Episode16 「家族が一人、増えたんだぜ!」
機関室へ向かおうとするラリーとカートだったが、大きな揺れに見舞われる船内、その場に留まり様子を窺う。
揺れは治まる様子もなく、時間に連れ徐々に増していく。
「お前、何か知ってるか?」
「俺はあの男に言われるままに働かされた。そんな自分に疑問を持つ事もなく」
カートは冷静さを失っている。
が怒りを表に出さない訓練は、小さい頃から行ってきた。脳の働きに支障が出ているとは思わない。精神制御の後遺症も感じない。
「すまない。やはり言われるままにイズライトを使い、言われるままにお前達と戦ったとしか答えられない」
限界まで集中してみたが、怒り以外の感情が何も出てこない。
「おい坊主、帰るぞ!」
深く呼吸をするカートの前に、ヴァン=アザルドが姿を見せた。
表情一つ変えず、短剣を構えるカートを見て、ラリーも見知らぬ男を敵と認識し、問答無用に殴りかかる。
「んだよ。正気に戻ってるじゃんか。面倒クセェー」
ヴァン=アザルドはラリーを無視して、カートを一瞥する。
「何かしたな、オッサン」
揺れで足下がぐらつく、しかしそんな事を理由に、攻撃を外したりはしない。
ラリーは自覚のないまま、自らの足がターゲットを外したのは、なんらかの能力が働いたからだと結論付けた。
「へぇ、気付いたのか? 面白いガキだな」
ラリーは見ていた。男がカートの攻撃を避ける素振りを見せなかったのを。
「お前も来いよ。ただ死なすは惜しくなった」
「正義振る気はないが、悪党にはなりたくねぇな。それにそいつもお前に使われるのは、もう我慢ならないって顔してるぜ」
ラリーはヴァン=アザルドがイズライトを使って、喰らうはずの攻撃を回避したと考えた。
だとしたらそれはどんな能力か?
幻覚を見せて実際の場所とは、別の場所に誘導した?
違う、ヤツが立っていた位置と、自分が殴りかかった場所が違った。見え方を曲げられた訳ではない。
背を向ける敵に殴りかかる。どんな能力かを知るためには、次々と攻める他ない。
「うおっ!?」
「くっ!?」
またも軌道がずれて、少年達は接触直前で身をかわした。
「おお、若いってのはいいね。年寄り共は何が起きたかを、考える間もなく死んでいったんだぜ」
大きな横揺れと、爆発音?
「おっと!? そろそろ退散するか」
限界だという言葉を残し、少年達を諦めたヴァン=アザルドは一人で立ち去った。
「待て!」
「やめとけカート。悔しいが能力の正体を暴かなきゃ、アイツの好きにされておしまいだ」
そんなことよりもこの異常事態だ。その正体を見極めて、正常な状態に戻さなければ。
「フラン、聞こえるか?」
『うるさい、忙しい、後にしろ!』
外の状況を知ろうと、ベルトリカの仲間に連絡を入れるが、けんもほろろに通信を切られてしまう。
「……」
「どうした?」
「いや、フランがこの状況で、『後にしろ』って言うからには、俺たちは大人しく待ってればいいって事だ」
「はぁ?」
仲間の仇討ちも叶わず、正気を戻しても、ここで終わるようでは死んでも死にきれない。
カートは今からでもと走り出そうとするが、突然振動が修まり、何があったのかと近くの端末に取り付こうとしたその時に、ホンの一瞬の大きな揺れと、しばらくの間続く微振動があり。
「終わったかな?」
ラリーはウイスクで再び通信回線を繋ぎ、相棒に状況の説明を願った。
死者32名。内訳は警備員10名、ブリッジクルー6名、機関技師7名、キャリバー海賊団員9名である。
乗客には被害は及んでおらず、無事に犯罪者から守り抜いたとして、キャリバー海賊団とベルトリカチームの名が銀河に轟いた。
「報告書に不備ありですって!?」
主犯が姿を眩まし、その目的は不明のまま。
ブリッジを完全制覇し、カートの能力でシステムも丸裸にして、他からの介入を遮断し、その上でエンジンを暴走させた。
