Episode19 「朝の片頭痛は大変だけどな……」
「あぁはははぁ~、完勝完勝!」
ご機嫌のミリーシャは、銀河法で20歳からと定められているお酒を、大いに呷っていた。
ここはオレグマグナ所有の宇宙船メンテナンスドックステーション。
ベルトリカとランベルト号も駐留している。
参加者はフラン、ラリー、カート。海賊団からミリーシャとノエル。
そして依頼主のオレグマグナからは今回の主役、フォレクス=マグナのみがこの場にいる。
「ミリーシャ、あなたいくつになったんだっけ?」
「お前の一つ下だ。なんだ、忘れたのか? フランは相変わらず失礼なやつだな」
「いいえ、覚えているわよ。私もあと8ヶ月したら、お酒が飲めるようになるってね」
「ああ、そう言う話か。固い事を言うな」
キャプテンは飲酒を海賊になった時に覚えた。
今はまだアルコール度数を気にして飲んでいる。
ただ女海賊として箔をつけるために、体作りも兼ねて、飲んでいるにすぎない。
「こいつはいい、こんな旨いもんだったなんてな。喉が焼けるぅ~」
「うん? ねぇラリー」
「なんだよフラン」
「あんた今、何を飲んでるの?」
「なにって、キャリバーのオッサンらが薦めてくれたドリンクだよ。ちょっと甘いけど飲みやすいぜ」
フランはニオイを嗅いで理解した。これも子供が飲んではいけないものだ。
「ねぇラリー、まさか目の前にある空ボトルって……」
転がるボトルは、みんな同じようなラベルが付いている。
「これ、ミリーシャのより度数高いでしょ、それもかなり」
「なに言ってんだよ、俺があいつみたいに、乱れているように見えるか?」
「そうね、酔ってるか酔ってないかで言えば……、あんた、酔ってるわね」
「せいか~い!」
「じゃあない! 初めてで自分の加減が分かってないうちから、無茶な飲み方すんな。てか、まだ飲むな! 3年早いっての!!」
この打ち上げの主役であるフォルスを差し置いて、できあがるラリーとミリーシャを放っておき、フランは今回の訓練の成果と、反省点をまとめた資料を3代目に渡す。
「今回は残念だったわね。でも初めての船隊戦の指揮としては、得る物は多かったと思うわ。それに今日のはミリーシャが大人げない。負かすにしても、もっと上手く立ち回れなかったかしら」
ランベルト号の性能頼みの力押しで、被害を無視した強襲で、初実戦の少年指揮下に勝って、こんなに大笑いできるミリーシャに、フランはいい容赦なく苦言をぶつける。
「何を言う。私を煽ったのはラリーではないか」
そう、もう一人の子供は、フォルスの教育係のラリーだ。
「煽ったのは俺だが、始める前に喧嘩を売ってきたのはミリシャだ」
こうなったらもう、泥仕合のなすり合い。
それでも得る物はあったのだからと、依頼通りの報酬を約束してくれたフォレスに、フランは頭を下げた。
宴は深夜まで続くのだった。
ティンクはオリビエに呼ばれて、レクリエーションルームにやってきた。
「はい、できたよ」
「ありがとう、オリビエ」
先週の打ち上げの最中、ティンクは宴会場にフラフラ入ってきて、フランに叱られた。
と言ってもベルトリカにフェラーファ人がいるという噂は、とっくの昔に広まっていて、妖精族を知らなかったフォレスが驚いたくらいで、全く騒ぎにもならなかった。
いつもいつもベルトリカに閉じ込めて、申し訳ないという想いはフランにもあるが、それもこれもティンクを思っての事だ。
「へぇ、思ってたより小さいから、ちょっと不安だったけど、これなら寝られるね」
フランがオリビエに注文したのは、ティンクを入れて背負えるボックス、もちろん固定されるのは、ラリー専用のバックパック。
「本当にこんな温度設定高めで良いの?」
「うん、わたしかなりの寒がりなんだ」
寒がりのティンクに合わせて、ベルトリカ内の温度設定もそこそこ高めにしてある。
