティンクのジュースをボックスの水筒に移し、会計を済ませて外に出る。
『どうしたの、慌てて』
「指名手配の犯罪者を見つけた。クリミナルファイターだ。依頼を受けた訳じゃあないから、追いかける必要はないんだけどな」
『うぅうん。それは追いかけるべきだよ。指名手配って事は、そいつを捕まえる事で、その後の大きな仕事も取れるかもなんだよね?』
「そいつはアンリッサとフラン次第だが、そうだな。優先的に回してもらえるから、ってのもあるが、単純に金払いが良いんだよ。……見つけた」
ウイスクに撮った写真を元に、追跡サポートを開始する。
「海運会社の倉庫街に向かうな」
『かいうん……、って何?』
「おお、ティンクは知らなかったか? ノインクラッドはキリングパズールに比べて陸よりも海の割合が大きくて、重力も大きいからな。輸送品によっては陸路や海路を選択するんだよ。コストカットの為だな」
『へぇ、水に浮かべる船って、遊びに使う物だけだと思ってた。そう言えばかわいくない大きな船があったよね。ノインクラッドとガテンみたいな評議会非加盟惑星には』
港にはあまり人影はなく、働いているのはロボットがほとんどだが、監視カメラは無数に配置されている。
「こんな所で何かをしようってのか? 見つけてくれと言わんばかりじゃないか」
考えられるのは人目を集める囮役。
と言う事は今この町には、こいつ以上の大物が潜伏している。その可能性が考えられる。
『ラリー、アイツは私が見張っておくから、町の方を』
「おお、その手があったか! なんて言うわけないだろ。今はアイツを抑えて終わりだ」
見つけられるかどうか分からない相手より、目の前の捨て駒だ。
『だって、そいつの飼い主は、ここで何かをやらかそうってんでしょ!?』
「それこそこいつをサッサと捕まえて、だ。お前の事を気にしながら人捜しなんざ、上手くいくわけないだろ」
ラリーは走り出し、目標のファイターの前に躍り出る。
男は目的もなく徘徊している。
港の倉庫街を2周もしているのだから、これ以上泳がせる必要もない。
そう考えたのだが。
「掛かったな。どうも俺をつけているヤツがいると思って、炙り出そうと彷徨いたら、簡単に引っ掛かったな」
周りをゴロツキが囲む。面倒だから数えないが、20人以上はいるだろう。
「この辺りの防犯設備はこいつらが先に来て潰したからな。ロボットばかりで目撃者もいねぇ。きっちり殺して、海に沈めてやるから覚悟しやがれ!」
「そうか、そうか、そうかよ! もしそれが本当なら大助かりだ」
何をやって、なんで指名手配となって、どんな名前だったかも思い出せないが、それならそれで好都合。
焦ってティンクに尾行を任せなくて大正解。
「ひっさびさの喧嘩だ! 腕が鳴るぜ」
『喧嘩って、そうだ。ラリー、あんた武器持ってないじゃない!? 逃げなきゃ!』
ティンクが叫ぶが早いか、ラリーは「しっかり掴まってろよ」と言って、指名手配犯の前に立ちはだかるゴロツキ共に突っ込んだ。
『うそ、電波妨害まで!? これじゃあ人を呼べないじゃない!』
アークスバッカーを呼べない。いや、そもそもが役所の駐機場に停めてあるから、無断で飛ばす事はできない。
こうなったら自分が外に出て、一っ飛びで応援を呼びにいくしか。
『あれ、開かない。なんで?』
その説明も受けていた。ラリーが直ぐ側にいて、起きている脳波状態で、彼がロックをした場合は、中からの開閉はできない仕組みだと。
『もう、ちょっと! ラリー、ここ開けてよ』
「お前が何を考えているのかはお見通しだ。心配すんな。直ぐに片付けるからよ」
外の様子も見せてくれない。彼の声だけがティンクに許された情報源。確かにまだまだ余裕があるみたいだけど、ラリーが我慢強い事をティンクは知っている。
『ムリだよ。ラリーが死んじゃう……』
そうして海に投げ捨てられて、ボックスが錘になって沈んじゃって、それでも中にいる自分だけは助かる可能性が残るなんて。
『そんなの、ダメだよ』
涙がこぼれ落ち、次々と流れ出して止まらない。
「何がダメなんだよ」
ボックスが開いた。
覗き込んだのは傷一つない。いや、汗一つ書いてないラリーだった。
「あれ? ラリー、無事なの?」
「んだよ。当たり前だろ」
外に飛び出すティンク。目の前に大勢の男。
「これ、やっつけたの?」
「26,27,28人。まあまあの数だな。歯応えなかったけど」
呻く男達の中には、あの指名手配犯の醜く潰された顔もある。
「逃げ出したのは2人かな。そいつらがいなくなって、通信も繋がるようになったな」
ラリーは警察を呼び、先ずは警備ロボットが来て、男達を手錠で拘束。
まさかのラリーにまで手錠を填めようとしてくるが、そいつらを容赦なく殴っていたら、警察官がやってきて、10人掛かりで取り押さてくる。
流石にこっちには手を出すわけにいかず、手錠を受け入れ犯罪者達と一緒に連行され、フランが身元引受人としてやってくるまで、話も聞いてもらえず、一晩牢屋で過ごす事になった。
フランを交えてようやく話を聞いてもらえたラリーは、警察幹部から丁寧に頭を下げられ、皮肉混じりで謝罪に応じた。
シュピナーグで降りてきたフランと別れ、アークスバッカーに戻ると、そこにはティンクの寝姿があり、起こすのもかわいそうなので、モビールを動かすことなく小一時間を過ごす。
「お、起きたか」
「ラリい?……、ラリー!? ラリーラリーラリー」
また泣かれてしまった。
「よかったぜ。ここに戻っててくれたんだな」
ラリーが警察を呼んで、すぐに駆けつけた警備ロボットと乱闘が始まり、ティンクはボックスに入れなかった。
警察官が来たので急上昇して経過を観察していたら、ラリーは捕まって連れていかれてしまった。
途方に暮れるティンクだったが意外と冷静で、取り敢えずはアークスバッカーに戻って、ベルトリカと連絡をとるのが先決と行動した。
お陰で翌朝にはフランが、ラリーを引き取りに来てくれた。
「本当に助かったぜ。あいつら俺の言うことを聞きやがらねぇからよ」
しばらく泣き顔の妖精の小さな手で、ポカポカと頭を叩かれ続けるラリーだったが、「そろそろ帰ろう」とティンクをなだめてボックスへ入ってもらい、アークスバッカーは飛び立つのだった。