大爆発を起こせば大惨事だったが、アザルト海賊団の船はランベルト号が全て沈めた。更にフランソア=グランテの手により、客船のエンジンブロックはパージされ、吹き飛んだのは機関室のみであった。
「どこをどう直せってのよ?」
フランは今回の陰の功労者、カートによって機能停止したシステムに侵入し、遠隔でコンピューターを復帰させて、ギリギリでエンジンの分離を成功させた。
その手腕は天才と謳われるソアラ=ブロンクスをも凌駕すると、メディアからの称賛を浴びるほどだった。
「そんな大したモンじゃないわよ。ガテンには私と同じか、それ以上のオペレーターがいるって、聞いた事があるもの」
自信満々で胸を張りながら、そんな風に言ったものだった。
「キャリバーと客船会社からの振り込み確認っと、えーっと次は……、カート、カーティス=リンカナム」
「なんだよ?」
「あんたじゃあない。あんたはフェゼラリー=エブンソンでしょ」
事件から丸2日。
カートは監禁も軟禁もされることなく、好きにすればいいとしたのだが、レクリエーションルームの椅子から動かこうとせず、トイレ以外の睡眠や飲食もそこに座ったままだった。
「あんた、今でもマテラブラザーズとの、チーム契約が生きてるのね」
表情一つ変えずに座っていた、カートの顔色が変わった。
「ウチの事務員が、必要書類を全部揃えたって言うんだけど、どうする? マテラとのチーム契約を保留にするか、ベルトリカに移籍するか、元いた組織に戻るか?」
カートは結論を迫られた。
いや、今すぐに結論を出せと言われたわけではないが、少年は時間を取るつもりはなかった。
「ここに置いてくれるという事か?」
「そう言ったつもりだけど、違うように聞こえた?」
「いや、そう言う訳じゃあない」
ヴァン=アザルドに仇討ちをするなら、コスモ・テイカーを続けるべきだろう。
里に戻るのはなしだ。
心情としてはマテラブラザーズとの絆を残したい。けれど今後の行動を考えるなら、この二人と一緒の方が都合がいい。
「よろしく頼む」
アンリッサに決定のサインをつけて送り、夕刻には全ての手続きが完了したと返信がきた。
「それじゃあ今度こそ、あなた様に空けた部屋を使ってちょうだい。いつまでもこんな所で丸まってない事。見てるこっちが気を遣っちゃうから」
「誰が気を遣うって? そんな繊細なヤツが、この船にいるのかよ」
カートはこういった遣り取りを、二人のレクリエーションと理解している。
ラリーの軽口に腹を立てたフランが、勝ち目もないのに殴りかかる。
更に不機嫌になるフランが担当する料理で、ラリーに仕返しをする。
本当に仲のいい事だと。
料理か、あの兄弟には好評だった思い出が蘇り、今度この二人に振る舞うのもいい。カートは自然と笑みが溢れ出るが、自分では気付いていない。
「そうだラリー、あんたが欲しがってたシミュレーターが完成したわよ」
「おっと、スルーか? 珍しい事もあるモンだ。あ~っと、シミュレーターって、なんのことだ?」
「狭い船の中じゃあ、思いっきり体を動かせないから、バトルシミュレーターが欲しいって言ってたでしょ。VR対戦格闘マシーン」
体を鍛えるだけなら、機材を使える広さがあればそれでいい。
けれど技を磨くためには、それなりの広さがなくてはならない。
狭い船内で用意するなら仮想空間と言う事になるが、脳や神経、筋肉に体感があれば結果は同じ。
フランの発案で、ワンボック・ファクトリーに発注。
届いたマシーンにプログラムを打ち込んだ、フラン監修のトレーニングマシーンの完成だ。
「それで機嫌がいいのか、単純なヤツ。それじゃあカートを部屋に連れて行ったら、さっそく使わせてもらうぜ」
ラリーはカートに声を掛け、表情が軟らかくなっている少年をからかいながら、部屋を出て行った。
「くひひ、いいわよ。最初っからレベルMAXで設定しておいてあ・げ・る♪」
フランの今日の仕返しは、いつもとは一味も二味も違う物だった。