「それんな寒がりさんなのに、なんでそんなに薄着なの?」
「フェラーファ人用の服って、似たようなのしかないからね」
「そうなんだ? でもそれなら丁度いいかも。これ、気に入るかな?」
30着以上の人形服。背中が空いていて、羽根が出せるようになっている小さな服だ。
「うわぁ~、かわいい♪ オリビエって、服も作れるんだ」
「うん、義手を慣らすのに、色んな事を試してるから」
早速着替えようかと、選べ出した時。
「おはよう……」
「って、もうお昼だよラリー」
ティンクは選ぶ手を止めて、ラリーの右肩に座るが、呼気のアルコール臭に溜まらず飛び退いた。
「ちょっとラリーあんた、もう出発の時間じゃない!」
ラリーの後からフランも入ってきて、今日の予定をウイスクで確認する。
「まだ飯も食ってないじゃんよ」
「そんな時間なんてないわよ。コクピットでレーションでも食べなさい」
ラリーは舌打ちの後に大きな溜め息、フランは敢えてそれ無視をし、ティンクの前に立つ。
「もうボックスはもらった?」
「これだよネェーネ」
「おっ、オリビエ仕事が早い。それじゃあラリーに連れて行ってもらってね」
「どこに? 何をしに?」
「昨日言ったでしょ。去年も行った、ノインクラッドの評議会事務局よ」
「う、うん?」
「フェニーナではないフェラーファ人は、年に一度の更新を怠ると、強制的に星に帰す事になるのよ」
「ああ、そんな事を言ってたわね」
前回もアークスバッカーで事務局の駐機場に乗り付けて、そこからはただのバスケットに入り、コパイシートに相乗りしたフランが運んでくれて、手続きも済ませてくれた。
「私は一緒に行けないから、しっかりと頼むわよラリー。手続きはティンクが自分でできるから」
「あいよ。くそ、腹減ったな」
市販のレーションは腹持ちはいいが、味がいまいちなのが良くない。
それでも空腹よりはマシか。ラリーはもう一度溜め息を吐く。
「おいラリー」
「なんだよ、カート。お前も仕事だろ」
「ああ、俺はもう少し後だがな。それよりこれ」
「なんだ、これ?」
「弁当だ」
「おお、ありがたい。助かるぜ」
カートがチーム入りして、一番重宝されているのは、その料理スキル。
人間は三大欲求を満たすのが、最も大事なのだと気付かされた。
「よし、行くか。急がねぇと日が暮れちまうぜ」
「えっ?」
「ほら、行くぞ。箱の中に入ってくれ。その箱をサブシートに固定するから」
言われて中に入るティンク。蓋を閉められると、正面の画面が光り、外の様子が見えるようになる。
どうやらラリーの左耳の辺りにカメラが付いているようだ。
「聞こえるか?」
『うん、大丈夫』
「息苦しくないよな」
『なんでそんな事を聞くのよ』
「いや、この箱。気密性も高いって言うからよ。宇宙空間でも深海でも平気だとかでさ」
『あっ、もしかして空気清浄機が止まったら……』
「窒息するらしいな」
「バカな事言わないでよバカラリー」
たまらずオリビエが話に入ってくる。
「ちゃんと安全装置が働いて、万が一にも機能停止するより前に、蓋が開くようになってるから、機械的に」
それは例え宇宙空間でも深海でもである。
「平気だよ。ティンク専用の宇宙服もあるから、左コンソールの緑色のボタンを押してみて」
オリビエの指示でボタンを押すと、腰を掛けているシートが割れて、中からアストロスーツが出てくる。着替えるのではなく、全自動で装着させてくれる。
『すごぉ、初めての模様替えが宇宙服って言うのも、何だかなぁだけど、ちゃんと私にジャストフィットなサイズだよ』
「これはあくまでも箱だからね。緊急脱出っても、外に放り出されるだけなんだけど、その服を信じてくれて大丈夫だから、落ち着いて行動してね」
なんとも冷や汗の出る話だけど、必要最低限の機能は備えているボックス内は、非常食も3日分は積んでいるとかで、すこし乗るのが怖くなるティンクだった。