Episode11 「今度は俺が休む番! なんてな」
惑星ガテンは銀河評議会が便宜上付けた名前で、現地では違う名前で呼ばれている。
だが報告書にはガテンの名で記載する事になるので、現地名は気にしない事にする。
リーノ達が先ず降り立ったのは、島国の賑やかな大都市。
ファッション性を重視した原始的な衣装を身にまとい、街を行き交う人々は、若者になればなるほどに手の平サイズの機械を持っていて、どうやらそれはウィスクによく似た機能を持っているようだった。
ウィンドスクリーンを展開する事はカートに禁止されている。
代わりにとリーノ達にも現地人が持つ端末と同じ物が渡されている。
「なるほど、画面を指で操作するんだな。ウィンドウが開かないってだけで、操作感はウィスクと大差ないな」
「手に持ってないといけないのが面倒だけどね」
端末の接続先は、少し離れた場所で隠してあるシュピナーグ。
モビールを介してベルトリカのティンクとも繋がっている。
『ちょっとクララ、あんまりリーノにくっつくんじゃあないわよ』
最後まで付いてこようとあがいていたリリアだったが、流石に銀河評議会に未登録の惑星に連れてくるわけにはいかない。
フェラーファ人用のボックスも、温度調節方法を製造者のオリビエに教えてもらったが、この惑星では異質な道具は目立ってしまうので、リリアは断念するほかなかった。
「だって、私達今は恋人同士だからね」
体を寄せ合い腕を組み散策を続けるが、リーノには一つ気になっている事があった。
「クララ、お前なんか周りから見られてるんじゃあないか?」
「うん、気付いてるよ。ねぇリーノ、私どこか変なのかな?」
いくつもある言語形態から、二人の容姿に見合った地域を選択し、翻訳機もちゃんと働いている。
もちろん今二人が居るこの地方の言語も理解は出来ている。
「ねぇ、あの女の子ってモデルかな?」
「すげぇ美人。タレントならどっかの検索にヒットしないか?」
「隣の男の人、彼氏かな? イケメンだけどちょっとバランス悪いよね」
どうやらクララを好奇の目で見ているようだが、あまり目立ちすぎるのは良くない。
「そのスタイルが問題なんじゃあないのか?」
「だって私のゴツゴツの体じゃあ目を引くからって、ベルトリカでここの一般的なモデルを元に調整したんだけど」
それが正解かどうかの答えは、この視線が物語っている。
「ちょっと物陰を探して、再調整が必要だな」
カートは一人、若い二人がいるのと同じ島国の中部地方、隠密組織のある山地に戻ってきていた。
この惑星でこの隠れ里だけが、銀河評議会からの情報を手に入れる事が出来る。
稀に発見されるイズライトの持ち主が集められて、組織員として育てられている。
平和な世界を保つためには、異質な力は隔離されるに限るのだ。
「また中東の情勢が悪化している。それと大国の内部分裂も看過できん状況だ」
里をまとめるお役目の長老達が一人、ラオ=センサオに面会している。
「外の世界からの渡来人に、異能を持つ犯罪者か。よかろう、汝の協力の要請を聞き入れよう。必要に応じて人員を連れて行くがよい」
ベック=エデルートの名を聞かされた時は、まさかという驚きとなるほどという合点もいった。
「あやつの深意や、主はなんと考える」
「はい、奴は他の文明を利用して、銀河評議会を拒絶しています。この惑星が加盟する流れを断ち切ろうとしていたあの頃と同じ思想で」
「この星が件の同胞と交わるには、まだまだ多くの時間が必要となろう。このような過激な行為に及んだ経緯も探る必要があろう」
面会は短かったが、必要な援助と情報を際限なく受けられる確約を得て、屋敷を出る。
「久しぶりね、カート」
「……やはりお前が来るんだな、ヘレン」
組織との顔つなぎに選ばれたのはカートとも旧知の、同年代の昔からの知り合い。
「本来、見張り役は繋がりのない、または限りなく接触のない者を選ぶはずだが?」
フウマ一族は三世紀ほど遡れば、忍びと呼ばれた組織である。
里を出たカートは昔からの習わしで、組織内では除名された脱退者扱いとなっているはず。
「になってないわよ。あなたは優れた諜報員だから、ベルトリカに所属した当初からずっと出向扱い」
「俺は元クリミナルファイターだぞ」
初耳の情報は、なぜ今更になって、知人からサラッと聞かされているのか。
「任務の上で犯罪者組織に潜入しただけでしょ。任務は失敗して捕まっちゃったけど、ちゃんとフランソア=グランテさん、ベルトリカチームの前のリーダーさんとの話し合いは済んでたのよ」
脱線したが今回の任務、カートはフウマの一員として、逆賊ベック=エデルートを討たねばならない。
「もちろんラリーは知ってた話なんだよな。あいつは戻ったらホンキで絞める必要があるようだな」
「この任務が終わったらまた戻ってしまうのね」
「当たり前だ。俺はコスモ・テイカーだからな」
ヘレーナ=エデルートは愁いを帯びた瞳で男を見つめる。
「それより本当にいいのか? ベックの始末は生死を問わずと言われているのだぞ」
「当然でしょ、兄の不始末は私が何とかする。けど能力の低い私では何も出来ない。だからしっかり利用させてもらうわよ、あなたの事」
ヘレンは諜報員としてはかなり優秀ではあるが、戦闘員や工作員としては一般人と変わりない。
評議会に未加盟の惑星人でありながら、ウィスクを貰い受けていて、宇宙の情報も閲覧できる身分の彼女は、評議会にとってカート以上の観察対象なのだ。
目前の中空にウィンドスクリーンを展開し、今の状況を整理して映し出す。
「相変わらずスゴイな。これだけの情報量を一気に取り纏めて、有効なデータに整理できる異能の力」
彼女が宇宙に上がれば、引く手数多なのは間違いない。
その危うさをフウマの里は十二分に理解しているから、ヘレンが外に出る事を避けてきた。
しかし今の状況をスピーディーに解決する為には、彼女の能力が必要不可欠。
なにより当事者に一番近いからこそ、認めざるを得なかった。
「ベックが戻ってきた事で下位構成員から38人が里から離反している。彼らの目的地は……」
この星の情報管理は練度が低く、ヘレンのクラッキング能力から隠れる術はなく全ては筒抜け、手配犯の居所も簡単に掴む事が出来た。
「でもおかしいわね。ベックなら間違いなく私の事を警戒するはず」
「そんなに簡単には判断できないさ、少し時間がかかるのはしょうがない、いろんな情報を集めてもらえるか?」
ベックがこの星に降りるとき、共に連れてきたのテロリストの数は62人。
「101人は三方に別れて行動している、ベックはあなたの仲間の元へ向かってるわね」
オフィシャルモニターはもちろんの事、個人の端末の画像までも自由に閲覧できるヘレンは場所を限定して膨大なデータの中から有効な情報をピックアップする。
「あいつら……、本気で遊んでるようだな。だがその方が囮としては役割を果たしていると言えるか」
ヘレンはリーノ達をモニターに映し、両者の位置関係を示す。
「へぇ、かわいい子達ね。もしかしてお付き合いしてるのかしら、お似合いじゃない」
「恋人同士を装って行動しろと言ってあるからな。囮役ではあるがあまり目立つなと言ってある。特に警察機構の娘は、あまり考えさせない方がいいと思ってな」
「カートがそう言ったの?」
「娘の方が乗り気だったから、好きなようにしろとだけ伝えてある」
それを聞いたヘレンは忍び笑い。
「なんだ、どうかしたか?」
「いいえ、ごめんなさい。まさかあのカートがそんな事を言うようになったなんてねって」
古くからのつき合いでどんな性格かも把握しているつもりだった、弟のように思っていた彼の口から、若者の恋人像を聞かされた様な気になり、思わず笑ってしまった。
「ああ、俺は里では下のもんを気に掛けてやる余裕もなかったからな」
「そっちじゃあないんだけど……、それでどうする? 私達の行動もベックには伝わっていると考えるべきだけど」
気持ちを切り替え、ここからの展開をどうするか話し合う。
「俺達の目標はこいつらだ」
一番人数の多い集団、一番大きな海洋を渡った南東に位置する大陸、大森林地帯に向けて移動することに。
モビールはステルス機能が備えてあり、直径約1万3千キロのガテンをほぼ半周。
現地時間で一時間を掛けて飛び越えてたどり着いた場所は、ネット環境など整っていない、隠密行動を重視しながらもスピード勝負も意識する。
「恐らくここが奴らのプランの要だ。ここからが本番だな」